「この国の年金積立金は、何もしなければあと4年ほどで底をつきます。年金積立金は、保険料収入で支払いが賄えない部分を補填するための資金ですが、これが枯渇しかけている。要するに、年金制度はいまや崖っぷちにあるのです。

 年金支給開始年齢を65歳に引き上げるので、しばらくはもちますが、事態は非常に切迫しています。もはや保険料を上げ、同時に支給額を減らしていく以外、年金制度を維持することはできなくなりつつある。それが、この国の現実です」(年金評論家で社会保険労務士の田中章二氏)

 こんな恐ろしい近未来を想像してほしい。

 約40年勤め上げた会社を退職し、悠々自適の老後を楽しむはずだった。ところが、年金の支給開始年齢が、制度維持のため65歳から70歳に引き上げられることに。さらに5年間、退職金を取り崩しながら、耐え忍ぶ生活・・・・・・。

 ようやく70歳が近づき、年金を心待ちにする毎日。しかし、さらなるショックが襲う。支給年齢の引き上げだけでは制度が破綻することが分かり、支給額の大幅カットが強行されたのだ。ようやく手にする命のカネ=年金。だがその額は、たったの「月5万円」にまで引き下げられていた---。

 これは決して、絵空事ではない。すでにこの国では、〝現在進行形〟で起きていることだ。厚生労働省は9月29日、社会保障審議会年金部会に、年金支給額を引き下げる案を提示した。

「早ければ来年度から早速実施される予定です。支給額を減らすなど、本来は大変な問題ですが、年金部会では、『速やかに実施したほうがいい』との声が優勢を占めました。これは、〝終わりの始まり〟です。今後、支給額の引き下げは、年金の危機が取り沙汰されるたび、繰り返し実施されていくことになるでしょう」(全国紙経済部記者)

 現在、定年を迎えた夫婦がもらう公的年金の平均受給額は、国民年金(基礎年金)と厚生年金を合わせて、月額約23万円。今回の措置で、彼らの世帯では月に2000円、年間約2万4000円の減額になるという。これをきっかけにして、今後はなし崩し的に年金がどんどん減額されていくであろうことは、間違いない。

 冒頭で紹介したように、年金財政は、もはやパンク寸前の状態だ。

「'09年度の公的年金の収支状況は、国民年金が5兆1347億円の収入に対し、5兆3598億円の支出で、2251億円の赤字。厚生年金の収入は34兆2530億円に対し、支出が38兆7813億円、4兆5283億円の赤字です。双方合わせて、4兆7534億円もの赤字になっています。それに運用損も加わり、年金積立金を取り崩して補っている。積立金は、ピーク時に150兆円もありましたが、数年で30兆円も減り、約120兆になってしまった」(日本年金機構関係者)

年金財政が逼迫し続ける一番の理由は、もちろん少子高齢化である。日本では現在すでに総人口の5人に1人が65歳以上の高齢者だが、今世紀半ばには4割を超える。日本の少子高齢化のスピードは他国に比べて、飛び抜けて速いという。政策研究大学院大学名誉教授の松谷明彦氏が、その特異な理由を説明する。

「日本だけ急速に少子高齢化が進むのは、敗戦後、農業生産力の激減と膨大な引揚者と復員で国が飢餓状態になるのを防ごうと、行政が施行した産児制限によって、子どもの数が極端に減ったからです。'49年には270万人も子どもが生まれていたのが、'50年代後半には160万人以下にまで減りました。それ以降、子どもに対する考え方が変ったのか、出生率は'70年代半ばまで低迷します。結果、人口構造のひずみが残され、各国とも20~64歳の労働人口の比率は一定の値で安定しているのに、日本だけがその比率の低下が止まらないのです」

 人口比率で見ると、年金財政を支える労働人口は、'10年には71.9%だったものが、2050年には55%にまで減少すると予測される。これまでは約2.6人で高齢者1人を支えていたのが、1.2人で1人を支えなければならなくなり、年金の額が現行のまま下がらなければ、若い世代の負担は、2倍以上になる。

 また、年金積立金の運用損も年金財政を苦しめる。

「ただでさえ、積立金は赤字の埋め合わせで減っている。運用は業者に丸投げで、手数料もバカにならない。国内債券などの手堅い運用が9割を占める地方共済年金と違い、厚生年金の4割は比較的リスクの高い運用をしている。市場運用分は'08年度に約9.4兆円、'10年度も約5000億円の赤字となった。'04年時、運用利回りを4.1%と想定していましたが、まるで実現不可能な数字です」(前出・日本年金機構関係者)

