皆様こんにちは。
さっき、ある人にそうメールでそう(タイトル)聞かれ、
ひとり、大爆笑をしていた、
愚痴聞きカウンセラー作家の、心笑亭 杉のです。
てか、
まさか、落語家なぞと思われたのだろうか?
この、「心笑亭」という名前が、そういう疑問をもたらせるのだろうか?
いやいや、
杉のは、カウンセラーとしては、どなたの弟子でもありません。
そして、
カウンセラーとしてではなく、
心のあり方を求める上で、
日本中のすんばらしいお人らを尊敬しまくっているだけの人間です。
杉のは誰のお弟子さんか。
そう考えてみると、もちろん、そのように直接師匠と言える人は誰ひとりいないけど、
杉のの「考え方」を根底から覆してくれた人なら、
そりゃ、何人もいる。
それはもちろん、伝記となって伝えられてる偉人や、
本を通して教えてくださった人たち、
そして、
杉ののほんの近くにいた、素晴らしい仲間たち。
いってもね、杉のが今語る言葉のほとんどは、
宗教を信仰する親の元に生まれたためか、
小さい時から漠然とわかっていたこと。
でもその言葉の真意は全く理解せずに大人になり、
自分の好きなように生きてきたけれど、
知らないなりに、今、求めているはずの「ありのままの自分」で生きていた杉の。
そのありのままの自分だった杉のが、「笑いまくりの毎日」を追求し始めた頃、
その真意を求めるかのように、いろんな問題が目の前に現れ、
その度に、必要な言葉を、
なにも心を勉強していない仲間たちから教えられた。
ホントにね、そのときは、近くにいた仲間たちが、今大切とされている「考え方」を教えてくれたんだよね。
それは今振り返ると不思議なぐらい、杉のが恵まれていたのか、その仲間らが素晴らしかったのか、
「アンタは心屋さんかっ」とツッコミを入れるに違いないほどの、数々の根底を覆てもらえたんだよね。
そしてその仲間たちのおかげで、小さい時に親から教えられた「笑いまくりの毎日」を与えてもらえ、
店の経営を通して、心の勉強を始め、
たくさんの成功者や哲学の言葉から学んだことで、
それまで、漠然としか理解してなかった、親から与えられた宗教の教えが、
その成功者や哲学者達と、何一つ違ってないことに気がついたんだよね。
それはびっくりした。
それまで、そんな古臭いことを、今の私らに押し付けるなってことで、まったく聞く耳なかったその教義。
そのくせ、その宗教の高校に、なんかしらん神に導かれるように入学した杉の。
その卒業後も、またまた神に導かれるように、その宗教の専門学校まで二年も通ったあの日の杉の。
それなのに、宗教団体ってだけで敬遠していたそれらの教義。
それらが、実は、今、成功者達が誰もが口にするする、現代でも理がかなった心のあり方だということに気がついたってわけで。
ついでに、
どの宗教も、結局はおんなじことを言ってるのだということも知った。
それに、どの宗教団体も、それらの教えを、勝手に捻じ曲げて人に伝えていることも知った。
だから、宗教団体が嫌いなことは今も変わらんけども。
するとね、
それに気づくと同時に奇跡のようなあることが起こり、それまで封印していた作家になりたい思いが蘇った途端、
店が、強制終了させられるかのように取り上げられることに。
そしてひきこもりになった。
それから長い長い、自分の心との戦いが始まり。
まるでねその日々は、それまで理解しているつもりだったそれらの「考え方」を、
もっともっと突き詰めなさい、とでも言われるかのようだった。
そして、
それまでしがみついていた、自分を輝かせるアイテムを、
一度すべて捨ててしまいなさい、
あなたのステージはそこじゃないから、と言われるかのように、
すべてが私から取り上げられた。
そしてようやく、
さあ、と、前を向いて歩きはじめたと同時に、
みんなが知る、心屋さんと出会って。
いったら、心屋さんのやり方、カウンセラーとしての行いが、杉のの中では根底を覆されたってこと。
あ~どんなやり方でもいいんだ。
それに気づいたときは、目がウロコ。
それから、心屋さんによって、
それまで自分が信じてきたことが正しかったことを知り、
そして、今、
自分でも知らないうちに乗り越えてきたことすべてが、
心屋さんの言葉によって、「それでよかったんだ」と思える毎日。
経験や、宗教を学ぶだけではわからなかった「心のあり方」を、
あらためて、教えてもらった人が心屋さん。
そういった意味では、心屋さんは私の最も恩人と崇め奉るべきお人。
弟子ではないけれど、毎日拝み倒してもいいほどのお人。
そして今は、心屋さんとは違うやり方でやってる人たちとも出会い、
そういう人たちからもまた、新しい考え方を学んでいる日々。
それはそれは、毎日が感謝の日々やわな。
いったら、杉のの師匠は、出会った全ての人。
言い方を変えれば、
吸収できるもんは、だれからも、吸収してしまえ精神。
だから、杉のを「一番弟子」とたたえてくれるお方は誰ひとりおりません。
残念ながら。
杉のはね、
このブログで知り会った人たちに、
「杉のさんの文章は、誰かがどこかで言った言葉そのままではなく、(←そういう時もよくあるけどな)自分の言葉ですね」
って時々言われることがある。
それは、
そういうことが理由かも知れないと思った。
誰かに教えられて初めてわかったコトをそのまま書いているのではなく、
物心ついてた頃からすでに聞かされていたことや、
また勘違いして理解していたことを修正して、今、納得して文章にしていることで、
自然と、自分の言葉になるのかもしれないね。
もちろん、まだまだ気づいていないことは山ほどあるけれど。
この世には知らないことだらけで、日々、いろんな人から教えてもらってる毎日で。
でも、知っていることは、わかっていることは、自信持ってこうして文章にする。
それは、ある意味、
なんかしらん、偉そうな奴。
どこのドイツだ?
と思われることも多いけど。
てか、その質問をしてくださった方も、半分そんな感じかも(笑)
それに、
たいしたイミのないことをただ笑わせたくて発言してることも多々あるけれど。
そんな感じで、今も、その中途半端に終わらせた引きこもりをあえてやり直しています。
あの時味わえなかった、
引きこもりのくせに、なんかしらん楽しそうな杉のでいるために、
毎日、ひきこもりながら、笑いまくっています。
今日も、友達とさんざん笑いまくった杉の。
その友達に、
「ええかげん、そこから出てこいっ」
と、いいだけ叱咤されてる杉の。
あ~なんて爽快♥
幸せの極み。(///∇//)
ってことで、ご質問の答えになっているでしょうか。
つうか、
なんかしらんけど、今日は自分を分析する日のよう。
今日は、
その友達に、エライことを頼み込んでやっていただきました。
それをやってもらうために、昨日の杉のの努力があったわけで。
その内容は、また後日。
それではまた。