皆様こんにちは。
なんやかんやといって、
やっぱりブログは書きたくなった、
愚痴聞きカウンセラー作家の、心笑亭 杉のです。
あのね、
昨日、弟一家と一緒に夕食を食べたのだけど、
その夕食後、
全員で、遊びまくった遊びが、
今、若者たちの間で流行っている、
人狼
というゲーム。
ご存知ですか?
これね、
ようわからんけど、スマホのアプリゲームらしく、
その内容を聞いてると、おっそろしいゲーム。
簡単に説明すると、
ある村に、村人に化けた狼、いわゆる人狼といわれる化物が出没し、
人狼は、一見村人(市民)と区別がつかないために、
その人狼を見破り、処刑していくというゲーム。
もちろん、「人狼」と疑われた村人(市民)は、多数決の結果、それが間違いであっても処刑されるわけで、
みんな、制限時間のある会話の中で、疑われないように、自分の身を守り、そして、相手を疑いながらゲームを進めていくという、一見、おどろおどろしい、ゲームなのだ。
アプリの中では、その村人(市民)にもいろんな役割があり複雑なのだけど、
杉のや義妹なんかは、
「こんな遊びが流行るなんて、怖いなあ」と、言いつつも、
子供らの、
「そやけど、やってみるとメチャおもろいからやってみ?」
という声に押され、
結局、アプリは使わずに、トランプで人狼を決め、
ただの、「市民」と「人狼」と言う役割で、そのゲームをやってみた。
これがめちゃくちゃ面白かったのだ。
言ったらね、みんな知ってるかな。杉のが小さい頃にも流行っていた、「震源地は誰だ」っていうゼスチャーゲームみたいなもの。
そのゲームは、震源地となる人のゼスチャーを真似てみんなが同じゼスチャーをするんだけど、鬼はその震源地が誰かを見破らなきゃいけないっていうゲームで、そんな感覚。
そんな感覚でやってみると、面白くて面白くて。
一応杉の家ルールとして、
「処刑」とか、「殺す」とかいう言葉は使わないことを取り決めに、
バーバやじーじも混じって、大盛り上がり。
ゆっても、バーバの場合、そのルールもわからずそこにニコニコ笑っていただけだけど。
そのゲームのジャッジ役(時間を測ったりする役)になっていた、杉のの下の弟、偏屈あっちゃんさえ、「みとるだけでも笑える」といったほど。
その中で、わかったこと。
子供らって、嘘うまいで?
まあそれはそれは、見破れない、見破れない。
「これは嘘じゃない!演技!」と、中3姪っ子は言っていたけれど、
娘優来に言わせれば、
「これは心理ゲームや!どれだけ相手をコントロールできるかが勝負!オカンなんて私の足元にも及ばん!このゲームをするには100年早い」
と、心理カウンセラーとしての資質を、見事ばっさりと切りまくってくれた。
つうよりも、
同じ「嘘つき」でも「隠し事」のできない奴、まして、自分が人狼になるとすぐに吹き出してしまうような奴は、話にならないらしく。
杉のの場合、残念ながら一戦目にして、「このゲームの不適合者」として任命された。
この世の中には、危ないゲームもいっぱいあって。
「殺す」とか、「戦争」とか。
こんなゲームが流行っているから、今の子供の心は荒んでいくという人たちもいる。
確かに、こんなゲームで「嘘をつくのがうまい子供」が増えていくのは怖い。
でも、それは、やっぱ「いかにゲーム」であるかを知ること。
そしてまた、
現実の毎日の中で、
「嘘」をつかなければならない状況かどうかを、きちんと見極められる人間でいられるか、が、重要なわけだもんね。
今の子供たちの状況を、すべてゲームのせいにするのもまたおかしいわけで。
そんなこと思うとさ、
たまにはこんなふうに、
「子供たちの目から見て面白いもの」
そこに寄り添っていくのも大切だよね。
つっても杉の、息子が中学の期末試験の前日、
二時間も「太鼓の達人」で勝負してしまったことがあるけれど、
こういうのはイケナイ。
案の定、息子と二人、家族全員から説教されることとなった。
でもね、
それを知らないで「イケナイ」って言い続ける大人より、
それを知った上で、「イケナイ」という大人の言葉にしか子供たちは反応しないから。
今、一日の間で、
5時間以上もスマホをいじっているというデーターがある子供たちから、
少しの間でも、
こうして、スマホから気を逸らす時間を作ることも家族の役割。
そして、親も、スマホから目を離し、子供に目を向ける大切な時間。
その時間を、塾とか習い事に時間を変えてしまうだけでなく、
また、「ゲームなんて」、って言い切ってしまうよりも、
その「ゲームがどうのこうの」ってウンチクこねるよりも、
こうして、家族みんなで笑いまくりの時間にしていくのもそう悪くないと思うよ。
それではまた。