少子化問題について多少補足をしておきたいと思います。少子化がなぜ問題なの?などというアホは許せん、という言説を目にしたり、利己主義者だと断定されている言説も目にしましたので、自分のアホさと利己的な部分を多少反省しつつ、今のこの国での多くのマジョリティのコンセンサスを得てしまっている少子化問題に対して、冷静な視座を持つ事は難しいのかなと思いました。
冷静に考えましょう。誰が一番少子化によって困るのか。まず我々の平均寿命は下がるかもしれませんね。医療負担は増えるでしょうし、国際競争力が弱まれば我々の収入に直結するかもしれませんから、収入が減り負担が増えれば大変になる事は間違いありません。しかし子供の数が減りその分を老人の負担に回しある程度借金をきれいにしてしまわないと、先々の世代は困るでしょう、少子化を是正する事は大切かもしれませんが、一人しか産まなかった方々が、急に三人産むような政策なんて不可能だと思います。なぜならばそれは個人の自由な裁量に任されているからであり、全員が同じ条件であるとは限らず、産みたくても経済的に無理な方や、医学的に不可能な方に強制するのは難しかろうと考えるからであります。環境を整備しても、負担を減らそうとしても、多少出生率を上げるのは可能かもしれませんが、劇的な変化は難しいのではないかと考えます。確実に返済可能な借金であれば、借金を増やし、子育て支援に回す事は可能かもしれませんが、子供の数を義務化したりは出来ませんので、この価値観の多様化した社会、全員子供を産む事が即ち幸せだ、となるのは難しいと感じます。逆に子供を産まない奴はけしからんという考えを強制するのも問題でしょう。厚労相が叩かれる理由の一端はそこに存在すると思います。老人の負担を借金で軽くするという考え方もありますが、投資というのはリターンがなければなかなか難しいと感じます。最適化した人口バランスになるまで我慢する事も大切でしょう。先々の世代に多少でも負担をかけないようにと考えるなら、苦しくても我々が少しずつでも負担するしかないと思います。どの道高齢化と向き合わねばこの国は回らなくなりますので、そこに向き合う為に必要な事は必ずしも少子化是正ではないと知るべきです。確かにそれが出来ればそれにこした事ありませんが、簡単に解決出来る見込みのない事を声高に叫んでも、所詮机上の空論だと知るべきかと思います。公正さや正義を叫んでも残念ながら世の中そうはなりません。悪者を断罪しようとしても、しっぽを捕まえる事が出来るのはたいてい小物ばかりです。理想や志だけで世の中が回るほど、甘くはありませんし、人は理想や志では食っては行けません。
長生きが出来なくなったり、まともな医療が受けられない状態というのは厄介ですが、そこに向き合う必要があるのではないかと考えます。今この国はまがりなりにも経済大国として栄華を極め、我々もそれを謳歌しています。おそらく人口が減っていけば今のような繁栄は無くなりこの国はさびれていくでしょう。先々の世代が経済繁栄もなくなり、公共サービスも減り、借金だらけというのは申し訳ないと考えるのなら、今ここで我々がそこと向き合う事が大切だと思います。増える確実な見込みのないものに投資する事が果たして大切なのか考えるべきです。極論すれば、直ちに出生率を倍増させるか、負担をするかの二択しかありません。どっちも嫌だと言うのは本当の意味で利己的だと感じますし、前者の問題を簡単に是正するのは不可能であるのですから、選択肢は後者しかありません。とまあ暗い話になってしまいましたが、実は本当の問題はそこではありません。我々が多少貧しくなっても、将来に負担を残さない選択を選ぶ、即ち自分の親は自分達で面倒を見る、負担してくれる子供がいない老人や、どうしても無理な老人はみんなで負担する、そこは肝心ですし我々全員がそこに向き合わなければなりませんが、誰よりも一番困る連中というのが、おそらくお役人や政治家なのではないかと感じます。税収が減り、人口が減れば、自分達の既得権を温存させておく事は出来ません。企業は外国に需要を求める手立てがありますので、ある程度、淘汰される可能性はありますが、労働人口も減っていきますのでそれほど問題はありません。しかし政治家は税収が減りますと、例えば今以上に好き勝手に道路やダムや橋を作れなくなったりしますので厄介でしょう、借金を増やして作ろうとするでしょうから、我々がそれをちゃんと監視するガバナンスが必要でしょう。メディアにはそういった事を期待しても無駄でしょうから。
