■欧州とは違うアジアの電力需要構造
昨年の震災後、欧州のように近隣諸国から電力輸入ができれば、停電の事態は避けられる、
あるいは脱原発も可能になるとの意見が登場した。上述の記事はこの発想を伝えるものだ。
実業界でも、太陽光発電などの再生可能エネルギーの導入に熱心なソフトバンクの孫正義社長は、
モンゴルで風力発電を行い、海底ケーブルで日本に送電する構想を進めている。
直流高圧送電の性能の向上により、大きな送電ロスなく海底ケーブルで送電を行うことは技術的
には可能だ。しかし、実現のためには、技術以外で多くの問題がある。まず、電力の輸出入が
活発な欧州とアジアの電力事情は全く違うということだ。
■桁違いに需要量が小さい東南アジア諸国
福島第一原発事故後ドイツが行った7基の原発の即座停止は、送電線網がフランスをはじめとする
隣国と繋がっていたために可能だった。日本も送電線がアジア諸国と繋がっていれば、脱原発が
可能との意見がある。他のアジア諸国で発電し電力を輸入するアイデアだ。しかし、この実現は
不可能だ。アジア諸国と送電線を繋げても日本には電気が来ない可能性が強い。欧州とアジア
諸国の電力需要量の違いと、今後の需要量の伸びの違いにより、ドイツと日本を取り巻く事情は
全く異なるのだ。
欧州連合主要5カ国とスイスの発電量と電力の輸出入量は図の通りだ。ドイツとスペインでは
需要量は2倍程度違っている。また、電力輸出入は活発だ。フランスは世界最大の電力輸出国で
発電量の8%を周辺諸国に供給している。
さて、アジア諸国の発電量は図の通りだ。欧州と異なり、中国、インド、日本、韓国が
大きな電力需要国だが、東南アジア諸国は桁違いに需要量が小さい。新興国として注目され
人口が日本の2倍のインドネシアの電力需要は日本の7分の1だ。東南アジア諸国から日本に
電力を輸出するとなると、欧州と異なり発電量の相当部分を日本に売ることになる。そんな
ことが可能だろうか。
■自国より日本向け供給を優先するのか
多くのアジア諸国では電力不足が深刻だ。経済成長に電力供給能力が追いつかない。世界一の
電力消費国中国では今年の夏の電力設備の不足量は年初には3500万kWから4000万kWと言われ
ていた。日本の発電設備量2億8000万kWの15%に相当する原発35基から40基分の量だ。
その後経済成長が予想より低いことから不足設備量予測は1800万kWに下方修正されたが、
電力不足は当分の間解消の見込みはない。アジア諸国の1人あたりの電力消費量を見れば、
電力需要量が今後大きく伸びると予想できる。欧州とアジアのいくつかの国の1人当たり
電力消費量を表に示している。
日本以外のアジア諸国では、実際に今後大きな電力需要の伸びが予想されている。無電化地域を
抱える国も多い。そんななか、発電設備を作って、その電気を日本に輸出する国が出てくるの
だろうか。まず、自国の需要を満たすのが先決だろう。電力不足に悩む国が電力輸出を行うこと
はありえない。もし行えば無電化地区を中心に自国民の怒りを買うだろう。自国の需要量を賄う
発電、送電設備を建設し、その燃料の手当てを行うだけで手一杯の国ばかりだ。日本の面倒まで
みてくれる国があるだろうか。
■原発の電気で脱原発?
数兆円規模の投資になると予想される海底ケーブルを敷設するからには、毎年相当量の送電が
行われなければ、競争力のある電力料金には仕上がらない。それだけの量の設備を、自国の需要
より優先し日本のために建設してくれる国がどれほどあるのだろうか。送電線を作っても電気が
来ない事態になりはしないのか。
殆どの国が先進国となり、電力需要の伸びも同じような推移を辿っている欧州諸国と、発展段階
も異なり経済規模も大きく異なるアジア諸国では、電力供給を取り巻く環境も全く違う。アジア
の中で大きな需要を持つ日本が、需要の大きな伸びが予想される供給力の小さい他国に供給を頼り、
脱原発を目指すのは難しい。そもそもベトナムなど原発計画のある国から、日本の脱原発のために
原発で作られた電力を輸入することが可能だろうか。原発の電気で脱原発では笑い話だ。
■ロシアから電力を輸入できるのか
それでは、比較的簡単に発電設備を建設可能なロシア東部からの送電は朝日新聞が予想するように
可能だろうか。ロシア東部には豊富な天然ガス資源を利用したガス火力、また水力発電所も建設
可能だ。ここで問題になるのは、エネルギーの安全保障だ。
いま、欧州諸国は再生可能エネルギーの導入に力を入れている。温暖化対策もあるが、大きな狙い
の一つはロシアへのエネルギー依存度低減だ。欧州は、天然ガス輸入量の40%、石油の30%を
ロシアから購入している。天然ガスの大半はウクライナ経由のパイプラインで輸入されている。
2006年と2009年に、ロシアはウクライナとの天然ガス価格交渉が紛糾したことを理由に、厳冬期 にこのパイプラインを閉じた。
欧州各国は震え上がった。厳冬期に暖房用のガスが不足する事態になれば凍死者が出かねない。
再生可能エネルギーにより自給率を向上させる策に加え、中央アジアから天然ガスを輸入する
プロジェクトを進め、環境問題が指摘されているにもかかわらず英国、ポーランドなどが
シェールガスの開発に熱心なのは、脱ロシア政策の側面がある。
ロシアから代替品のない電力を購入するのは安全保障上問題だろう。天然ガス、石炭などで
あれば、供給が途絶しても他国から購入可能だ。しかし電力の供給が途絶すれば、どうにも
ならない。欧州諸国がロシアへの依存度を下げようとしているのは何故なのか。よく考えて
みる必要がある。
中国も巻き込み大きなネットワークにすれば、ロシアも供給を中断しにくいとの意見も朝日新聞
は掲載しているが、欧州全域のネットワークの基になるウクライナへのパイプラインを簡単に
閉めたことからすれば、ネットワークの大きさがロシアの意思決定に影響を与えるとは思えない。


