今日は気分転換にもう一発、少しどうでもいい話を書きたいと思います。先日サッカーの日本対ペルー戦と、フィギュアスケートをテレビで見ました。亀田選手の試合は見ていません。
サッカーは見たかったのですが、スケートはあまり興味も無いので別にどうでもいいのに、流れと成り行きでついつい見てしまいました。
それについてちょっと書こうと思います。サッカーもスケートもいずれも自分は素人ですので、見方が浅いかもしれませんがご容赦下さい。
まず、サッカーです。自分は以前のエントリーでも書いた事がありますが、見るのが大好きであります。ドイツのワールドカップではあまりのふがいなさにグッタリきましたが、オシム監督に期待するものであります。
ペルーの選手が相当やる気が無かったとは言え、勝ちは勝ちですので、その事はよかったと思います。流れの中で点が取れなかったのは、辛口解説がおっしゃっていましたので、残念だったとは思いますが、巻選手が得点した事は良かったと思いますし、高原選手のあのトラップも凄かったです。あれを本番でやってくれよ、とつくづく思いました。あんな凄いピタピタのトラップ、ねらったってそんなに出来るものでもないのでしょうから、練習試合にその貴重な確率を使ってしまった事にもったいなさを感じました。
中澤選手のあの固いディフェンスはやはり頼もしく感じましたね。トゥーリオ選手と組んだ、あの高くそして固い守り(しかも得点力もある)はワクワクします。元キャプテンであり、オーストリアに行っちゃった、へなちょこりんのディフェンスの穴がいた前代表から比べても、相当レベルアップしているのではないでしょうか。ガンバもあのへなちょこ、人気ばかりのディフェンダーがいなくなった今シーズンの守りは、だいぶ固くなりましたので、あの人がお荷物だったんだなとつくづく感じます。
それとあまり個人的に好きではないのですが、中村俊輔選手のフリーキックはやはり正確ですね。さすがトルシェ監督にすら、止まっているボールを蹴らせたら、世界のトップクラスと皮肉まじりに言わしめただけの事はある。ただ相変わらずのあの暗さ、インタビューの時の受け答えが気になりました。ああいう暗い、それでいて自信もあり、プライドが高そうな、そして技術もある(仕事も出来る)先輩は、若い連中からすれば、なかなか付き合いづらく、厄介なのではと感じてしまいました。ああいうタイプにリーダーシップは期待出来ませんし、チームはやはりチームワークも大切でしょうから。
昨日の試合に関しては若干采配に気になる部分もありました。オシムさんがおっしゃっているチーム作りというのは、局面を個人技で打開出来るようなスター選手は、同時に何人も使っても機能しない、というような事を言っていたように感じます。そう考えますと、中村俊輔選手と遠藤選手、そして中村憲剛選手のようなスタイルの周りを生かすタイプの選手は、同時に使わないものと思っていたのですが、案の定あまり機能しているようには見えず、後半、羽生選手、家長選手、水野選手のような前に突っかけていくような、二列目からどんどん出て行くような選手が出て来てからの方が、オシムサッカーという感じがしました。もちろん相手がくたびれていたからというのが大きいとは思いますが。
中盤の前、つまり二列目に、中村俊輔選手と遠藤選手を並べてしまうより一枚はもう少し、シンプルに前に出て行く選手の方が攻撃が厚くなる気がしました。前線の一枚が高さを生かす選手にしているのなら尚更そうすべきだと感じます。競り合いのこぼれ球をシンプルに拾いにいく選手の方がもっとシュートも打てたのではないでしょうか。シュート数も少なすぎましたね。
もっと言えば二列目に司令塔を入れるのではなく、ボランチの一枚をそうした方がいいのではないかと感じました。レジスタってやつですね。二列目にチームをコントロールする選手を使うのも少なくなっていますし、そうであっても同時にシンプルに前にも行ける選手を使うのが、最近の流れで、それが必ずしも正しいわけではないと思いますが、そういう傾向も強いと思います。