お役人も特会が減ってしまったり、天下るべき場所が確保出来なくなります。税収が減れば当たり前ですね。年金を今の形のまま残したいと考えるのも、誰にとって都合がいいのか考えましょう。そもそも年金を箱ものに変えて借金まみれにしてしまった連中を忘れてはいけません。前のエントリーでも触れましたが、少子化と言う簡単に解決不可能な問題を声高に叫ぶ事によって、何を誤摩化し、何を先送りして逃げ切ろうと企んでいるのか、冷静に見極める事が大切なのではないでしょうか。人口減少は簡単に歯止めはかけられませんし、出来たように見えても一時的なものに過ぎないと感じます。なぜならばこの国は人が生きて行くために必要だと勘違いしいるものが多すぎるからです。裕福な国と呼ばれている割には、国民はそれほど幸せいっぱいと言うわけでもありませんし、何をするにしてもコストがかかります。企業や国家が、この狭い国で需要の奪い合いをしている事が原因の一端だと思います。借金があるのは少子化のせいではなく、国に長期的なビジョンを当たり前に持っているまともな人間がいない事が問題であり、子供の数が減った事は問題かもしれませんが、借金がなく、年金が残っていれば何も問題はないはずです。本当は痛みの伴う、選挙にもろに繁栄しそうな政策を打たない事にはこの問題は解決出来ませんし、少子化と叫んでいるのはそれを誤摩化しているに過ぎないと感じます。そういう国やマスコミのキャンペーンに乗せられて、少子化何とかせねば、少子化が悪くないなど言語道断と吹き上がっている方は、誰の片棒を担いでいるのかよく考えた方がいいと思います。国民に痛みを伴う政策を打つと選挙で負ける恐れがあるので、そういった事を先延ばしにする口実として利用しているのではないかと考えます。もちろん真剣に取り組んでいる方も存在するとは思いますが、そこに相乗りする浅ましい連中の存在を見極める事が肝心かと思います。またその政策を打つにもまずは歳出削減を目指さなければ国民が納得するはずもありません。しかしおめおめと自分達の既得権を手放すわけにはいかないと利権にしがみついている連中が、なぜ少子化と叫んでいるのか、本当に国民の未来の為だと考えていると思いますか?
この問題はコメントでも少し長々と触れました。言いたい事がかぶっていますので、ついでに乗せておきます。
政府やメディアによって何かと不安が煽られ、不安によってある世論が惹起される事によって、あらゆる消費の需要を生み、経済活動が回っているこの国の経済、そのポピュリズムに乗っかる政府やメディア。まったく厄介ですが、この世知辛いご時世、何も無理して産む必要は無いと自分も考えます。子供を産む事によって苦しい生活や最悪の事態に陥るくらいなら、産まない選択もあるのではないでしょうか。産みたいのに、経済的諸事情で産めない、という方々にとってつらい選択かもしれませんが、生活出来なければ子供も親も幸せにはなりませんし、今の政府が本気でその事をどうにかしようとしているようにも見えません。与党も野党も役人も。
産みたくても医学的な諸事情で産めない方々の問題は、そもそも政府には無理であると思いますし、医学の発展以外解決出来る方法はありそうも無いと思います。厚労相の発言によってそういった方々がカチンと来るのはわからなくもありませんが、あの方が辞めても、政府のマインドが変わっても、スッキリするかもしれませんが、解決は出来ません。
本当に少子高齢化が問題で深刻であれば、例えば移民をどんどん受け入れるとかすれば、結構どうにかなりそうな気がします。しかし移民の方々が移民したいと感じる魅力のある国にする為には、まだまだアンフェアなレギュレーションによって守られている既得権が沢山ありますし、物価も高すぎますので、一時的に少子化によって国際競争力が弱まりある程度最適化する必要があります。政府に何かを期待しても多分誰を選んでもどこの党を支持しても、無駄でしょうから、さっさと歳出削減してプライマリーバランスをどんどん黒字化してもらうしかないと思います。
