
Boston
Third Stage
ボストン・レッドソックスが松坂選手を落札したという事で、今、ボストンのサードステージを聴いております。
自分がボストンを初めて聴いたのは、このサードステージからです。中学生のときリアルタイムで聴きました。当時、小林克也さんがやっていらっしゃった、ベストヒットUSAという番組で、Amandaを聴いたのがきっかけだったと思います。リアルタイムで番組を見ていた方は、ご存知だと思いますし、最近、復活していたのをしばらく前に、チラッと見たような気がしますので、今もやっているのかは知りませんが、ご存知の方も多いと思います。この番組は曲の紹介をして、PVを流すといった形式だったのですが、ヒットチャートで一位に成っているにもかかわらず、流れる映像はアルバムジャケットの静止画のみ、宇宙空間を漂う宇宙船らしきもの。当時、当たり前に思っていた、PVが流れないという事もビックリしましたが、その音楽性も、当時の他の音楽、商業音楽やロック的なものとは、異質な感じがしました。それが彼らを初めて聴いた時の印象です。当時は音楽が好きだと言っても、ロック的なものはビートルズや、レッド・ツェッペリンあたりを聴きあさっていましたが、後は通り一遍の、はやりものを聴いていました。邦楽はあまり興味ありませんでしたが、洋楽のどちらかと言うとバンド的な、ロック的なものが好みだというくらいの趣向があるくらいでした。しかし、ボストンは、そういう普段聴いていたものとは違った印象だったのを覚えています。
当時聴いていたものの中で、今でも聴ける数少ないものの中の一つです。
SFロック、アメリカン・プログレ、色んなカテゴライズがありますが、プログレより、アメリカっぽい明るさと、宇宙的な壮大なサウンド、一曲目のAmanda から、広大な宇宙空間に解き放たれ、We're Ready で畳み掛けられ、The Launch で、どこまでも広がる宇宙空間を漂う、孤独感、まだ見ぬ外界への希望、冒険心、そういうものをかき立てられ、Cool the Engines のノリの良いハードロックで、再びハイテンションにシフトし、My Destination の一曲目のリプライズっぽいメロディーラインで、宇宙旅行の気分、少し寂しさもあったり、と全部書くときりがないので、Can'tcha say(You Believe in Me): Still in love、Hollyann で止めをさされ、一大叙事詩、スペースオペラの幕はおります。
こう書くと重たそうですが、演奏も歌も巧いですし、楽曲も単純に良い曲ばかりなので、本場イギリスのプログレなんかよりは聴きやすいと思います。
中学校の時の友人が、よく自らをオナニストだと言っていました。
毎日シコってばっかりだからそういっていたのかと言うと、まあそうでもあるのでしょうが、世の中ファッションも、芸術のような創作活動、つまり、映画や音楽なども、他者とのコミュニケーションでさえ、結局は自己満足なんだ、という意味で自らをオナニストと言っていました。自分は強引な言い方だが、一面、真理でもあるんじゃないか、と当時ガキンチョながら、共感したもんです。モッズをもじって、オッズだなんて言ってました。モダニストではなくオナニスト。
自分が気持ちいいと思えないのに、創作活動など出来るわけないと思いますし、ファッションだって、そんなに他人は見ちゃいない、芸能人でもないかぎり、世の注目を浴びているわけでもない、一般人が何を着ていようと、まあ何でも良いというわけではありませんが、そんなに関心持って見てくれるもんじゃない。自分で全く似合わないと、いけてないと、思っているのに、他人に褒められるか、他人の評価はさておき、自分で最高にお気に入りかならば、後者の方が、気楽に着れるのじゃないでしょうか、全然いけてないと思っているのに、褒められたって、その気になる事もあるでしょうが、本気でそう思っているのか疑問に思ったり、その人以外はきっとそう思わないんじゃないかと思ったり、自己満足とは自信を持てるかという事です。錯覚でも幻想でも。
多くの女性がダイエットに励むのも、自己満足を得て自信を持ちたいからなのではないでしょうか、本当に肥満の方は別でしょうけれど、全然気にする必要もないような人に限って、必死でダイエットに励んでいたりするものです。コミュニケーションもそうです、嫌いなやつとは仲良く出来ません、自己の気持ちが、その人を好きだと、ある程度満足しなければ、本当の友情や恋愛は成立しないのではないでしょうか。全くムカついて顔も嫌いなタイプだし、性格も全く一致しないのに、赤の他人に無償の友情や愛情を注ぐのは中々難しいと思います。今のは極論ですが、創作活動などもそうでしょう、自己を満足させられないのに、人前で披露するなど難しいと思います。
