中国人ブロガー、邱林(チウ・リン)氏は 「米国人はなぜ『メイド・イン・チャイナ』に見向きもしないのか?」と題した記事を 中国のブログサイト鳳凰博報に掲載した。以下はその内容。
7月の中国の貿易黒字が315億ドルに達し、2009年1月以来の最高水準を記録した。 これで再び「人民元は低く見積もられている」などのヒステリックな不満が 噴出しそうな気配だが、サンフランシスコ連邦準備銀行が最近発表したレポートによると 「メイド・イン・チャイナ」が米国人消費者の支出に占める割合はわずか2.7%。 実は政治家が思うよりずっと少ないのである。
米国人に思ったより見向きもされていなかったことが分かり、「メイド・イン・チャイナ」も 深く傷ついたことだろうが、これほど騒がれる背景にはやはり「メイド・イン・チャイナ」の タグを付けた商品が米国市場の大半を占拠していることもまた事実なのだろう。
だが、実は中国メーカーの多くは委託加工と来料加工を行っており、 デザインや原料、設備のほとんどを輸入に頼っている。 中国には“生産基地”はあるが、研究開発機関はない。
「質より量」で世界を席巻しても、結局は価値連鎖(バリュー・チェーン)の末端で あえいでいるだけなのだ。 このような発展は「寄生型」の発展であり、決して独自の発展とは言えない。
例えば、中国の自動車販売台数は2009年から世界一を誇っているが、 中国が自主開発した自動車はごくわずかしか売れていない。 中国はただOEM(相手先ブランド製造)を行っているにすぎないのだ。
だが、「メイド・イン・ジャパン」も60年代は中国と同じで、「低価格、低品質」の代名詞だった。
韓国も70年代に同じ道を通っている。両国とも今では「量より質」への転換に成功した。
こう考えると、「メイド・イン・チャイナ」も米国人に見向きもされないからと言って
落ち込むことはない。 それより恐ろしいのは中国の製造業が進歩しないこと。 必要なのは「メイド・イン・チャイナ」に新たな地位を与えることだ。 そして、「量から質」「安さから質」への転換を実現させるべきだろう。