長く「男子専科」の印象が強かったオーディオ機器の分野に、女性のマニアが現れた。
カメラ女子、鉄女(鉄道マニア女子)、歴女(歴史マニア女子)にならって
「音女(おとじょ)」「オーディオ女子」と呼ばれる彼女たちは、不振の家電業界の
救世主となるか?
■5万円のヘッドホンを買う女性
異変が起きたのは、毎年11月に開かれている音響機器の展示会「東京インターナショナル
オーディオショウ」の会場だ。「若者のカップルのほか、若い女性が1人で見に来るように
なった」。こう説明するのは、ソニーのオーディオ部門のエンジニア、西尾文孝さん(ホーム
エンタテインメント事業本部システム・デベロップメント・マネジャー)。自身も筋金入りの
オーディオ・マニア。長年、この展示会に出席しているが、2年ほど前から「男性客に
交じって色々なブースで真剣に試聴する姿を頻繁に目撃するようになった」という。
男性客ばかりだったオーディオ販売店にも女性が訪れ始めた。東京・秋葉原で創業47年、
「アキバ系」ショップの間で生き残った高級オーディオ専門店「ダイナミックオーディオ5555」
にも最近よく女性が買いに来るという。同店のアドバイザー、塘田雅敏さんによると、
オーディオ女子の予備軍は「おそるおそる1階のヘッドホン売り場に現れ、手始めに2千円台
のおしゃれな製品を購入する」。中には5万円近い高級品まで水準を切り上げても満足できず
「ついに2階のコンポーネント売り場へと階段を上り、インテリアとしても見栄えのいい
小型スピーカーに到達する女性がいる」。売れ筋はデンマーク製の「DALI」、イタリア製
で革張りの「Toy」といった美形のスピーカーだ。コアな男性マニアのアイテムと思われて
きた真空管アンプも、イタリアのオーディオメーカー「キャロット・ワン」がおしゃれな
ヘッドホンアンプとして売り出したところ、早速女性が目を付けた。
■CD1枚もなし、ダウンロード音源をいい音で
オーディオ女子、音女のほぼ全員に共通するのがCDの再生装置を持たず「iPod(アイポッド)」
などの携帯端末で音楽を聴いていることだ。携帯端末のヘッドホンを取り換えるだけで音が
よくなるのに気づき、次第にスピーカーやアンプなどオーディオにはまっていく。ダイナミック
オーディオは自社のホームページでもオーディオ入門情報を提供するが「ヘッドホン関係への
食いつきは、とりわけいい」という。
ソニーの西尾さんも「ここ1、2年、『よい音』を追求する方法が大きく変わってきた」と
感じている。高音質のSACD(スーパー・オーディオCD)などを使ってCDの音を極限まで
追い求める従来型の中高年ファンの一方で、「CDを1枚も持たず、iTunes(アイチューンズ)や
MP3のダウンロード音源を良い音で再生したいと考える若年層の需要が急激に広がっている」
と実感する。パソコンと高級ヘッドホンやアンプ、スピーカーと組み合わせて再生する「PC
オーディオ」のジャンルが生まれ、新製品の発売も相次いでいる。
雑誌にも変化の波が押し寄せている。オーディオ関係のディープな情報にはこれまで、熟年男子
が群がっていた。高級オーディオ専門誌「季刊ステレオサウンド」の読者層も40-50代の男性に
集中するが、ヘッドホンやPCオーディオに的を絞った不定期刊の姉妹誌「DigiFi」
(デジファイ)では事情が大きく異なる。若い女性の読者が増え「書店よりネット経由で売れ、
オンデマンドの購読も多い」(染谷一ステレオサウンド編集長)。DigiFi誌面には、
萌え系マンガ風で易しく説明する「オーディオ接続超入門」まで載っている。
■部屋すっきり、ケーブル不要の「AirPlay」も追い風
「音女のきっかけはヘッドホン」――。ステレオサウンドの染谷編集長も過去数年、オーディオ
ショウの会場にヘッドホン女子の姿が増えたことに注目してきた。従来の高級オーディオに囲まれて
いては「スピーカーを担いでくるわけにもいかなかっただろう」と苦笑する染谷さん。PCオーディオ
のデモンストレーションが急増した今は「高級腕時計のような感覚でファッショナブルなヘッドホンを
装着し、見せびらかしに現れる女性の姿にも違和感を覚えない」。
また、アップル社がタブレット端末「iPad(アイパッド)」を投入したのを境に、ケーブルでつなが
なくても、無線を通じて高音質の音楽再生を可能にする「AirPlay(エアプレー)」が一般化した。
「高級オーディオの接続は面倒くさい上、ケーブルだらけで見た目も悪い」と、いかにも女性に
嫌われる要素が一つ大きく減ったのも、追い風だった。もとよりパソコン、IT端末に対する
リテラシー(利用能力)は中高年の男性より、若い女性の方が高い。音女の登場はデジタルメディア
の広がり、その関連機器の急激な普及によっても支えられているようだ。
■女子オーディオ評論家も登場
今まで男子の牙城だったオーディオ評論の分野にも、女子の第一号が現れた。福島花乃さん。
「スイッチ一つで生活が豊かになる」と、少女時代から家電製品にあこがれ、札幌の大学時代は
家電量販店でアルバイトもした。卒業後は東京でモデルや司会の仕事をしていたが、2年前たまたま、
ヘッドホン関係のイベントのコンパニオンを引き受け、人生が変わった。「最初は音質の違いにも
興味がなかったので、ためしに30万円のヘッドホンを装着した瞬間の驚きは大きかった。なんて
気持ちいい音なんだろうと思った」と振り返る。
現在はイベントの企画・制作会社に籍を置きながら、「DigiFi」などの雑誌に自分で記事を書く。
「専門を究める以前に、あの日の私のように『いい音って、こんなに気持ちいいんだ』という事実を
一人でも多くの若い人に伝えたい」という。女性の目には、今のオーディオ機器の多くが「ファッ
ションやライフスタイルと一体化していない」と映る。福島さんはゆくゆく、ファッション誌などと
組んでオーディオも含めた室内空間のトータルコーディネートを提案、「製品開発にも積極的に
かかわりたい」と考えている。