ディフェンスのラインをリスクをとってガンガンあげて来るチームが、世界的に少なくなっているせいかもしれませんが、そうなると、あのメンバーで言うと遠藤選手か中村憲剛選手、まあ阿部選手でもいいのですが、守らなければならないので、中村俊輔選手だとちょっと心細いかも、遠藤選手だと守りは固いのですが、彼が本気でゲームを作ろうとすると、ちょっとトリッキーすぎて、ガンバでの彼はキレキレですが連携を高めないと、彼の相手をおちょくったような動きに反応するのは難しいのかなとも感じました。あまりタメの利く選手が重複してしまうと、オシムサッカーの良さである、シンプルなパス&ゴーの走るサッカーのスピードが、止まってばかりで生かされなくなってしまうように感じました。実際オシムさんも試合後の会見で後半の展開に満足していましたので、わかっていてやってるのだろうとは思いますが。自分は素人ですので(今はどうかわかりませんが、ウイイレは結構上手かったですけれど)、全く的外れかもしれません、単なる戯言だと思って頂いて結構です。
それとフィギュアスケートもサッカーの後に何となく見てしまいました。まったくあの競技に関してはよくわからないので、個人的な思いです。そもそもああいった競技の良し悪しがよく分からないスポーツというのはあまり好きになれません。特にフィギュアスケートのしかも女子となると、まず間違いなく見た目もある程度(審査する人の好み)、点数の差に反映されているんじゃないかと思ってしまったりもします。転んだりすれば減点なんだろうというのはわかりますが、何回転したかなんて、見ているだけでは素人にはよく分かりません。韓国の選手が二回こけてなかったら、一回で済んでいたら優勝は韓国の選手だったのか、それとも一回でも優勝は無理だったのか、よく分からなかったです。何が違うのかわからない。
競技はあまりよく分からないので何とも言えませんが、あの終わってから泣くのは自分はちょっと嫌いです。しかし安藤選手も、浅田選手も、まだ十代の女の子だからしょうがないのかもしれないと思う部分もあります。孤独な競技だと思いますし。それにあんなまだ年端も行かない女の子に、メディアやスポンサーがプレッシャーをかけ過ぎなんじゃないかと思います。そうやってつぶれてしまう事だってあるのに、まあメディアやスポンサーにしてみれば、しゃぶるだけしゃぶって、つぶれようが落ちぶれようが、自分達がおいしい思いが出来ればいいと思っているのかもしれませんが、もう少し放っといてやればいいのにと思ってしまいます。国民の人気が高いからそうも行かないのでしょうか。もう少し大人になって、そういったプレッシャーと向き合う経験を積んだ人なら、ある程度しょうがないと思うのですが、終わってから泣くのが嫌いな自分ではありますが、あの子達が堪えきれずに流した涙には、あの年齢には重すぎるプレッシャーを余計な部分でかけすぎていると感じました。
またそれを仕事だからしょうがないのかもしれませんが、アナウンサーのおばさんがインタビューしている姿も、もう少し泣き止んでからすればいいのにと思ってしまいました。生中継ではなかったようですので、少しずらしてインタビューすればいいのに、あんなに号泣して、声がひっくり返ってしまっている状態の子供に、マイクを突き付けて言葉を引き出そうとするのは、ちょっと考えれば非常識だとわかりそうなもんですが、メディアのバカさ加減はいつもの事だとは言え、なんか益々酷くなっているような気がしてしまいます。
この国のスポーツは何かっつうと泣けばいいと思っている連中が多すぎます。特に一番大っ嫌いなのは、女子バレーです。金貰っているプロだっているのだろうに、あのアマチュア的にグズグズ泣くのは、つくづくムカつきます。本当に不細工な連中をアイドルみたいにちやほや持てはやしてバカじゃねえかといつも思います。それで強いならまだしも、たいした事無いし、勝っても負けても泣く、泣けばいいと思っている。負けたのは弱いから負けたのであり、科学的な努力が足りないか、戦略がなっていないか、能力的にそもそも無理なのか、わかりませんが、泣いたってどうにもならないのに、一生懸命やりました的に泣くのは、頂けない、人前でわんわんギャーギャー泣くのは醜悪で迷惑です。別に一生懸命努力しているのはどこの国でも一緒だろうに、なるべく見ないように気をつけますが、ニュースのスポーツコーナーなどでたまに勘違いしているあの不細工集団を見ると具合が悪くなりそうです。速攻チャンネルを変えるかもしくは消します。