天才とおだてられた男の思想 -2ページ目

天才とおだてられた男の思想

考えればわかってしまう。
やってみたら出来てしまう。
でもエキスパートにはなれない。

勇者だ、天才だとおだてられながら、
間違いだらけの人生だったのかもしれない。

そんな僕の考えを書いていきたいです。

ブログとは全く関係ない更新ですいません。


スティーブ.ジョブス氏の訃報が信じられずに一日中アメリカの友人と電話していました。



日本人は関心が無いのかもしれませんね。
スティーブ.ジョブス氏の訃報がニュース枠で少な過ぎる。
世界で日本と中国くらいではないでしょうか?



僕が初めてパソコンを触ったのは小学三年生の頃。
貧乏だった我が家にはそんな高価な物は無く、近くの親戚の家で触りました。

当時はネットなんか普及していませんでした。


今では化石になったPC-98で、本を読みながらBASICでプログラムして遊んでいました。

あの頃はまだヤンチャの兆しも無かったです(笑)
ヤンチャに目覚めたのは小六くらいなんで(笑)


あれから20年、信じられない位に時代は変わり、信じられない位にパソコンも進化しました。


スティーブ.ジョブス氏がいなければ、世界の全てが10年は遅れていたでしょう。


彼が生み出した技術と知識は、直接的に時代を動かし、関節的に人々に影響を与えてきました。

彼の恩恵を受けていないひとは、世界に1人たりともいないと思います。

偉大な天才の早過ぎる旅立ちに、間違い無く世界を動かしたであろう1人に、心から追悼の意を……

100年後も、200年後も、近代世界を支えた1人として彼の名前は歴史の一部になると思います。

あなたの子供達は人類に無くてはならないものになりました。
確率論とはなんでしょうか。
確率論は正しいのでしょうか。


確率は、分母が大きくなれば基本的には収束します。

データや確率を基に仕事をしている以上、そこに疑問を持つ事は、自分の基礎を否定する事に近いです。

先日のニュートリノ実験と同じです。
今の世界は、学問も技術も経済も、アインシュタインの相対性理論に少なからず支えられています。

これを否定するという事は、技術開発や研究、さらには学問の世界を麻痺させてしまいます。

ニュートリノの研究チームは、この実験結果がでた時に、ひたすら否定に務めたそうです。
この発表をする事でどれだけ非難され、どれだけ追い込まれるかはわかっていたはずです。

そして、自分達では否定ができず、世界の研究者達に判断を託したわけですね。


話は確率論に戻ります。
幾つかのイレギュラーはあるものの、分母が大きくなれば収束しなければなりません。

ここで有名な確率論の話をします。



A/B/C/D、4つの箱があります。
この中の1つだけにボールが入っています。

僕はAに入っていると思いました。

Dの箱を開けてみると、そこにはボールは入っていませんでした。

ここで問題です。

Aに入っていると予想しましたが、考え直した方が良いか、考え直さない方がいいでしょうか?



答えは、確率論で言えば考え直した方が当たる可能性が高いです。


これは確定確率の問題です。

最初にAと予想した時は、分母対象がA/B/C/Dの4つなのですから、当たる確率は25%です。
Dを開けた後に考え直した場合、分母対象がA/B/Cの3つになるので、当たる確率は33%です。

だから考え直した方が当たる確率は高いです。


ここでこう思った人もいるでしょう。

Dを開けた後にA/B/Cが残っているから、考え直さなくても確率は33%ではないか?

それはDを開けた後にリセットしたから33%になるだけです。



確率論ではこれが正解ですよね?


ですが…
違和感がありませんか?
理解はできるが納得ができない人いませんか?


考える事はおもしろい

久しぶりの更新です。
いつも堅い話ばかりだと疲れるので、今日は桃太郎の話をします。

おとぎ話や伝話は、全くの空想より真実の裏話が書かれている事が多々あります。

僕なりの桃太郎の解釈をした後に、なにが言いたかったかを書きますね。


まず桃太郎の話を知っていますか?

川から流れてきた桃から生まれた桃太郎が、仲間を連れて鬼退治をするという話ですね。


まず!
川から流れてきた桃をおばあさんが拾い、きったら桃太郎が生まれるという部分の解釈。

なぜおじいさんとおばあさんなのか。
なぜ若い人では無かったのか。

それは以下の解釈にもつながるのですが、老人が孫を可愛がるのと同じで、年齢的にも自ら子供を授かる可能性がなく、だからこそ愛情をそそぐシーンがイメージしやすいからです。

ここで話に戻りまして、なぜ川から桃が流れてくるのか?

まず桃の理由からですが、桃色(ピンク)がいつの時代も女性の象徴だからではないのでしょうか。

これがブドウやスイカだと、女性的なイメージが無くなるのです。

ではなぜ女性的なイメージをつくったか。
ここが物語背景のポイントです。


これはですね、山賊か悪武者かはわからないですが、悪者に追われて怪我をした女性がいたのです。

その追われた女性が村人に出会い、助けてくれと懇願します。
しかし女性は命を落とし、哀れに思った村人が、子供だけはと思い助けるのです。

桃を包丁で切ったら生まれる=女性から帝王切開で子供を取り出すのです。

当時帝王切開という概念は無かったのですが、お腹の大きな女性が亡くなったら、どうすれば子供を救えるかを考えれば単純にお腹を切ると発想したのでしょう。


こうして悲しい運命を持った桃太郎は誕生したのです。


この子供が大きくなり、家来を持てる身分に成長し、母親の仇討ちの為に悪者を成敗する。


これが僕の桃太郎の解釈です。


※この解釈は僕の個人的発想であり、史実や検証はしておりません。