血液型の話(その1) | syrmy's blog

血液型の話(その1)

B型の生き方決定版「愛されB型 嫌われB型」発売
 株式会社ソニー・マガジンズは8月25日より、NPOヒューマンサイエンスABOセンター監修の著書『愛..........≪続きを読む≫


あたしの血液型はO型なんですが

実は 中学生になるまで 自分ではずっとA型だと思ってた


今の時代は子供が産まれると 血液型をちゃんと調べて

母子手帳に記入してくれてると思うけど

あたしの母子手帳には 血液型の記載がなかったんだよねー


んで 両親がA型なので 「あんたもA型だよ」みたいな

マジで それでいいのか? 的なおかんの元に育ったもんで

あたしはずっとA型だと信じ込んでたんだよね


とある 中学時代 何の検査だったかなー

貧血検査だったかな? 忘れちゃったけど

耳たぶから血を採る検査があったんだ


当時のあたし

一瞬にして ひらめいてしまったのよ


外面のいい 実は酒乱の父親と

PTAの作文をあたしに書かせる ハンパないおバカの母親


あたし どう考えてもこの人たちの子供じゃないわ

と ふつふつと疑問が湧いたのよ


思春期って いろんなこと考えて

被害妄想しまくりになる時期じゃない?


んで その 耳たぶから血を採られた時に

「自分の血液型がわからないんですけど この検査で調べてもらえませんか?」

って 当時 学校に来てたその担当医に言ったら

「いいですよ 結果は学校に知らせますから担任の先生に聞いてください」


みたいな 優しいお返事をいただき


あたしは絶対A型じゃない

何かもっと

あたしを産んだはずの 頭が良くて美しいお母様がどこかにいるんだ

あたしは捨て子だ もらわれっ子だ

(この時点で お父様はどうでもよくなっている 問題はお母様だ)


とか何とか マジ 被害妄想もMAXだったんっすよ


だってさ 子供の頃 あたしが言うこと聞かないと

「あんたは東京の橋の下で拾って来たんだ」

とか言うんだよ


岩手に住んでて 東京の橋とか言われたら

ものすごくコワイのよ


でも そうなのかな?って思っちゃう時もあるのよ


子供心ってのは 純粋なんだよ


結果が来た(ドキドキ)


担任に呼ばれた


「しゃー 血液型知らなかったんだって?」

「はぃ 調べてくれるって言ったからお願いした」

「O型だよ」


検査結果みたいな小さい紙を手渡され


がーん。。。


やっぱりだ やっぱりあたしは橋の下で拾われたんだ

両親A型だもん あたしだけO型のワケがない


ちなみに 弟はA型で あたしだけがO型


頭が良くてお金持ちのお母様がどこかにいるんだと

(お金持ちにまで昇格してるあたり 妄想は果てしない)

思っただけで幸せな気分になるはずが 実は違った


あたしの両親は あたしのホントの親じゃないんだ


そのショックの方がデカくて

学校に行くのもイヤになった 親ともよそよそしくなってしまった


誰にも話せない 誰にも聞けない

あたしはかわいそうな家なき子


そんなある日 たまたま担任の先生との会話


「A型のご両親だけあって 確かにA型っぽいところはあるよな

 でも宿題忘れるあたり やっぱO型だな」


「へ?」


両親がA型だってことを知ってる担任

しかも 普通に話すから


「両親がA型だったら あたしはよその子でしょ!」

と 担任に喰ってかかった

それまでのモヤモヤを全て吐き出すくらいの勢いで


「ぷぷぷ A型の親とA型の親から O型の子供は産まれるんだよ」


がーん。。。


もうこの時点で どれがショックなのか自分でもよくわからん


白馬の王子様は 魔法をかけられたカエルで

でもそのカエルは実は王子様で


あたしは何を知りたかったんだろう。。。


限りなく 「限りなく透明に近いブルー」のごとく

あたしは 限りなくA型に近いO型だったワケで

A型の両親のO型要素を引き継いだ 唯一の遺伝子だったワケですな


えーっと

B型の話を書きたかったのに 前置きが本文になってしまったので

B型の話はまた次回


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