あそこまで醜くしかもムカつく競技も珍しいのですが、基本的に泣くのは嫌いですし、最近男でも、プロ競技でも何かっつうと泣けばいいと思っている輩が多すぎます。スポーツだけではありませんが、人前やテレビの前ではずかしげも無く泣けばいいと思っている。人前で涙を見せるのはよくよくの事だと思いますし、泣いてもどうなるものでもありません。自分の感情を制御出来ず堪えきれずに泣くのは、もう少し恥ずべき事だと思いますし、スポーツ以外を見ていても、情緒過剰の我が国、老若男女、プロアマ、当事者、非当事者、日本人はグズグズ泣き過ぎです。感情のコントロールも出来ない未熟な民族なのかもしれませんが、人前で涙を見せる事は、恥ずかしい事だという常識をもう少しわきまえられんものかといつもイライラします。女は基本的に泣き虫ですから、ある程度仕方がない部分もありますが、少なくとも男はそんなに簡単に泣くもんじゃありません。素晴らしい結果、偉大な業績を残しているにもかかわらず、自分が努力して頑張ったなどと言う姿を微塵も見せる事無く、笑顔で答える姿こそ、本当に素晴らしいと思えるのであって、そこでグズグズ泣き出すと一気に萎えてしまいます。何かっつうとお涙頂戴的なものでヒューマニズム的な情緒に揺さぶられるのは、あんまり美しくありません。人前ではそんな姿を堪えるのがひとかどの大人ってもんです。
関係ありませんが、自分は小学生の頃、授業でエチオピアだかカンボジアだか、とても悲惨な生活を強いられている難民達のビデオのようなものを見せられ、その後、その事について感想文を書くとかそんな感じの授業がありました。その時の感想文に、自分達が出来る事は何があるかよく分からない、だから何とも思わない、そんな風に書きました。すると教師は烈火の如く、お前は人間として可愛そうとかそういう感情はないのか、とこっぴどくしぼられました。その時、自分は生意気でしたので、俺達が例えこの人達を可愛そうと思ったって、この人達は嬉しくも何ともないだろうし、生活がマシになるわけでもない、何も出来ないのだったら、そんな事思っても無駄だし、そう思うのであれば、可愛そうとか言ってないで、どうすれば救えるのか考えて実行するべきだ、あんたは(教師は)大人で、それを出来るのだから、可愛そうだと思うなら、さっさとそれをやればいいだろ、と今思っても生意気ですが、そんな事を教師に向かって言いました。当然教師は怒り狂い、親を呼び出され、校長室に呼び出され、こっぴどく説教をくらい、親もぺこぺこ頭を下げ、親にも怒られ、酷い目にあい、思っても言わない方がいい事があると学びました。もともと子供の頃から少しずれていたのかもしれませんが、簡単に泣くのは、今でもあんまり美しくないとどうしても思ってしまいます。
そんな自分ではありますが、フィギュアスケートの、安藤選手や浅田選手の涙は、完全に子供の涙であり、彼女達の両肩に、彼女達では支えきれない、つぶれてしまいそうなくらいのプレッシャーを、我々が重く押し付けすぎてしまっているのではないかと感じてしまいました。それをはねつけ、結果に結びつける彼女達はたいしたもんだと思いますが、あの解き放たれたときの涙は、完全に喜びの涙というより、重すぎたものから解放された、感情を制御出来ない子供の涙です。あの年代の女の子にしかもプロでもないのに、そこまで押し付けてしまっている事を、もう少し我々は自覚するべきなのではないかと感じました。あれで不細工でしかも大人であれば、勝手にやってろで終わってしまいますので、女性で、しかもかわいらしければ、多少不平等になってしまうのは、残念ながらこの世界が平等ではない簡単な現れだと感じますが、その上、彼女達はまだ未成年です。もう少し、関係のない重荷は軽くしてあげた方がいいのではないかと思ってしまいます。競技にはあまり興味もありませんし、おそらくもう見る事もないだろうと思うので、別にどうでもいいと言えばどうでもいいのですが。
最後に、ホントどうでもいい話で、全く関係ありませんが、女子シンクロのあのネーミング何とかならんもんかと思ってしまいました。何かっつうと、何とかジャパンとか付けるのも大概にした方がいいのではと思ってしまいます。日本代表でいいんじゃないかと、マーメイド・ジャパンって・・・・・・、競技には全く興味もありませんし、全く見ていないので、これこそ本当に別にどうでもいい話なのですが。