結局厚労相もそうですが、少子化の弊害によって、国のシステムが回らなくなる頃には、今の政府やお役人のトップはお辞めになったり、お亡くなりになっているでしょう。歳出削減をグズグズしていたり、年金問題を先送りしていたり、改革しているポーズはとっても、本気でその気がない彼らにとって、少子化は大問題だと煽る事によって目をそらさせる事が出来ます。都合のいい言い訳のリソースとして活用出来るという事です。少子化問題は決定的な打開策など簡単に打てる問題ではありませんし、社会のアーキテクチャーそのものを劇的に変えなければなりませんので難しいと思います。そう考えますと切羽詰まったにっちもさっちもいかない状態になってからではないと、お偉いさん達が目覚める事もなく、くだらない政権争いの足の引っ張り合いが続くのはグッタリしますが、当分避けられないと考えた方が変な期待を持たなくてすみますし、政治的なリソースに利用される事も無くなるかと思います。それで目覚めればいいのですけれどもね。役人が特会を自ら手放す蓋然性も低いでしょうし抵抗は益々凄まじくなっていくと考えます。天下りもなんだかんだでなくなりそうもありません。少子化して税収が減り、特会も天下りするにも収入が確保出来なくならなければ、自浄作用は期待出来そうもありません。そうなれば収入を得る為に、何らかの改革や規模縮小は避けられないでしょうし、組織存続が存在理由の彼らにとって、例えば移民を受け入れざるを得なくななったりするのではないでしょうか。しかし税率や物価の高い国は魅力がありませんから、収入を得て生き残る為のインセンティブが働くようになったとき初めて改革が進むのではないかと考えます。そうすれば出生率も税率が下がったり、公共料金が適正化されれば、自然に是正されるのではないかと考えます。困ったもんですがそれが現実的かつ、最悪の予想ではないかと考えます。そうなった時に、騙されたとならないように個人個人が賢く生きる事が大切だと感じます。政府や国家というものは本来そのような厄介な代物で、我々の生活をどうにかしようなどとはまったく違う次元のベクトルで動いていると知るべきではないでしょうか。長くてすみません。
厚労相の発言の問題についてもコメントで多少触れましたのでそれも乗せておきます。
「なかなか女性は一生の間にたくさん子どもを生んでくれない。人口統計学では、女性15~50歳が出産する年齢で、その数を勘定すると大体わかる。ほかからは生まれようがない。 産む機械と言ってはなんだが、装置の数が決まったとなると、機械と言っては申し訳ないが 、機械と言ってごめんなさいね、あとは産む役目の人が一人頭でがんばってもらうしかない。 (女性)一人当たりどのぐらい産んでくれるかという合計特殊出生率が今、日本では1.26。2055年まで推計したらくしくも同じ1.26だった。それを上げなければならない。」
抜粋ですが厚労相がおっしゃった発言の一部です。自分はあの方を弁護するつもりはさらさらありませんが、彼が言いたかったのは、女性だけに押し付けるというよりも、産むのはどうやったって女性にしか無理であり、しかもそれが可能な期間は限られている、男も老人も子供も、ある一定の年齢の女性以外の誰かが子供を産む事は出来ないという生物学的事実があり、であれば当然論理的な帰結として、子供の数が増えるという事は、一定の年齢の女性が、どれだけ産んだかという事に他ならないと言いたいのだろうと自分には聞こえました。まあ当たり前ですよね。男は子供を産めませんし、環境を整え、少子化対策を考える事も重要だが、結局最後に出生率が上がるか否かは女性がどれだけ産んだかという事になるのだと言いたいだけなのだと聞こえました。女性に押し付けるも何も産めるのは、結局、ある一定の期間の女性にしか不可能だと言う、当たり前の生物学的事実を言っているに過ぎないと感じます。
