時代の変革のビジョンを共有し
地球的課題への挑戦をぬぬ
(略)
●“200年の現在”の時間軸と責任感
もう一つの観点である”200年の現在”とは、今日を起点として過去100年と未来への100年の範囲を、自分の人生の足場として捉えるものです。
エリース・ボールディング博士は、こう強調されていました。
「人間は、現在のこの時点だけに生きる存在ではありません。もし自分をそういう存在だと考えるならば、今、起こっている事柄にたちまち打ちのめされてしまいます」
しかし、”200年の現在”という、より大きな時間の中に存在すると考えれば、今年生まれた乳幼児から今年で100歳の誕生日を迎える高齢者にいたるまで、多くの人々のいきる時間に関わる可能性が大きく広がっていく。自分は、その「より大きな共同体」の一部をなす存在であるとの世界観をもって生きていくことが大切である、と
(略)
●防災から復興まで女性の役割を重視
二つ目の提案は、防災から救援、復興にいたるまで災害に関する全てのプロセスで、女性の役割の重視を国際社会の取り組みとして徹底させることです。
(略)
「女性が関わることによって「平和の文化」はより強靭な根を張ることができる」
「女性が取り残されるところに、本当の意味での”世界の平和”はないことを忘れてはいけない」
(略)

グリーン経済については、まだ定義が固まっていませんが、経済成長と環境保全の案分をめぐる調整的な概念として限定することはもとより、経済成長の新しいモデルつくりや雇用創出を図るための手段的な概念に狭めてはならないと訴えたい。
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★原発に依存しない社会へ日本は早急に政策検討を
●放射能汚染による現在進行形の脅威
今年、国連の定める「すべての人のための持続可能エネルギー」にあたりますが、世界のエネルギー問題を考える上で「持続可能性」を重視することが欠かせません。
これに関して触れておきたいのは、原子力発電の今後のあり方についてです。
福島での原発事故は、アメリカのスリーマイル島での事故(1979年)や、旧ソ連のチェルノブイリでの事故(86年)に続いて、深刻な被害をもたらす事故となりました。
今、なお完全な収束への見通しは遠く、放射能によって汚染された土壌や廃棄物をどう除去し貯蔵するかという課題も不透明なままとなっており、
”現在進行形の脅威(きょうい)”として多くの人々を苦しめています。
事故のあった原発から核燃料や放射性物質を取り除き、施設を解体するまで最長で40年かかると試算それているほか、周辺地域や汚染の度合いが強かった地域の環境をどう回復させていくかといった課題や、放射能が人体に及ぼす晩発性の影響を含めて、将来世代にまで取り返しのつかない負荷を及ぼすことが懸念されています。
私は30年ほど前から、原発で深刻な事故が起こればどれだけ甚大な被害を及ぼすか計り知れないだけでなく、仮に事故が生じなくても放射性廃棄物の最終処分という一点において、何百年や何千年以上にもわたる負の遺産を積み残していくことの問題性について警鐘を鳴らしてきました。
この最終処分問題については、いまだ根本的な解決方法がないことを決して忘れてはなりません。
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★日本は、地球全体の地震の約1割が発生する地帯にあり、津波による被害に何度も見舞われてきた歴史を顧みた上でなお、深刻な原発事故が再び起こらないと楽観視することは果たしてできるでしょうか。
★日本のとるべき道として、原子力発電に依存しないエネルギー政策への転換を早急に検討していくべきです。
そして、再生可能エネルギーの導入に先駆的に取り組んでいる国々と協力し、コストを大幅に下げるための共同開発など積極的に進め、エネルギー問題に苦しむ途上国でも導入しやすくなるような技術革新を果たすことを、日本の使命とすべきではないか。
また、その転換を進めるにあたっては、社会や経済に与える影響を考慮し、これまで原発による電力供給を支えてきた地域に、他の産業基盤の育成を含めたさまざまな手立てを講じていくことなども必要になると思います。
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今後もその信念を燃やして、「民衆の民衆による民衆のためのエンパワーメント」を力強く押し進め、平和と共生の地球社会に向けた土壌を耕していきたいと決意するものです。

「聖教新聞」2012年1月27日(金曜日)