プライドは 最低限の自分の余裕
若い頃 そりゃぁもう 熱い自分がいて
何か 自分の考えに合わないモノは全否定
相手が言ってくるそれって あたしにとっては「間違い」なんですよ
あたし自身 自分って何様? みたいな それこそ超エラソーな考え
でも それはそれでまかり通ってしまうって言うかね<自分の中で
実は 世間的には恐ろしく間違いだったとしても
自分は正しいと思ってるから 反省どころか学習もしない
そのまま突っ走り あとで同じ失敗を何度も繰り返したあげく
ようやく気づく自分の失態 みたいな
プライドってやつですな
人生をジャマしてしまう 自分だけのプライド
気持ちのどこかに余裕があるからなのか
それとも単に 我が強いだけなのか
自分にとっては大事でも 周りには伝わらないことの多いそれを
あたしは「クソプライド」と呼んでます(言葉が悪くてすぃません)
年齢や経験ってのは ホント大事
40代を越えて
今さら10代~20代のコに学ぶことなんてないって思うワケじゃないですか
これがあるんだなー
何を学ぶって それを見て 自分の失態を再認識するワケよ
あたしもそうだった みたいなね
あたしもそうだった時は 大人が何を言ったところで
わかるワケがないんだから
いらんお説教は ただの口うるさいオバハンの小言と化す
じゃぁ そこをどうやってわからせるのか って話だ
あたしの若い時には なぁんて話は通じない
通じさせようと思うことにムリがある
時代は常に流れてて 変化してて
あの頃のあたしは 今の子供とは違う
大人になった自分自身を見せる(見てもらう)ことでしか
それってできないように思うのよね
じゃぁ それを見てもらって 子供が納得するのかと
今はしないよね もしかしたら将来 わかってくれる日が来るかも
という かすかな期待
あたしの中の「クソプライド」は
年と共にだいぶ緩やかなラインになったけど
それでも ある一線みたいなのはあって
それは やっぱり変わらない
そのラインが子供のラインと一緒だった場合
何も叱咤できることはない むしろ 「そうかお前もか」 になっちゃうもんね
いくつになっても課題ですな 課題はデカい
わかりにくくてすぃません
クソプライドがジャマして 上手く書けない(--;)