そしてテーマのタイトルが「女性は産む機械なんて・・・・頭に来た??」というものでした。言葉尻だけで話の内容も聞かず、吹き上がっている方がたくさんいましたので、傷ついた、酷いって言うけどさ、誰でも誰かを知らないうちに傷つけている可能性があるのではないですか、と言いたいだけなのです。厚労相を弁護しようとかそういう意図ではありませんのであしからず。本当に「女性が頑張るしかない」という事だけが問題とされているのであれば、機械と言ったと大騒ぎしないで、もう少し冷静に考えた方がいいのではないですか?と言いたいだけです。それに厚労相の発言の「あとは女性に頑張ってもらうしかない」という部分も、前後の話の内容を聞けば、女性に責任を押し付ける為に言ったのではないのだろうとも思います。ある意味それも同じレベルで言葉尻を揶揄している事と変わらないのではないかと感じます。別のエントリーでも触れていますが、自分はそもそも何で少子化が問題なのかよくわかりません。少子化が問題だと考えている方々は、何が問題なのかわかって言っているのか疑問に感じます。本当はそれほどたいした問題でもないにも関わらず、あえて問題にしておく事によって、何を成そうとしているのか、背後の力学的な部分にも興味があります。面倒かとは思いますが、よろしければ読んで頂けると何が言いたいのか少し理解して頂けるのではないかと感じます。それでは長々と失礼しました。
まとめとして今回の問題に対する自分の考えはこんな所です。もちろん間違っている事もあろうかと思いますが、何より肝心なのは、反対意見は許さないという風潮や、他者の意見を聞き入れない頭の固さが問題だと思います。どのような見解を持とうと、それは個人の自由ですので、自分が納得いかない意見があるからと言って、まったく聞きもしないで吹き上がるのは、どういう立ち位置に立っているにせよ問題だと感じます。なんだかんだでまたこの問題を書いてしまいました。ネタがないわけじゃないんですけどね。
冷静に考えましょう。誰が一番少子化によって困るのか。まず我々の平均寿命は下がるかもしれませんね。医療負担は増えるでしょうし、国際競争力が弱まれば我々の収入に直結するかもしれませんから、収入が減り負担が増えれば大変になる事は間違いありません。しかし子供の数が減りその分を老人の負担に回しある程度借金をきれいにしてしまわないと、先々の世代は困るでしょう、少子化を是正する事は大切かもしれませんが、一人しか産まなかった方々が、急に三人産むような政策なんて不可能だと思います。なぜならばそれは個人の自由な裁量に任されているからであり、全員が同じ条件であるとは限らず、産みたくても経済的に無理な方や、医学的に不可能な方に強制するのは難しかろうと考えるからであります。環境を整備しても、負担を減らそうとしても、多少出生率を上げるのは可能かもしれませんが、劇的な変化は難しいのではないかと考えます。確実に返済可能な借金であれば、借金を増やし、子育て支援に回す事は可能かもしれませんが、子供の数を義務化したりは出来ませんので、この価値観の多様化した社会、全員子供を産む事が即ち幸せだ、となるのは難しいと感じます。逆に子供を産まない奴はけしからんという考えを強制するのも問題でしょう。厚労相が叩かれる理由の一端はそこに存在すると思います。老人の負担を借金で軽くするという考え方もありますが、投資というのはリターンがなければなかなか難しいと感じます。最適化した人口バランスになるまで我慢する事も大切でしょう。先々の世代に多少でも負担をかけないようにと考えるなら、苦しくても我々が少しずつでも負担するしかないと思います。どの道高齢化と向き合わねばこの国は回らなくなりますので、そこに向き合う為に必要な事は必ずしも少子化是正ではないと知るべきです。確かにそれが出来ればそれにこした事ありませんが、簡単に解決出来る見込みのない事を声高に叫んでも、所詮机上の空論だと知るべきかと思います。公正さや正義を叫んでも残念ながら世の中そうはなりません。悪者を断罪しようとしても、しっぽを捕まえる事が出来るのはたいてい小物ばかりです。理想や志だけで世の中が回るほど、甘くはありませんし、人は理想や志では食っては行けません。
