必ずまた逢える〜愛する息子へ -64ページ目

必ずまた逢える〜愛する息子へ

2015年1月…突然白血病の宣告。わずか4ヶ月でお空に還ってしまった20歳の息子を想い、またいつか親子の続きをしたいと願いながら生きています。

5年前の5月22日。

この日は、私が後悔しても後悔してもしきれない1日


朝7時過ぎ頃、携帯に息子から電話がかかってきた

どうしたのかと思って電話に出ると、

昨夜遅くに熱が上がり、夜中喉がめちゃくちゃ渇いて、冷蔵庫に買っておいた数本のペットボトルの飲み物を全部飲んでしまったらしい。


息子は無菌病棟のクリーンルームにいて、出歩くことは禁止されていたので、必要なものは私に頼むからと現金を置いていなかったため、看護師さんにも頼めず、別の病室に入院している娘に朝方電話して買ってきてもらったと。

朝早く〇〇(←娘)を起こしちゃって悪いことしたよ。アイツ、学校あったんだろ?…て


元気なときはそんなこと気にするような息子じゃなかったのに



娘は朝、検温、採血をし、朝食をとって
病院から学校へ


そんなの〇〇は気にしてないよ〜
大丈夫だよ
なるべく早く行くからねー

そう言って電話を切った


お昼過ぎ
病室に入ると、暑い!
暖房がついていて、室温27度!

もうこの頃から息子が空へ還るまでの私の記憶が曖昧で、はっきりとしたことは思い出せなくて…

でも、息子の身体は昨夜の発熱からずっと体温調節がうまくいかなくなっているようだった


移植前処置の大量の放射線治療を終え、
明日から最後の抗がん剤を投与することになっていたし、息子の身体がどうなっちゃうのか不安で仕方なく…

ベッドで布団に包まってしんどそうにしている息子を前に何もしてあげられない自分が悔しくて情けなくて


昨日はあんなに元気だったのに、
夕方学校から娘が帰ってきても、起き上がることもできなくて、一言二言話しただけで
その日はずっと眠っていた


夜9時過ぎ
いつもそろそろ私が帰る時間

息子は調子がいいと8時頃には
もう帰っていいよ〜
気をつけて帰りな
…そう言って私を早く帰るように仕向ける

でもこの日は…
ベッドの中で身動きひとつせず。
ただ時々苦しそうに息を吐く。
「もう少し、いようか」
私の問いかけに息子は静かに頷いた。


10時過ぎ。
どうしよう…
今夜は泊ろうかな
病院から家まで電車とバスで1時間半くらいかかる
来週の移植後は泊まり込むつもりでいたので、
明日の土曜日は、旦那と一緒に色々買い込んで車で来るつもりでいた
息子に聞くと「大丈夫」と言うので
心配だったけど
別室だけど娘もいるし…

なぜかわからないけど
そう自分に言い聞かせてる自分がいた






ここまで書いて、
やっぱり5年前のあの日を思い出し
気持ちがザワザワしてきました



当時は治ると信じて
病気を治すための移植に向けてのカウントダウンだっだけど
今この1週間は、息子の命のカウントダウンを思い出す作業でしかなく、やっぱり辛いです


最後まで書けるかな
所々記憶が抜け落ちてるし^^;




少し気持ちを立て直そう。
今日はひとつ嬉しかったことが照れ
娘のこと❣️

1年前、PTになったばかりの娘が自分の未来の計画として考えていたひとつ、
心理カウンセラーの試験に合格しましたゲラゲラビックリマーク

娘は病院勤務なので
緊急事態宣言中も変わりなく通常勤務ですが、
仕事が休みの日もコロナ自粛生活で
外出することもできず、
勉強するなら今がチャンスひらめき電球と思ったようで、
即申込み爆笑




心理カウンセラーの中にもいくつか種類があるらしいのですが、今回受けたのは
『メンタルカウンセラー』
この後もまだまだ受験するらしいです爆笑

昨年も同じように
命日前に娘の前向きな姿勢に励まされたんだと思い出しましたショボーン