サッカーは見たかったのですが、スケートはあまり興味も無いので別にどうでもいいのに、流れと成り行きでついつい見てしまいました。
それについてちょっと書こうと思います。サッカーもスケートもいずれも自分は素人ですので、見方が浅いかもしれませんがご容赦下さい。
まず、サッカーです。自分は以前のエントリーでも書いた事がありますが、見るのが大好きであります。ドイツのワールドカップではあまりのふがいなさにグッタリきましたが、オシム監督に期待するものであります。
ペルーの選手が相当やる気が無かったとは言え、勝ちは勝ちですので、その事はよかったと思います。流れの中で点が取れなかったのは、辛口解説がおっしゃっていましたので、残念だったとは思いますが、巻選手が得点した事は良かったと思いますし、高原選手のあのトラップも凄かったです。あれを本番でやってくれよ、とつくづく思いました。あんな凄いピタピタのトラップ、ねらったってそんなに出来るものでもないのでしょうから、練習試合にその貴重な確率を使ってしまった事にもったいなさを感じました。
中澤選手のあの固いディフェンスはやはり頼もしく感じましたね。トゥーリオ選手と組んだ、あの高くそして固い守り(しかも得点力もある)はワクワクします。元キャプテンであり、オーストリアに行っちゃった、へなちょこりんのディフェンスの穴がいた前代表から比べても、相当レベルアップしているのではないでしょうか。ガンバもあのへなちょこ、人気ばかりのディフェンダーがいなくなった今シーズンの守りは、だいぶ固くなりましたので、あの人がお荷物だったんだなとつくづく感じます。
それとあまり個人的に好きではないのですが、中村俊輔選手のフリーキックはやはり正確ですね。さすがトルシェ監督にすら、止まっているボールを蹴らせたら、世界のトップクラスと皮肉まじりに言わしめただけの事はある。ただ相変わらずのあの暗さ、インタビューの時の受け答えが気になりました。ああいう暗い、それでいて自信もあり、プライドが高そうな、そして技術もある(仕事も出来る)先輩は、若い連中からすれば、なかなか付き合いづらく、厄介なのではと感じてしまいました。ああいうタイプにリーダーシップは期待出来ませんし、チームはやはりチームワークも大切でしょうから。
昨日の試合に関しては若干采配に気になる部分もありました。オシムさんがおっしゃっているチーム作りというのは、局面を個人技で打開出来るようなスター選手は、同時に何人も使っても機能しない、というような事を言っていたように感じます。そう考えますと、中村俊輔選手と遠藤選手、そして中村憲剛選手のようなスタイルの周りを生かすタイプの選手は、同時に使わないものと思っていたのですが、案の定あまり機能しているようには見えず、後半、羽生選手、家長選手、水野選手のような前に突っかけていくような、二列目からどんどん出て行くような選手が出て来てからの方が、オシムサッカーという感じがしました。もちろん相手がくたびれていたからというのが大きいとは思いますが。
中盤の前、つまり二列目に、中村俊輔選手と遠藤選手を並べてしまうより一枚はもう少し、シンプルに前に出て行く選手の方が攻撃が厚くなる気がしました。前線の一枚が高さを生かす選手にしているのなら尚更そうすべきだと感じます。競り合いのこぼれ球をシンプルに拾いにいく選手の方がもっとシュートも打てたのではないでしょうか。シュート数も少なすぎましたね。
もっと言えば二列目に司令塔を入れるのではなく、ボランチの一枚をそうした方がいいのではないかと感じました。レジスタってやつですね。二列目にチームをコントロールする選手を使うのも少なくなっていますし、そうであっても同時にシンプルに前にも行ける選手を使うのが、最近の流れで、それが必ずしも正しいわけではないと思いますが、そういう傾向も強いと思います。ディフェンスのラインをリスクをとってガンガンあげて来るチームが、世界的に少なくなっているせいかもしれませんが、そうなると、あのメンバーで言うと遠藤選手か中村憲剛選手、まあ阿部選手でもいいのですが、守らなければならないので、中村俊輔選手だとちょっと心細いかも、遠藤選手だと守りは固いのですが、彼が本気でゲームを作ろうとすると、ちょっとトリッキーすぎて、ガンバでの彼はキレキレですが連携を高めないと、彼の相手をおちょくったような動きに反応するのは難しいのかなとも感じました。