しかし仕事となると、そうとばかりはいえないでしょう。雇い主や顧客、株主など、給料を貰わなければならないので、自己満足や自分なりにがんばっているでは通用しません、がんばるよりも結果、クライアントの満足度、がんばっていたと言う事を他人が認めてくれていれば、結果が出なかった時のリスクヘッジにはなりますが、自己満足でがんばっていると思うのは勝手ですが、単なるエクスキューズにすぎません。
プロのロックミュージシャンというのは必ずその葛藤があるはずです。その葛藤のない人の音楽は、一瞬で消えて行きます。もちろん一番素晴らしいのは一切妥協せず、己の才能で周りを黙らせる事が出来るのが素晴らしいのでしょう。その根底には自己満足が重要なファクターになります。
そこでこのボストン、MITの大学院卒の、元サラリーマン、リーダーのトム・ショルツは一切妥協のない、完璧主義者、まさに職人、前作から何と八年という期間を経て、シンセなど一切使わず、どうやってこんな音出してるのっていうくらいの、ボストンワールド、しかもこの後の四枚目は、この八年後、その後も八年後、こだわり過ぎだよと突っ込みたくなるくらいの、こだわり、自分のような凡人は日々妥協の中に生きざるをえないわけですが、ここまでこだわれるのは羨ましくもありますが、狂気じみているといっても言い過ぎではないんじゃないでしょうか。しかもそのこだわりを貫き、商業的にも成功し、このアルバムは1500万枚売ったとか、かっこ良すぎる、脱帽。
自分はイギリスのプログレ、キング・クリムゾンやピンク・フロイト、ジェネシス初期、イエス、EL&P、ムーディー・ブルースなどなど、大好きですが、それらの例えば、気候の影響なのでしょうが、空の低い感じや、10分、20分くらいの曲がゴロゴロある、ギターソロが五分以上あるとか、特にキング・クリムゾンのようなインプロヴィゼーションは中々一般受けしづらいのじゃないかと思います。ロック好きでもなければ、なかなか取っ付きにくいのではないでしょうか。
それに比べて、アメリカは、あの広い国で、多民族国家という事から来るのでしょうが、コミュニケーションはわかりあえない事を前提に考えられている、ハリウッド映画でも音楽でも、人にわかってもらうという事を、人を楽しませるという事を、わかりあえないからこそ切実に考えている、お国柄なんでしょう、本場のプログレよりわかりやすいと思います。
イギリス音楽より相対的に開放的なのも、映画もヨーロッパのものよりわかりやすいのも、そんな所からきていると思います。
ヨーロッパはご存知のように階級社会です。イギリスでもよく、俺達とあいつら、なんて表現するそうです。
もともと閉鎖的な社会なので。コンビニエンスな便利さを追求し、流動的な社会を作ると、日本の郊外の街のようにどこも似たり寄ったりになる、という事に早くから気が付いています。もともと戦争ばかりしていたというのもあるでしょうし、イタリアのスローフードなんて概念も閉鎖的な所からきているのでしょう。
そういう土地柄なのだと思います。わかる奴にわかればいいんだぜ、そんな感覚があるのではないでしょうか。
ボストンは非常に計算された、妥協を許さない職人的なつくりであるにもかかわらず、アメリカ的なエンターテイメントの要素、楽しませるという部分をキッチリ押さえてあります。
アメリカ的なものが良くて、ヨーロッパ的なものが駄目だというわけでは全然ありません。自分はむしろ映画でもヨーロッパ的なものの方が好みに合いますし、音楽も相当、イギリス音楽に偏っています。ただわかりやすさという点では、アメリカ的なものの方が、相対的に万人にわかりやすいと、個人的に思っているだけです。
ひるがえって、この国の音楽シーンを見てみますと、とほほ、という感じです。オヤジの戯言だと思って頂いて結構ですが、ジャンルはおいといて、骨のあるミュージシャンは希少です。多少聴いている方もいますが、ほぼ歌謡曲と化して腐りきっています。歌謡曲は歌謡曲で構わないですし、需要があるのもわかりますが、そういう方々がいっぱしのミュージシャンを気取ってカッコつけている様は痛すぎます。勝手にやっていてくれという感じで興味も全くありませんが、商業音楽だと開き直ってやっている方がまだましです。
この国の民族性なのかもしれません、同じ言語、ほぼ同一民族、同一文化から来る、甘えあってベタベタした音楽性は気持ち悪いですし、迷惑です。耳が腐る。聴きもしないで、偉そうにいいたくないのですが、無理です不可能、ちゃんと聴いていられません。具合が悪くなります。