さらに、保険料未納問題も横たわっている。国はそれを知りながら、何の対策もとっていない。元財務官僚の高橋洋一氏が解説する。

「国民年金を納めない人がいますが、その場合は支出も減るので、年金財政にあまりダメージはない。問題なのは、従業員から社会保険料を徴収しながら、企業が役所に支払っていないケースです。多くは経営が立ち行かなくなった中小企業ですが、これがなんと年間10兆円と言われている。これを徴収できれば、消費税率を10%に上げなくても済むほどです。受給年齢の引き上げよりも、取りっぱぐれをなくすのが先決だと思います」

 先に説明したように、'09年度の年金の赤字は約4兆7500億円である。10兆円の増収となれば赤字が解消するどころか、5兆円超の黒字になるはずだ。

 年金財政の悪化を受け、日本では'61年4月2日以降に生まれた男性と、'66年4月2日以降に生まれた女性は、65歳まで年金を受け取れないように制度が変更された。しかしそれどころか、いまや70歳支給開始までも視野に入ってきた。

「定年が55歳だった時代には、年金の支給開始年齢は60歳で、定年が60歳になると65歳になってきました。定年退職から5年後に年金の支給が始まるというパターンです。そう考えると、定年が65歳になれば年金の支給開始年齢が70歳になる可能性はある。'07年に施行された年金改革では、従来は65~69歳に適用されていた在職老齢年金制度(働きながら年金を受け取る場合、給与と年金給付額が一定額を超えると、年金がカットされる)が、70歳を過ぎて働く人にも適用されることになった。将来的に、年金が70歳から支給されることを前提にしているから、そう改正されたんですよ」

(ブレインコンサルティングオフィス代表取締役で社会保険労務士の北村庄吾氏)

 支給開始年齢の引き上げだけでなく、支給額の引き下げも行われる。たとえば、年金支給額が現役世代の収入額の6割から、5割相当にまで引き下げられることがすでに決まっている。標準世帯の年金の平均受給額は約23万円だから、それが1割減の21万円に。年金財政が苦しくなれば、減額の幅はどんどん大きくなる。

「日本の財政状況は厳しい。年金制度が破綻する前に、国家財政が破綻する可能性があります。そうなれば、国民年金も厚生年金も、支給額は現在の半分以下になるでしょう。そうならないためにも、景気を良くして税収を増やすべきですが、老後の生活に対する不安があるから、国民の貯蓄が消費に回らず、景気が良くならない。完全に悪循環に陥っている」(同・北村氏)

 現役世代の激減、景気低迷による巨額の運用損、900兆に及ぶ借金を抱える日本の財政危機。年金は現在の支給額の半分以下、つまり夫婦あわせても10万円、ひとり「一律5万円」・・・・・・そんな時代がもうすぐ確実にやってくる。
そんな事態を前に、頼みの綱の政治は無力だ。民主党はマニフェストに年金改革を掲げ、抜本的な対策を講じると訴えて自民党を破った。国民は年金制度が良くなると信じて民主党に票を投じた。が、それは裏切られることになりそうだ。

 民主党は「月額7万円」の最低保障年金を公約していた。しかし、今年5月、それが適用されるのは、現役時代の年収が300万以下の人に限定され、年収600万円以上の人は「最低保障年金なし」との方向が打ち出されている。

 また、今年7月に閣議報告した民主党の『社会保障・税一体改革成案』には、
「高齢者雇用の確保を図りつつ、~歳へのさらなる引上げを視野に検討」「厚生年金の支給開始年齢引上げスケジュールの前倒しを検討」(傍点編集部)と明記されている。これが民主党の年金改革の実態だ。

 ミスター年金、元厚生労働大臣の長妻昭氏も一律減額は考えていないとしながら、「最優先課題は、『高所得者の年金給付の見直し』で、具体的には年収1000万円以上から減額開始。給付額の減額は、高所得者のみを考えている」と明言するが、それも財政の状況次第だろう。