あまりタメの利く選手が重複してしまうと、オシムサッカーの良さである、シンプルなパス&ゴーの走るサッカーのスピードが、止まってばかりで生かされなくなってしまうように感じました。実際オシムさんも試合後の会見で後半の展開に満足していましたので、わかっていてやってるのだろうとは思いますが。自分は素人ですので(今はどうかわかりませんが、ウイイレは結構上手かったですけれど)、全く的外れかもしれません、単なる戯言だと思って頂いて結構です。
それとフィギュアスケートもサッカーの後に何となく見てしまいました。まったくあの競技に関してはよくわからないので、個人的な思いです。そもそもああいった競技の良し悪しがよく分からないスポーツというのはあまり好きになれません。特にフィギュアスケートのしかも女子となると、まず間違いなく見た目もある程度(審査する人の好み)、点数の差に反映されているんじゃないかと思ってしまったりもします。転んだりすれば減点なんだろうというのはわかりますが、何回転したかなんて、見ているだけでは素人にはよく分かりません。韓国の選手が二回こけてなかったら、一回で済んでいたら優勝は韓国の選手だったのか、それとも一回でも優勝は無理だったのか、よく分からなかったです。何が違うのかわからない。
競技はあまりよく分からないので何とも言えませんが、あの終わってから泣くのは自分はちょっと嫌いです。しかし安藤選手も、浅田選手も、まだ十代の女の子だからしょうがないのかもしれないと思う部分もあります。孤独な競技だと思いますし。それにあんなまだ年端も行かない女の子に、メディアやスポンサーがプレッシャーをかけ過ぎなんじゃないかと思います。そうやってつぶれてしまう事だってあるのに、まあメディアやスポンサーにしてみれば、しゃぶるだけしゃぶって、つぶれようが落ちぶれようが、自分達がおいしい思いが出来ればいいと思っているのかもしれませんが、もう少し放っといてやればいいのにと思ってしまいます。国民の人気が高いからそうも行かないのでしょうか。もう少し大人になって、そういったプレッシャーと向き合う経験を積んだ人なら、ある程度しょうがないと思うのですが、終わってから泣くのが嫌いな自分ではありますが、あの子達が堪えきれずに流した涙には、あの年齢には重すぎるプレッシャーを余計な部分でかけすぎていると感じました。
またそれを仕事だからしょうがないのかもしれませんが、アナウンサーのおばさんがインタビューしている姿も、もう少し泣き止んでからすればいいのにと思ってしまいました。生中継ではなかったようですので、少しずらしてインタビューすればいいのに、あんなに号泣して、声がひっくり返ってしまっている状態の子供に、マイクを突き付けて言葉を引き出そうとするのは、ちょっと考えれば非常識だとわかりそうなもんですが、メディアのバカさ加減はいつもの事だとは言え、なんか益々酷くなっているような気がしてしまいます。
この国のスポーツは何かっつうと泣けばいいと思っている連中が多すぎます。特に一番大っ嫌いなのは、女子バレーです。金貰っているプロだっているのだろうに、あのアマチュア的にグズグズ泣くのは、つくづくムカつきます。本当に不細工な連中をアイドルみたいにちやほや持てはやしてバカじゃねえかといつも思います。それで強いならまだしも、たいした事無いし、勝っても負けても泣く、泣けばいいと思っている。負けたのは弱いから負けたのであり、科学的な努力が足りないか、戦略がなっていないか、能力的にそもそも無理なのか、わかりませんが、泣いたってどうにもならないのに、一生懸命やりました的に泣くのは、頂けない、人前でわんわんギャーギャー泣くのは醜悪で迷惑です。別に一生懸命努力しているのはどこの国でも一緒だろうに、なるべく見ないように気をつけますが、ニュースのスポーツコーナーなどでたまに勘違いしているあの不細工集団を見ると具合が悪くなりそうです。速攻チャンネルを変えるかもしくは消します。あそこまで醜くしかもムカつく競技も珍しいのですが、基本的に泣くのは嫌いですし、最近男でも、プロ競技でも何かっつうと泣けばいいと思っている輩が多すぎます。