昭和二十年(1945年)八月七日の大空襲によって、二千四百余名の犠牲者を出した豊川海軍工廠壊滅の悲劇を、戦後二十八年目の慰霊祭(1973年8月7日)を背景に、若い二人の男女を通して描かれています。それぞれの立場の人々の思い、世代のギャップを感じることができる映画ですが、公開当時に小学生だった私が、この映画を観たとしたら、理解できるでしょうか?おそらく、理解できないと思います。小中学校の授業で観るような映画ではないです。表現の仕方が出資者の思い、期待とは別次元の映画ですね。1973年に撮影され、1974年には完成されましたが、公開が1976年にずれた?延びた?こと、うなずけます。






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 豊川空襲の犠牲者の慰霊のため、豊川市が出資して1973年に撮影され、1974年に公開の予定であった映画であったが、難解という理由で、公開が1976年にずれた。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)


 アメリカ軍の爆撃によって命を奪われた愛知県豊川市軍需工場地帯の勤労女子生徒たちの慰霊のため、地方自治体が出資して作り上げた作品。しかし実験映画界で名を馳せる松本俊夫監督は、これを単なる慰霊の域にとどめるのではなく、現代ならではの批判精神と実験精神をもって、一見平和でありながらも、その実、戦争の重い傷跡を隠しながら生きる人と街の欺瞞をも前衛的に捉えている。フォークシンガー下田逸郎の映画出演も話題ではあったが、それよりもこれが映画デビューとなった秋吉久美子の、ヌードも辞さない初々しい魅力のほうが、現在では語り草になっている。1974年に完成したものの、実際の公開は76年まで延ばされた、いわくつきの意欲作でもある。
(Amazonの解説より的田也寸志)


 1973年8月7日の慰霊祭を背景に、若い男女の5日間にわたる出会いと別れを描いた、鬼才・松本俊夫監督による異色の青春映画。秋吉久美子の記念すべきデビュー作としても有名な作品。
(CDジャーナル データベースより)




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