ソニーの会長兼最高経営責任者(CEO)であるハワード・ストリンガー氏は、もともとソニーを最良の時代へと
導く存在として見られていた。しかし現状で判断する限り、決してそうなってはいない。
2011年のソニーのテレビ事業は連続8年の赤字であり、ストリンガー氏のCEO就任以来、ソニーの市場価値は半分近く下落した。
現在の時価はたったの250億ドルで、サムスンの4分の1だ。
経営資源が異なるため、初期のサムスンとソニーの争いにおいて両者の戦略はまったく異なるものだった。
ソニーは一貫して技術力でスタンダードな製品を作り出すことに強みがあった。人材の創造性を伸ばすことに注力し、 イノベーティブな製品を作るのが基本理念だった。一方サムスンは、限られた技術力と開発能力のなか、 相手先ブランドによる生産(OEM)をするだけの会社だった。

サムスンは研究開発費の規模ではソニーにとうてい及ばなかった。しかし同社は他国あるいは他社から積極的に技術を導入した。
自主開発をするようになったのはこの15年のことである。はたから見ると「技術のソニー」は技術で成功し、技術におぼれた。
研究開発費に大量の資源を投入するとき、それがただちに収益を上げる結果を伴うわけではない。
また、企業内部でも研究開発に過度に期待するようになってしまっていた。

デジタル時代の到来が、ソニーとサムスンの競争モデルの優劣を逆転させた。競争の激化と製品価格の急速な下落に対応するため、 ソニーは新製品とサービスの拡張に休むことなく突っ走った。そのような戦略のもと、ソニーの事業は多角化し、 娯楽産業にも進出することになった。
ライバルであるサムスンが採った戦略は、市場と消費者のニーズの変化をすばやくとらえ、適応することだった。
スピードが最大のポイントと考えたのである。このようなコンセプトによって、サムスンの製品はすばやく大胆でイノベーティブであるという
イメージが醸成された。これは中国市場でサムスンが消費者に与えている印象でもある。

ソニーがフラットパネルテレビへの投資を躊躇(ちゅうちょ)しているあいだに、サムスンはスピードを重視し内製技術も高めた。
当時ソニーのCEOだった出井伸之氏は、フラットパネルに関しては、さらに良い技術を開発してからでも遅くないと信じていた。

結果から言えば、ソニーは時代の変換期において判断ミスを犯した。そして少なくない代価を払うことになった。
2003年になってやっとソニーはサムスンと合資で液晶パネル工場を作ったのだった。しかしすでに遅かった。
2011年、ソニーはグローバル事業を「コンシューマー向け製品とサービスグループ」と「事業向け設備のソリューショングループ」の2つに分けた。
この2つの組織は、ソニーが「アップル社のモデルでアップル社に挑戦」しようとするものだと言われている。

「ソニーはもはやイノベーション・カンパニーではない」という声はこれまで何度も聞かれてきたが、現在の状況を見る限り、
転換期にあってもソニーの強烈な技術力には光るものがあるし、映画や音楽を使用する製品ではいまだ優位にある。
さらにクールな新製品を開発できるかどうかは、ソニーが若い消費者をどれだけ引きつけられるかにかかっているだろう。