長生きが出来なくなったり、まともな医療が受けられない状態というのは厄介ですが、そこに向き合う必要があるのではないかと考えます。今この国はまがりなりにも経済大国として栄華を極め、我々もそれを謳歌しています。おそらく人口が減っていけば今のような繁栄は無くなりこの国はさびれていくでしょう。先々の世代が経済繁栄もなくなり、公共サービスも減り、借金だらけというのは申し訳ないと考えるのなら、今ここで我々がそこと向き合う事が大切だと思います。増える確実な見込みのないものに投資する事が果たして大切なのか考えるべきです。極論すれば、直ちに出生率を倍増させるか、負担をするかの二択しかありません。どっちも嫌だと言うのは本当の意味で利己的だと感じますし、前者の問題を簡単に是正するのは不可能であるのですから、選択肢は後者しかありません。とまあ暗い話になってしまいましたが、実は本当の問題はそこではありません。我々が多少貧しくなっても、将来に負担を残さない選択を選ぶ、即ち自分の親は自分達で面倒を見る、負担してくれる子供がいない老人や、どうしても無理な老人はみんなで負担する、そこは肝心ですし我々全員がそこに向き合わなければなりませんが、誰よりも一番困る連中というのが、おそらくお役人や政治家なのではないかと感じます。税収が減り、人口が減れば、自分達の既得権を温存させておく事は出来ません。企業は外国に需要を求める手立てがありますので、ある程度、淘汰される可能性はありますが、労働人口も減っていきますのでそれほど問題はありません。しかし政治家は税収が減りますと、例えば今以上に好き勝手に道路やダムや橋を作れなくなったりしますので厄介でしょう、借金を増やして作ろうとするでしょうから、我々がそれをちゃんと監視するガバナンスが必要でしょう。メディアにはそういった事を期待しても無駄でしょうから。
お役人も特会が減ってしまったり、天下るべき場所が確保出来なくなります。税収が減れば当たり前ですね。年金を今の形のまま残したいと考えるのも、誰にとって都合がいいのか考えましょう。そもそも年金を箱ものに変えて借金まみれにしてしまった連中を忘れてはいけません。前のエントリーでも触れましたが、少子化と言う簡単に解決不可能な問題を声高に叫ぶ事によって、何を誤摩化し、何を先送りして逃げ切ろうと企んでいるのか、冷静に見極める事が大切なのではないでしょうか。人口減少は簡単に歯止めはかけられませんし、出来たように見えても一時的なものに過ぎないと感じます。なぜならばこの国は人が生きて行くために必要だと勘違いしいるものが多すぎるからです。裕福な国と呼ばれている割には、国民はそれほど幸せいっぱいと言うわけでもありませんし、何をするにしてもコストがかかります。企業や国家が、この狭い国で需要の奪い合いをしている事が原因の一端だと思います。借金があるのは少子化のせいではなく、国に長期的なビジョンを当たり前に持っているまともな人間がいない事が問題であり、子供の数が減った事は問題かもしれませんが、借金がなく、年金が残っていれば何も問題はないはずです。本当は痛みの伴う、選挙にもろに繁栄しそうな政策を打たない事にはこの問題は解決出来ませんし、少子化と叫んでいるのはそれを誤摩化しているに過ぎないと感じます。そういう国やマスコミのキャンペーンに乗せられて、少子化何とかせねば、少子化が悪くないなど言語道断と吹き上がっている方は、誰の片棒を担いでいるのかよく考えた方がいいと思います。国民に痛みを伴う政策を打つと選挙で負ける恐れがあるので、そういった事を先延ばしにする口実として利用しているのではないかと考えます。もちろん真剣に取り組んでいる方も存在するとは思いますが、そこに相乗りする浅ましい連中の存在を見極める事が肝心かと思います。またその政策を打つにもまずは歳出削減を目指さなければ国民が納得するはずもありません。しかしおめおめと自分達の既得権を手放すわけにはいかないと利権にしがみついている連中が、なぜ少子化と叫んでいるのか、本当に国民の未来の為だと考えていると思いますか?