スポーツだけではありませんが、人前やテレビの前ではずかしげも無く泣けばいいと思っている。人前で涙を見せるのはよくよくの事だと思いますし、泣いてもどうなるものでもありません。自分の感情を制御出来ず堪えきれずに泣くのは、もう少し恥ずべき事だと思いますし、スポーツ以外を見ていても、情緒過剰の我が国、老若男女、プロアマ、当事者、非当事者、日本人はグズグズ泣き過ぎです。感情のコントロールも出来ない未熟な民族なのかもしれませんが、人前で涙を見せる事は、恥ずかしい事だという常識をもう少しわきまえられんものかといつもイライラします。女は基本的に泣き虫ですから、ある程度仕方がない部分もありますが、少なくとも男はそんなに簡単に泣くもんじゃありません。素晴らしい結果、偉大な業績を残しているにもかかわらず、自分が努力して頑張ったなどと言う姿を微塵も見せる事無く、笑顔で答える姿こそ、本当に素晴らしいと思えるのであって、そこでグズグズ泣き出すと一気に萎えてしまいます。何かっつうとお涙頂戴的なものでヒューマニズム的な情緒に揺さぶられるのは、あんまり美しくありません。人前ではそんな姿を堪えるのがひとかどの大人ってもんです。
関係ありませんが、自分は小学生の頃、授業でエチオピアだかカンボジアだか、とても悲惨な生活を強いられている難民達のビデオのようなものを見せられ、その後、その事について感想文を書くとかそんな感じの授業がありました。その時の感想文に、自分達が出来る事は何があるかよく分からない、だから何とも思わない、そんな風に書きました。すると教師は烈火の如く、お前は人間として可愛そうとかそういう感情はないのか、とこっぴどくしぼられました。その時、自分は生意気でしたので、俺達が例えこの人達を可愛そうと思ったって、この人達は嬉しくも何ともないだろうし、生活がマシになるわけでもない、何も出来ないのだったら、そんな事思っても無駄だし、そう思うのであれば、可愛そうとか言ってないで、どうすれば救えるのか考えて実行するべきだ、あんたは(教師は)大人で、それを出来るのだから、可愛そうだと思うなら、さっさとそれをやればいいだろ、と今思っても生意気ですが、そんな事を教師に向かって言いました。当然教師は怒り狂い、親を呼び出され、校長室に呼び出され、こっぴどく説教をくらい、親もぺこぺこ頭を下げ、親にも怒られ、酷い目にあい、思っても言わない方がいい事があると学びました。もともと子供の頃から少しずれていたのかもしれませんが、簡単に泣くのは、今でもあんまり美しくないとどうしても思ってしまいます。
そんな自分ではありますが、フィギュアスケートの、安藤選手や浅田選手の涙は、完全に子供の涙であり、彼女達の両肩に、彼女達では支えきれない、つぶれてしまいそうなくらいのプレッシャーを、我々が重く押し付けすぎてしまっているのではないかと感じてしまいました。それをはねつけ、結果に結びつける彼女達はたいしたもんだと思いますが、あの解き放たれたときの涙は、完全に喜びの涙というより、重すぎたものから解放された、感情を制御出来ない子供の涙です。あの年代の女の子にしかもプロでもないのに、そこまで押し付けてしまっている事を、もう少し我々は自覚するべきなのではないかと感じました。あれで不細工でしかも大人であれば、勝手にやってろで終わってしまいますので、女性で、しかもかわいらしければ、多少不平等になってしまうのは、残念ながらこの世界が平等ではない簡単な現れだと感じますが、その上、彼女達はまだ未成年です。もう少し、関係のない重荷は軽くしてあげた方がいいのではないかと思ってしまいます。競技にはあまり興味もありませんし、おそらくもう見る事もないだろうと思うので、別にどうでもいいと言えばどうでもいいのですが。
最後に、ホントどうでもいい話で、全く関係ありませんが、女子シンクロのあのネーミング何とかならんもんかと思ってしまいました。何かっつうと、何とかジャパンとか付けるのも大概にした方がいいのではと思ってしまいます。日本代表でいいんじゃないかと、マーメイド・ジャパンって・・・・・・、競技には全く興味もありませんし、全く見ていないので、これこそ本当に別にどうでもいい話なのですが。