金儲けのため仕方がないのかもしれませんが、もうちょっとレーベルも考えてやってほしいものです。一年に何枚シングル出すんだよ、アルバム出すペース早すぎるぞ、もうベストかよ、そういう突っ込みを入れたくなります。本当に才能のあるかもしれない方々だっているかもしれず、数年で消えて行き、忘れ去られ、某有名ボクサー選手の世界戦で君が代を歌った、へたクソな気持ち悪いミュージシャンみたいな人をいっぱい生み出していやしないかと思います。
へたクソで才能がなく淘汰されるなら、それはビジネスなのでしょうがないのかもしれませんが、消耗品のように、才能のある人まで使い捨てになっているのではないかと思ってしまいます。別に自分が心配してもしょうがないと思いますが。
メディアなんかがよく言う、金儲けだけがすべてではない的な言動が蔓延っている昨今、本当にそれをやってくれよとクリエイティブなビジネスに関しては本当に思います。本当に良い音楽や、映画、文学は短期的な損得勘定ではなく、良いものを作るという事が結果的にそのミュージシャンを長生きさせますし、儲かるのではないでしょうか、ボストンはファーストが1000万枚、セカンドが500万枚、売れたそうです、三枚目を出すまでに十年かかっていますので、年間150万枚売れた事になります、三枚目を出してから次まで年間約190万枚売った事になります。
そこまで才能のある逸材はなかなかいないでしょうし、マーケットが狭いという事もあるでしょう、本当に才能のある方は、ビジネスとしてのその枠の中でもきちっと結果を出せるものなのかもしれないとも思いますし、売れないカスも売らないと商売にならないのかもしれませんが、創作活動においてはそういう希望を持ってしまいます。
ビジネスというのは儲けなければ意味がないのはわかります。儲かってなんぼでしょう。しかし、金がすべてではないんだ、的な風潮をメディアがばらまくのはやめてほしいと思います。本当にそれに毒される人だっているわけですから。
そんな事を平均年収1000万以上の、某Fテレビは入社三年目で平均年収が1000万を超えるそうですが、そういう人達が言う事ではありません。金がすべてではないそんなの当たり前ですが、あった方が不幸になる可能性を減らせるのもまた事実、クロスオーナーシップや再販価格制度、記者クラブに守られてる、談合利権集団がそういう嘘を吐いちゃいけません、彼らが必死になって叩いた、格差の悪しき象徴、六本木ヒルズの勝ち組企業の平均年収は500万位だって言うじゃないですか、それらの企業の今の株価だって酷いもんです。風説の流布ってお前らもやってんじゃん、まさか空売りかけてねえだろうな、って感じです。
犯罪者が罪を償うのは当たり前ですが、推定無罪の原則なんてこれっぽっちも守っていない、公正な事実を報道すればよく、判決を下すのはメディアの仕事ではありません、権力の監視装置としての機能は全く死んでいるくせに、弱いものイジメは大好きなようです。それで子供のイジメを騒いで影響を受けた模倣者達が続出する。
談合などで騒いだりしますが、メディアの方が遥かに酷い、言論の自由がありますから何を言っても構いませんが、捏造や嘘はいけません、文科省の事を叩いていますが、お前が言うなよ、と思ってしまいます。
マモニズムは良くないとか言いながら、そういうものをブーストさせるような報道をするのも困ったもんです。
例えば今日、松坂選手が60億で落札された、60億で落札された、60億、60億と騒いでいますが、いい加減にしてほしいと思います。凄い、松坂の評価がそれほどまでだとは嬉しい、と言う気持ちはわかります。自分もそう思います。しかし街頭インタビューで、松坂選手が60億で落札されたそうです、と聞くコンセプトは何なのだろうと思います。才能のある人が成功の第一歩を掴んだのは同じ日本人として、がんばってほしい、という以外言いようがありません。60億で落札されたそうです、という質問はなんて答えてもらいたくて聞いているのか、またそれをどうやって意図的に編集したのか頭が痛くなりそうでした、そんな事聞かれたって、別に松坂選手が貰えるわけでもなく、西武球団が儲かるだけで、レッドソックスはその価値があると思って落札したわけですから、答えようもありません、ああそうですか、おめでとうございます、と西武に言っているのか、松坂に言っているのか、レッドソックスに言っているのか、インタビューアーに言っているか、ニュース番組を見ていたら、目にしてしまいました、速攻消しましたが、せっかくのおめでたい話に水を差す下らない聞き方しか出来ないんだなとつくづく思いました。
よくプロ野球選手の年棒÷打席、もしくはヒット数、投球数、などなどで下らない一球あたりいくらとか出す馬鹿なメディアがありますが、そういう需要があったとしても、やめた方が良いと思います。なくても誰も困りません。別に生活に困るわけでもありませんし、他にやる事も沢山あるでしょう。
松坂選手の報道を見て、ボストンを聴き、そんな事を思いました。
松坂選手の活躍、楽しみにしています。