人生のスタンス
◇Philippines 39th day - Cebu
[event]
- Study English
今日は31歳最後の日。
Ayala Centerでゆっくり勉強して、夜もゆっくり。
最近俺の中で哲学(宗教)ネタが結構アツイ。
今日は「俺の人生に対するスタンス」について。
誰しもが幸せを欲している。
幸福論といった古の学問が存在するほどに多くの人が関心を寄せている。
"俺の人生に対するスタンス"とは、どう幸せに対して向き合ってゆくかと言う事。
ずっと想って来た事がある。
(X)
「いつになったら心に平穏が訪れるのか」
「やりたい事をやりたい時にやりたいだけやれる、事は幸せなのか?」
世界を旅して周りたかった。
そして今その途上にある。
果たしてこの旅が終わる頃に、私は本当に幸せになっているのか?
旅が終わり、日本へ帰国した瞬間に幸せに満たされるのか?その途上に幸せが形成されて行くのか?さらに高次の欲求に包まれるのではないか?
人生に対するスタンスについて、以前はこう考えていた。
①「やりたい事は無数にある。実現する為には力が必要だ。日々努力して成長し、自らの手でそれをコントロールしたい。これが幸せな人生への最良のアプローチだ」と。
最近は少しスタンスが変わってきたように思う。
②「人生から無数の問いかけを受け続けている。その問いかけに耳を傾け、どう対処するかが俺の人生だ。日々己を戒め、問いかけを全て受け止める。その問いに素直に答える事ができるのできるようになれば、次第に心の平穏・幸せな人生が訪れるだろう」
①己の内面にある底なし欲求をベースに人生を謳歌しようとしても、それが尽きる事はない。常にその欲求に苛まれ、常に成長・勉強が望まれる。こうした日々は非常に辛く厳しいものだ。忍耐力・精神力が必要とされ、時に挫折と共に地獄を味わうかもしれない。その一方で欲求を実現する可能性は広がり、満足感・幸福感を"一時的"に味わう事が出来るかもしれない。
人生の"成長ステージ"にはよい傾向なのかもしれない。
②社会・コミュニティの構成要素である私は他の人々と同様にその中において担当・役割を担う。時に複雑性がゆえにそのバランス・配置・関係が崩れる。そうした事を人生からの問いかけとして受け止め、どのように社会・コミュニティに対して貢献できるのか、ヒトのために何ができるのか、今自分に何を求められているのか感じ取り、思うように答え・行動する。
人生の"活用ステージ"での傾向かもしれない。
幸せを求める事(目的)については同じかもしれない。
②については求めもしないのかもしれない。
スタンスが少し違う。
それだけで心のもやが晴れ、足取りが軽くなる気がする。
こうした考え方はもう一つの以前から考えていた事も影響しているかもしれない。
これは私が社会人となった頃に考えていた事だが、
(Y)「20代は成長、30代は活用。20代は必死に勉強・仕事に打ち込み、最大限の成長を見込む。そして30代ではリタイアをイメージし、そのイメージに向かって一直線に進んでいく。」
明日で32歳となるので、当初の計画から2年遅い事になる。
ま、20%の誤差くらいどって事は無い。
かつて別個だった(X)と(Y)の命題が今はリンクし、幸せを解明する鍵となった気がする。
これが正しいとか正しくないとかではなく、自分が納得できる事が大切なんだ...
と自分に言い聞かせて今日は寝よう(笑)
おやすみー♪
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今日は31歳最後の日。
Ayala Centerでゆっくり勉強して、夜もゆっくり。
最近俺の中で哲学(宗教)ネタが結構アツイ。
今日は「俺の人生に対するスタンス」について。
誰しもが幸せを欲している。
幸福論といった古の学問が存在するほどに多くの人が関心を寄せている。
"俺の人生に対するスタンス"とは、どう幸せに対して向き合ってゆくかと言う事。
ずっと想って来た事がある。
(X)
「いつになったら心に平穏が訪れるのか」
「やりたい事をやりたい時にやりたいだけやれる、事は幸せなのか?」
世界を旅して周りたかった。
そして今その途上にある。
果たしてこの旅が終わる頃に、私は本当に幸せになっているのか?
旅が終わり、日本へ帰国した瞬間に幸せに満たされるのか?その途上に幸せが形成されて行くのか?さらに高次の欲求に包まれるのではないか?
人生に対するスタンスについて、以前はこう考えていた。
①「やりたい事は無数にある。実現する為には力が必要だ。日々努力して成長し、自らの手でそれをコントロールしたい。これが幸せな人生への最良のアプローチだ」と。
最近は少しスタンスが変わってきたように思う。
②「人生から無数の問いかけを受け続けている。その問いかけに耳を傾け、どう対処するかが俺の人生だ。日々己を戒め、問いかけを全て受け止める。その問いに素直に答える事ができるのできるようになれば、次第に心の平穏・幸せな人生が訪れるだろう」
①己の内面にある底なし欲求をベースに人生を謳歌しようとしても、それが尽きる事はない。常にその欲求に苛まれ、常に成長・勉強が望まれる。こうした日々は非常に辛く厳しいものだ。忍耐力・精神力が必要とされ、時に挫折と共に地獄を味わうかもしれない。その一方で欲求を実現する可能性は広がり、満足感・幸福感を"一時的"に味わう事が出来るかもしれない。
人生の"成長ステージ"にはよい傾向なのかもしれない。
②社会・コミュニティの構成要素である私は他の人々と同様にその中において担当・役割を担う。時に複雑性がゆえにそのバランス・配置・関係が崩れる。そうした事を人生からの問いかけとして受け止め、どのように社会・コミュニティに対して貢献できるのか、ヒトのために何ができるのか、今自分に何を求められているのか感じ取り、思うように答え・行動する。
人生の"活用ステージ"での傾向かもしれない。
幸せを求める事(目的)については同じかもしれない。
②については求めもしないのかもしれない。
スタンスが少し違う。
それだけで心のもやが晴れ、足取りが軽くなる気がする。
こうした考え方はもう一つの以前から考えていた事も影響しているかもしれない。
これは私が社会人となった頃に考えていた事だが、
(Y)「20代は成長、30代は活用。20代は必死に勉強・仕事に打ち込み、最大限の成長を見込む。そして30代ではリタイアをイメージし、そのイメージに向かって一直線に進んでいく。」
明日で32歳となるので、当初の計画から2年遅い事になる。
ま、20%の誤差くらいどって事は無い。
かつて別個だった(X)と(Y)の命題が今はリンクし、幸せを解明する鍵となった気がする。
これが正しいとか正しくないとかではなく、自分が納得できる事が大切なんだ...
と自分に言い聞かせて今日は寝よう(笑)
おやすみー♪
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