沢田マンション - 建築とソフトウェア | 木下英範のブログ

沢田マンション - 建築とソフトウェア

沢田マンションとは


沢田マンションをご存知でしょうか。高知市にあるセルフビルドのマンションです。地上6階、地下1階、戸数58、全長70メートル。これのすごいのは、沢田夫妻がたった二人で作り上げたということです。



沢田マンション - 全景2
全戸がまったく違う間取り



沢田マンション- 池

3階には鯉の泳ぐ池



沢田マンション - スロープ

5階まで車で登れるスロープ



沢田マンション - 木

大量の土が敷き詰められ松など大きな木が植えられている


沢田マンション - クレーン

クレーンも手作り


沢田マンション - 屋上

屋上には畑と水田、自給自足


規定の建築にはない合理性・便利さ・活気


建築の専門教育も、建設業経験もまったくない二人が試行錯誤でこんな巨大建築を作り上げてしまった。そして、住人が住んでいる今も住人と大家の共同作業で増改築が進行中なのだそうです。厳密には違法建築かもしれません。しかし行政により規格・標準化された建築物からは考えられないくらいに便利で合理的で住人の身になった構造が垣間見られるのです。それもそのはずです。自分たちの思うがままに作っているのですから。しかしどうして素人が設計図も引かずこれほどのものを作れたのか。どうしてこれほどの重量、複雑怪奇な構造を持ちながら、つぶれずに建っているのか。建築界はもとより、いろいろな方面から注目されています。


そして一番重要なのが、全住人が活気にあふれ生き生きとしていること。


建築とソフトウェア開発の類似性


ソフトウェアは建築に似ているといわれます。設計書(図面)をつくり、それにしたがって部品を作ります。そして部品を組み合わせて大きなソフト(建物)を完成させます。完成後に仕様変更・追加があった場合は、部品を追加・修正(増築・リフォーム)します。ソフトウェアは0と1の情報であり、実物は存在しません。すべてコンピュータの中で動く信号で構成されます。しかし、プログラマーの頭の中のイメージはたしかに建物を建築する感覚に近いです。最初はコア(基礎)をつくり、徐々に階層を積み上げていきます。必要なのは絵を見てそれを記号に置き換える能力(パズルを解く能力)とロジカルシンキング、そして文章力です。昔は数学的な能力が重要だったのですが、プログラミングも自動化が進んだ今では、合理的にプログラムを書く、他人にわかりやすいプログラムを
書くという国語的な能力も重要になってきました。しいて言えばプログラミングは「建築」+「小説」といえるかもしれません。


建築、ソフトウェア、手続きの流れ


一般の建築界、ソフトウェア界の業務フローは以下のようになっています。
【建築】
施主(依頼)→ 設計事務所(企画・調査書) → 設計図 → 施工業者 → 工事 → 工事管理 → 竣工

【ソフトウェア】
依頼主 → コンサルタント(要件定義) → 仕様書 → 開発業者 → 開発 → テスト → リリース


まさにオープンソース


さて、沢田マンションですが、これは一般の建築界の枠には収まりきれません。というかまったく違います。まず、沢田家が音頭を取り、住民からアイデアを募って、全員参加型で建築していきます。得意な人が得意な分野を担当します。それぞれの住人は自分で自分の部屋を自由に改築します。一見無計画にばらばらに作られていたものが、全体から見ると不思議な秩序が生まれています。


これはまさに「オープンソース」に他なりません。


住人は無報酬で増改築に労働力を提供します。それは自分の住まいであると共に、「自分の作品を世に残す」という意思があるからではないでしょうか。また、壊れたところや不便なところがあれば「誰かがすぐに気づき」、「その場ですぐに直して」しまいます。


アジャイル的な開発プロセスで細やかなビルド


そして開発プロセスは「アジャイル」的です。


まだ未完成のうちに住人を募集して住まわせてしまいます。そして、住人はそこで生活しながら仲間として建築に参加します。これは「株式会社はてな」に代表されるような、作ったものはまだ未完成のうちにリリースし、使ってもらいながら反応を見て完成に近づける(永遠に未完成)、という開発方法です。


そして沢田家を中心としたゆるいコミュニティよって、ボトムアップ型のみごとな全体最適が「自然に」成り立っているのです。


沢田マンションはこれから100年はもつといわれます。もちろん建物の強度は保証されていないのでそのままでは100年持つはずがありません。実際内部では頻繁に不具合が発生していることでしょう。しかし、このシステムがあるからこそ、不具合が直ぐに解消され、半永久的に存在し続けるのかもしれません。


個々と全体の結びつきをどうやって秩序立てるか


ソフトウェアのあり方も今まさに大きな変化の中にいます。規律・綿密なプランを重視するウォーターフォール型の開発プロセスから、チームワーク・結果を重視するアジャイルプロセスへ。閉じられた世界のWeb1.0から不特定多数参加型のWeb2.0へ。スタンドアロンで動く単体アプリケーションから、アプリケーションが相互に連携し「サービス」を提供するというSaaSへ。


これはコンピュータの中、あるいはソフト業界の中の閉じられた世界からのソフトウェアの開放です。そしてコンピュータの外にいる人間のコミュニティと自由に結びつくことによって、まったく新しい体験・サービスを提供しようとするものです。


しかし、問題もあります。自由に結びつくのはいいのですが、いったい誰が秩序を維持するかということです。もしかしたらある1つのソフトウェアの暴走が全体に影響を与えてしまうかもしれません。


これほど自由気ままに作って一度も大きな事故を起こしていないところを見ると、沢田マンションはこの自由と秩序をうまく共存させていると思われるのです。これは大いに研究の余地があります。


幸せなものづくり、幸せな暮らし


沢田マンションの一番の特徴、住人が幸せであること。それは自分たちの帰るべきリアルなコミュニティがあるという安心感、自分たちの手で物を作りそれがそのまま自分たちを潤し、他人の役にも立っているという、社会の一員であるという強い自負。そしてなによりも、自分たちの楽園で思うようにやればいいという、大いなる『自由』。これが人を元気にさせているのだと思います。


今の日本のものづくりは元気がないといいます。労働現場は疲弊しているといいます。行政の取る政策は締め付けを強化しているように思います。このままでは本当にコンプライアンス不況になってしまいかねません。沢田マンションのやり方は建築やソフトウェアに限らず、すべてのものづくり方法論において、大いに参考になるのではないでしょうか。



<参考資料>
Wikipedia - 沢田マンション
Architectual Map

沢田マンション超一級資料
アジャイルプロセス協議会「5周年記念セミナー」