 年金支給開始年齢が70歳に引き上げられ、ひとり一律5万円しか支給されないとしたら、多くの国民の老後の設計自体が破綻することは目に見えている。

 では、年金はこれからどうなるのか。ここであらためて確認すると、想定される事案は4つある。
国民年金の月額も、厚生年金の保険料率も、'17年までは毎年引き上げられている。しかし、保険料のさらなる引き上げは、今後少子高齢化が進むと、ただでさえ負担をかけている若い世代にさらに負担をかけることになるので難しい。

・年金支給開始年齢を引き上げる

 65歳支給に移行している最中、続いて67~68歳に支給開始年齢を引き上げる議論が出ている。さらにそれが、70歳以上に引き上げられる可能性も高い。
「『国立社会保障・人口問題研究所』の統計によると、2045年には75歳以上の人口が、現在の65歳以上の人口の割合と同じになるのです。ですから、数字上では『75歳支給』になってもおかしくない。68歳や70歳でストップするかどうか、そうするためにどうするかの議論が尽くされるべきなんです」(フィデリティ退職・投資教育研究所所長の野尻哲史氏)

・消費税や所得税を年金に回す

 消費税を1%上げると2.5兆円税収が増えるとされる。財務省と野田政権が進めようとしているプランだが、消費税の増税分を年金に回すことが果たして国民に受け入れられるのか。消費税の財源を年金に回すとなると、食料・消耗品を買う年金受給者も保険料を間接的に支払い続けることになってしまう。

・支給額を大幅に減額する

 若い世代に過剰な負担をかけないという意味で、年金制度が歩む道の中では、もっとも現実的と見られている。「月5万円」への道だ。
年金支給開始年齢の70歳、あるいは75歳への引き上げと大幅減額。監督官庁の厚生労働省はこの問題をどう捉えているのか。同省年金局の担当者2人が、匿名を条件にこう説明する。

---年金制度は、このままでは破綻するのではないか。

数理課の担当者「年金は5年に一度、しっかりと健康診断的にチェックする仕組みになっています。'09年に年金を見直した財政検証に基づけば、当面100年間にわたって財政が均衡する見通しになっています」

---日本の労働人口が加速度的に減り続けると予測される。楽観視できない。

数理課の担当者「人口が減少していく中で収支が均衡することを前提にしています。長期にわたって財政がうまくいくように検証しているので、労働人口が減るから大変だと、思わないでいただきたい」

---2050年には20~64歳の労働人口が4500万人に対して、高齢者が3700万人となるのに?

数理課の担当者「財政検証の見通し上では均衡していることになっています」

---今年度の年金積立金の切り崩しが8.4兆円とも言われているが。

年金課の担当者「そうした数字ばかりが先行して、躍ってしまうのは、どうなのかなと思います」

---では正確な数字は?

数理課の担当者「運用については、まあ良かったり悪かったり。ただ単年度だけで、今年はいくら切り崩したから、それが何年間ずっと続いて、はい積立金が底をつきましたなんて事態にはなりません」

---とはいえ、厚労省による'14年から収支がプラスになるという見通しは、あまりに甘いのではないか。

年金課の担当者「それらもすべて、'09年の検証で見込んで算出しております」

---では支給開始年齢の引き上げは必要ない?

数理課の担当者「えっと・・・・・・日本の開始年齢の歳は、世界的に見ると早いので考え直す必要があります。なぜなら、日本は平均寿命で世界1位ですから。年金財政が持つとか持たないとかいう話とは別で、年金制度として支給開始年齢を見直す必要があるのではないかということです」

---支給額の引き下げについてはどう考えているか。

数理課の担当者「'04年の改正で定めた通り、年金をもらう時期が先になる人ほど、給付水準を下げていく仕組みになっています。年金の収入は固定されているわけで、あとはどう給付するかという問題です」

---支給開始年齢を70歳に、という声もある。

数理課の担当者「そんなに簡単な話じゃないです。世の中が年金だけでもっているわけではないし、年金が世の中を決めているわけではない。経済成長があり、少子化が止まって出生率が上がれば上がるほど、まあ遠い先のことですけど、結果として年金支給額は高くなるわけです。将来、30年後、40年後の年金をしっかりさせるためには、やはり日本経済を建て直し、少子化を止めることですよ」

 簡単に日本経済が立ち直り、少子化が止まるわけがない。彼らは、要はできもしないことを前提に、無責任な話をしているだけだ。

 70歳からひとり一律5万円---この厳しい現実に備えて、老後をどのようにやりくりしていくのかは、自分で考えるしかない。