勝海舟の談話 - 日本と中国、兄弟げんかは犬も喰わない
勝海舟は日清戦争後にコメントを求められて次のように語っている。
「支那は平気でいるよ。
戦争でも同じことだ。世間では百戦百勝などと喜んで居れど、支那では何とも感じはしないのだ。そこになると、あの国はなかなかに大きなところがある。支那人は、帝王が代わろうが、敵国が来たり国を取ろうが、殆ど馬耳東風で、はぁ帝王が代わったか、などといって平気でいる。風の吹いたほども感じない。
感じないも道理だ。1つの帝室が亡んで、他の帝室が代わろうが、誰が来て国を取ろうが、一体の社会は、依然として旧態を存しているのだからのー。国家の一興一亡は、象の身体を蚊か虻が刺すくらいにしか感じない。
ともあれ、日本人もあまり戦争に勝ったなどと威張って居ると、後で大変な目にあうよ。剣や鉄砲の戦争に勝っても、経済上の戦争に負けると、国は仕方なくなるよ。そして、この経済上の戦争にかけては、日本人は、とても支那人には及ばないだろうと思うと、おれはひそかに心配する」
「支那は国家ではない。
支那は、ドイツやロシアに苦しめられて、早晩滅亡するなどというものがあるけれど、そんな事は決してない。膠州湾(こうしゅうわん)や、三沙澳(さんさおう)ぐらいの所は、おれの庭の隅にある掃溜ほどにも思って居ないだろう。
全体、支那と日本と同じように見えるのが大違いだ。日本は立派な国家だけれども、支那は国家ではない。あれはただ人民の社会だ。政府などどうなってもかまわない。自分さえ利益を得れば、それで支那人は満足するのだ。清朝の祖宗は井戸掘りをしていたのだが、そんな賤しい者の子孫を上に戴いて平気で居るのを見ても、支那人が治者の何者足るに頓着せぬことがわかる。
それだからドイツ人が愛親覚羅氏に代わって政権を握ろうが、ロシア人が来て政治を施そうが、支那の社会には少しも影響を及ぼさない。ドイツが膠州湾を占領したり、英国が三沙澳に拠ったりすれば、支那人の方では堅固な門番を雇い入れたってんで居るかもしれないよ」
「おれは大反対だったよ。
日清戦争はおれは大反対だったよ。なぜかって、兄弟げんかだもの犬も喰わないぢゃないか。たとえ日本が勝ってもどーなる。支那はやはりスフィンクスとして外国の奴らが分からないに限る。支那の実力が分かったら最後、欧米からドシドシ押し掛けてくる。つまり欧米人がわからない内に、日本は支那と組んで商業なり工業なり鉄道なりやるに限るよ。
一体支那五億の民衆は日本にとっては最大の顧客サ。また支那は昔時から日本の師ではないか。東洋のことは東洋だけでやるに限るよ。おれなどは維新前から日清韓三国の合縦の策を主唱して、支那朝鮮の海軍は日本で引き受ける事を計画したものサ。今日になって兄弟げんかをして、支那の内輪をさらけ出して、欧米の乗ずるところとなるくらいのものサ」
(引用:「本の街」10月号 - 酒部一太郎著)
どうだろう。今見てもこの談話は的を射ている。現代から考えれば格段に情報の少ない当時において、よくもこれほどの視点が持てたものである。本質を理解し、先を正しく見通せる人だったのだろう。
「1つの帝室が亡んで、他の帝室が代わろうが、誰が来て国を取ろうが、一体の社会は、依然として旧態を存しているのだからのー。国家の一興一亡は、象の身体を蚊か虻が刺すくらいにしか感じない。支那は国家ではない。あれはただ人民の社会だ。政府などどうなってもかまわない。自分さえ利益を得れば、それで支那人は満足するのだ。」
まさに本質はここの部分にある。あれだけの人数、環境、土地柄の違う人々を国家としてまとめられるはずがない。一応、一党独裁、国家主席なるものを置いてはいるが、それはある意味飾りに過ぎず、それぞれの個々人が自分の利益のために動いているのが中国の実態であろう。本当のところ、人々の間では社会主義も資本主義もあったものではないのである。
そしてそれこそが、お上が代わろうが、誰が来ようが、決して滅びることなく文明を維持してきた中国、華僑・大中華圏、支那圏の本当の力なのである。だから中国とのケンカは国と国とのケンカにならない。ただ感情をぶつけるだけの兄弟げんかである。
くだらない兄弟げんかは早々に卒業して、経済の結託を計っていかなければ、アジアがリーダーになって世界をよい方向に導いていける最大のチャンスを逃すことになるだろう。