この問題はコメントでも少し長々と触れました。言いたい事がかぶっていますので、ついでに乗せておきます。
政府やメディアによって何かと不安が煽られ、不安によってある世論が惹起される事によって、あらゆる消費の需要を生み、経済活動が回っているこの国の経済、そのポピュリズムに乗っかる政府やメディア。まったく厄介ですが、この世知辛いご時世、何も無理して産む必要は無いと自分も考えます。子供を産む事によって苦しい生活や最悪の事態に陥るくらいなら、産まない選択もあるのではないでしょうか。産みたいのに、経済的諸事情で産めない、という方々にとってつらい選択かもしれませんが、生活出来なければ子供も親も幸せにはなりませんし、今の政府が本気でその事をどうにかしようとしているようにも見えません。与党も野党も役人も。
産みたくても医学的な諸事情で産めない方々の問題は、そもそも政府には無理であると思いますし、医学の発展以外解決出来る方法はありそうも無いと思います。厚労相の発言によってそういった方々がカチンと来るのはわからなくもありませんが、あの方が辞めても、政府のマインドが変わっても、スッキリするかもしれませんが、解決は出来ません。
本当に少子高齢化が問題で深刻であれば、例えば移民をどんどん受け入れるとかすれば、結構どうにかなりそうな気がします。しかし移民の方々が移民したいと感じる魅力のある国にする為には、まだまだアンフェアなレギュレーションによって守られている既得権が沢山ありますし、物価も高すぎますので、一時的に少子化によって国際競争力が弱まりある程度最適化する必要があります。政府に何かを期待しても多分誰を選んでもどこの党を支持しても、無駄でしょうから、さっさと歳出削減してプライマリーバランスをどんどん黒字化してもらうしかないと思います。
結局厚労相もそうですが、少子化の弊害によって、国のシステムが回らなくなる頃には、今の政府やお役人のトップはお辞めになったり、お亡くなりになっているでしょう。歳出削減をグズグズしていたり、年金問題を先送りしていたり、改革しているポーズはとっても、本気でその気がない彼らにとって、少子化は大問題だと煽る事によって目をそらさせる事が出来ます。都合のいい言い訳のリソースとして活用出来るという事です。少子化問題は決定的な打開策など簡単に打てる問題ではありませんし、社会のアーキテクチャーそのものを劇的に変えなければなりませんので難しいと思います。そう考えますと切羽詰まったにっちもさっちもいかない状態になってからではないと、お偉いさん達が目覚める事もなく、くだらない政権争いの足の引っ張り合いが続くのはグッタリしますが、当分避けられないと考えた方が変な期待を持たなくてすみますし、政治的なリソースに利用される事も無くなるかと思います。それで目覚めればいいのですけれどもね。役人が特会を自ら手放す蓋然性も低いでしょうし抵抗は益々凄まじくなっていくと考えます。天下りもなんだかんだでなくなりそうもありません。少子化して税収が減り、特会も天下りするにも収入が確保出来なくならなければ、自浄作用は期待出来そうもありません。そうなれば収入を得る為に、何らかの改革や規模縮小は避けられないでしょうし、組織存続が存在理由の彼らにとって、例えば移民を受け入れざるを得なくななったりするのではないでしょうか。しかし税率や物価の高い国は魅力がありませんから、収入を得て生き残る為のインセンティブが働くようになったとき初めて改革が進むのではないかと考えます。そうすれば出生率も税率が下がったり、公共料金が適正化されれば、自然に是正されるのではないかと考えます。困ったもんですがそれが現実的かつ、最悪の予想ではないかと考えます。そうなった時に、騙されたとならないように個人個人が賢く生きる事が大切だと感じます。政府や国家というものは本来そのような厄介な代物で、我々の生活をどうにかしようなどとはまったく違う次元のベクトルで動いていると知るべきではないでしょうか。長くてすみません。
