○○の完全撤退疑惑 | 心笑亭 杉のの笑いの空間

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ここずっと、杉のの毎日を賑わしていた所用がほぼ片付き、

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ツイッターでも書いたのだけど、

昨日、待ち合わせの時間まで少し余裕があり、

コンビニで時間を潰そうと、ふと手にした雑誌が、

女性週刊誌でもなく、

お洒落なファッション誌でもなく。

なんと、





週刊新潮。





オヤジかっ………。





笑うしかない。


てか、これまでだって、

おそらく「杉の脳」の半分は「男性脳」だとは思ってきたけれど、

ここまで完全に「女性週刊誌」には目もくれず、

躊躇なく週刊新潮を手にした自分は、

おそらく、すでに、「男性脳」に浸食されつつあり、

かつ、「女性ホルモン」の完全撤退する日も近い、

という状況のよう。


でも、

うすうす、気づいてはいたんだよね。

ホントのこと言うと、

昔から、自分は、もしかすると、

本来であれば、「男性」として生まれてくるはずではなかったのか、

と、いっつも思ってきたんだよね。


なんせ、自分。

「女性特有」と言われている資質を、何一つ持ち合わせていないのだから。


まずもって、

絶対に「連れション」はしない。

ウインドウショッピングなんて、もってのほか。


花を見て、「きれい」という感性もなけりゃ、

宝石やお洋服を見て、「欲しい」という物欲なし。

時折、新デザインが発表され、欲しくてたまらなくなる衣類は、

ジャージ類。


ましてや、

ウェディングドレスに微塵の憧れもないまま、

花嫁になってしまった残念な女。

妊娠だって、「不妊症かも知れない」と診断されながらも、

苦労の片鱗を見せることなく、

いとも簡単に出産まで果たした女。

つうか、妊娠中すら、その喜びを感じることなく、

小さな子供をみて、

「可愛い~」なんて声を、上げる気もなかった、

母性本能皆無の女。


今まで、唯一、女に生まれてよかった、と思ったのは、

マラソン大会で、男子がいつも女子よりたくさん走っている姿を見ている時だけ。


家庭科の授業では、こっそりうちに持ち帰り、バーバに手伝ってもらって提出したエプロン。調理実習では、いつも望んで皿洗い係。

だけど、

技術の時間では、男子よりも早く作れたテーブルタップ。


それに、

女性が敵対視している「浮気」なんかも、

「そんなこともあるって」

「バレないようにするもの愛のうちやん」

と、えらく寛大。

ってゆーか、

旦那の浮気発覚の時は、

一発旦那を殴りながらも、

むしろ、「自分も悪かったんやろな」なんて、反省してる自分がいたり。




そんな自分は、いつも、

「てか、自分、男でもよくね?」

なんて、常に思っていた。

「アナタ、実は男性でした」と言われても、

「やっぱりな」

と、素直に受け入れていただろう自分。


だけど、

女性であることに、不満はなく。

つうより、

自分が女性であることを、片時も否定したこともなく。

その理由は、

おっぱいがあることと、

お○ん○んがないことだけ。


だから、

当たり前に、

男性に恋し、

男性と結婚し、

当たり前に子供を授かり、

今は、

「母親」というカテゴリーにも、

「父親」というカテゴリーにもこだわらず、

ただ、「親」として君臨している。


そんな自分を、

昨日、改めて振り返り、

気がついたことがある。


もしかすると、

これが、



究極の、



ジェンダーフリーではいのか!!



女性でいたい。

男性でいたい。


女性であることを認めて欲しい。

男性であることを、自分自身が認めていたい。


女性らしさ。

男性らしさ。


どちらかに所属しなけれなならないという思い込みから、

その苦しみって生まれてくるのかなって。

まあ、

本当の、その苦しみはもっと違うところにあるのだろうけど。

それは、こんな自分でも、

「女性」であることに、なんの疑問ももたなかった自分には、

わからない辛さであることは違いないけれど。


ってゆーか、

元々、生まれ持った「性」と、

自分が感じる「性」が違っても、

どちらかであることに拘らなければ、

もっと、楽に生きていけるんじゃないかな。


なんて思った、昨日。


よくよく考えてみれば、

杉のの場合、

ジージもバーバも、

杉のがちっとも女らしくないことを責めることはなかったな。

近所の人が、杉のの素行の悪さにイヤミの一つもカマしてきても、

いつも、

「アンタは、母親の子宮の中に、お○ん○んをおいてきた子やねん」

と、口を揃えて言ってくれた。

だから、仕方ない、と。

だから自分自身も、

「自分が女らしいことができないのは、そういう事情から」

だと、心底信じていた。

そのため、まったくそのことを気にすることもなく、50年が過ぎようとしている。



だけど、



杉のは、やっぱ女性。

残り少ないはずの月経を、毎月大歓迎で迎えるようになった。


たとえ、脳が「男性脳」に侵食されていても、

「女性ホルモン」は、まだ、活動中。


それでも、その「女性ホルモン」の完全撤退の日はすぐそこに来ており。


その日が来たら、

杉のは、

堂々と、



『性別・フリー』



で生きていこうかな、と思っている。



それではまた。





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