厚労相の発言の問題についてもコメントで多少触れましたのでそれも乗せておきます。
「なかなか女性は一生の間にたくさん子どもを生んでくれない。人口統計学では、女性15~50歳が出産する年齢で、その数を勘定すると大体わかる。ほかからは生まれようがない。 産む機械と言ってはなんだが、装置の数が決まったとなると、機械と言っては申し訳ないが 、機械と言ってごめんなさいね、あとは産む役目の人が一人頭でがんばってもらうしかない。 (女性)一人当たりどのぐらい産んでくれるかという合計特殊出生率が今、日本では1.26。2055年まで推計したらくしくも同じ1.26だった。それを上げなければならない。」
抜粋ですが厚労相がおっしゃった発言の一部です。自分はあの方を弁護するつもりはさらさらありませんが、彼が言いたかったのは、女性だけに押し付けるというよりも、産むのはどうやったって女性にしか無理であり、しかもそれが可能な期間は限られている、男も老人も子供も、ある一定の年齢の女性以外の誰かが子供を産む事は出来ないという生物学的事実があり、であれば当然論理的な帰結として、子供の数が増えるという事は、一定の年齢の女性が、どれだけ産んだかという事に他ならないと言いたいのだろうと自分には聞こえました。まあ当たり前ですよね。男は子供を産めませんし、環境を整え、少子化対策を考える事も重要だが、結局最後に出生率が上がるか否かは女性がどれだけ産んだかという事になるのだと言いたいだけなのだと聞こえました。女性に押し付けるも何も産めるのは、結局、ある一定の期間の女性にしか不可能だと言う、当たり前の生物学的事実を言っているに過ぎないと感じます。
そしてテーマのタイトルが「女性は産む機械なんて・・・・頭に来た??」というものでした。言葉尻だけで話の内容も聞かず、吹き上がっている方がたくさんいましたので、傷ついた、酷いって言うけどさ、誰でも誰かを知らないうちに傷つけている可能性があるのではないですか、と言いたいだけなのです。厚労相を弁護しようとかそういう意図ではありませんのであしからず。本当に「女性が頑張るしかない」という事だけが問題とされているのであれば、機械と言ったと大騒ぎしないで、もう少し冷静に考えた方がいいのではないですか?と言いたいだけです。それに厚労相の発言の「あとは女性に頑張ってもらうしかない」という部分も、前後の話の内容を聞けば、女性に責任を押し付ける為に言ったのではないのだろうとも思います。ある意味それも同じレベルで言葉尻を揶揄している事と変わらないのではないかと感じます。別のエントリーでも触れていますが、自分はそもそも何で少子化が問題なのかよくわかりません。少子化が問題だと考えている方々は、何が問題なのかわかって言っているのか疑問に感じます。本当はそれほどたいした問題でもないにも関わらず、あえて問題にしておく事によって、何を成そうとしているのか、背後の力学的な部分にも興味があります。面倒かとは思いますが、よろしければ読んで頂けると何が言いたいのか少し理解して頂けるのではないかと感じます。それでは長々と失礼しました。
まとめとして今回の問題に対する自分の考えはこんな所です。もちろん間違っている事もあろうかと思いますが、何より肝心なのは、反対意見は許さないという風潮や、他者の意見を聞き入れない頭の固さが問題だと思います。どのような見解を持とうと、それは個人の自由ですので、自分が納得いかない意見があるからと言って、まったく聞きもしないで吹き上がるのは、どういう立ち位置に立っているにせよ問題だと感じます。なんだかんだでまたこの問題を書いてしまいました。ネタがないわけじゃないんですけどね。