勉強しなさい、と子供に言う派? | 心笑亭 杉のの笑いの空間

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皆様こんにちは。

ここ数日、すっかり寒くなり、

エアコンのない自分の部屋に居心地のよさを感じられない、

愚痴聞きカウンセラー作家の、心笑亭 杉のです。






良い子のみんな、風邪はひいてねえか?

鼻水はたれてねえか??






さてさて。



なんかね、この春社会人になった息子が、

次の現場から、

『現場監督』なんてやらせてもらうらしく。


もちろん、先輩がきっちりサポートしてくれる予定らしいけど、

正社員として入社している息子は、

いずれは、先輩であっても、正社員でない作業員の人たちに指示する役割を担う立場になることは避けられず、

そのための教育ってところなんだろうね。



大丈夫か息子!!!



と、この母親杉のは心配するフリをしながらも、多少「ぷっ現場監督やって!!」と、半分笑えて仕方ない状態。


しかも、『現場監督』とやらは、書類の作成なんかもやらなければならないらしく、

ここ数日、デスクワークを強いられている御様子で、

ほとほと、身体を動かすことのできないその毎日に、

「楽しいがどこにもないやんけ」と、本人、すでに、ヘロヘロ状態で。


昨日も、


「オレ、机の上で頭使うことを避けたはずやのにな…なあオカン!!」


と、なにやら意味有りげに母親を睨みつけている息子に、


「アンタが選んだ道やん!!」


と、冷たく言い放ったのは言い放ったけれど、


今朝、ふとその息子の言葉の意味にようやく気づいた次第で。



そう、あれは、息子が小学校5年生の時。



まったく勉強をしょうともせず、毎日ソフトボールと、友達と遊ぶことしか頭のなかった息子に、母、杉のは確かにこう言った覚えがある。



「アンタが将来、机の上で頭使ってお金稼ごうと思うなら、今、勉強せな後で後悔すると思うで?

そやけど、『俺は身体を使って稼ぐ!!』と思うなら、今、勉強せんでもいいから、いっぱい身体使って丈夫な身体にしとかなアカンな!!」



その言葉通り、息子は 『身体を使って稼ぐこと』を選択したわけで。

そんでもって、

誰よりも健康で丈夫な身体に成長したわけで。

んでまた、希望通り、

「勉強できない息子でも、雇ってくれるという今の会社」に入社したわけだけども。





あはは。


息子のあの言葉には、

「オカン、あの言葉は嘘やな?」

という思いが込められていたんだろうか。




全国のお母様。


いい加減なこと言うのはやめましょう!!!

どんな仕事でも、

勉強できなくても、頭は使います!!!





いやいやいやいやいや。



そやけども、今、このご時世、杉ののように「勉強せんでもいい」なんて言う派の母親はそういないと思うけれど、

この杉のの言葉はあながち間違っていないと、今でも思っていて。


正直、「勉強ができない子供」に育ってしまったことは後悔しても、

「勉強しなさい」と言ってこなかった自分にはそう後悔はしていないのだ。


ただ、誤解されては困るのは、杉のは一度だって、「宿題をしなくてもいい」と言ったことはない。

学校での勉強も、無駄だなんて思っていない。


つまり、


勉強が嫌いなら、授業と宿題以外はせんでもええやん、と思ってるだけのこと。

「勉強ができないと幸せになれない」という価値観が杉のにはなかったってだけのこと。


そしてこんな母親でも、

「学校は勉強をするところ」

「宿題はちゃんとせなあかん」

って常識だけはちゃっかり持ってるってとこが味噌。


それは、嫌いなことでも、「意味があること」だと思うなら、やっておいたほうがいいよね、というお気楽な理論。

そのために、

娘は「逆上がり」を絶対にしない子供に育ち。

息子は、弁当と体操服だけを持って高校に通う子供になった。


だけど思えば、子供たちが学校に通う間、宿題したかどうかを確かめることもない親だったけれど、「宿題していない」と担任に叱られた記憶はない。


それに娘は、高校中退とは言え、試験で満点を何度もとっているし、クラスでも五本の指に入るほどの成績だった。真面目にやればかなり頭はよろしかったはず。

息子だって…、息子だって…、あの、その、そう!
全国の県庁所在地なら、今も全て言える!!



………。



ただ、「あんたの子みたいになったら困るから勉強させてんの!!」と、言われもしたら、杉の、返す言葉もないけれど。



それにさ、本当は杉の、自分自身が部活ばっかり一生懸命で、実際体育の教師になりたい、と大学受験をしようと思ったときは、受験できるだけの水準に満たなかったという不甲斐ない経験もあるし、

今も、大学行っとけばよかった、って思うことはよくあるんだよね。

だから、正直、

「大学ぐらいは行って欲しかったな」

と思うこともあるけれど、

「だから大学に行け」とは、一切子供たちには言わなかった。


だって、


それはあくまでも親である杉のの経験だと思ったから。


よく、

「自分が辛かったから子供たちにはそんな思いはさせたくない」

っていう親がいるけれど、

それは、勝手な思い込みに過ぎなくて。

子供たちが将来、そのことをどう感じるかは、子供たちの自由なわけで。



ただ、こんな杉のに、「冷たい親」「無責任な親」って言う人はたくさんいるけどね。


そんなもん、知ったこっちゃない。

勝手に言ってください、ベーダ!

と、内心いつも思っている。




「勉強しないと将来幸せになれない」


なんて、そんな残念な価値観をわざわざ押し付ける必要なんてどこにもない。

で逆に、

「勉強せんほうが幸せになれる」なんてを言っているわけでもない。



勉強してもしなくても、幸せになる方法なんていくらでもある、と思っているだけで。



とは言っても。


学校や宿題以外、勉強をしてこなかったうちの子供たちも、

今は、「勉強しなさいって言ったことがないことだけはオカン凄いと思う」と言ってくれているけれど、

数年後には、「なんでもっと勉強せえと言ってくれんかった?」と文句たれるかも知れない。

仕事がうまくいかなくて、

「大学行っとけばよかった」と、悩むことがあるかもしれない。

だけどそんな時、杉のは、


「じゃあ今から勉強すれば?」と、言うだろうし、

「今からだって大学行けばいい」って言うと思う。


本当に勉強したいのなら、いくつになっても遅くない、って教えてあげると思うのだ。


心の底から応援してあげると思うのだ。



それが、杉のが自分の経験から子供たちに教えてあげたいこと。

そして、

本当は、杉の自身があの時、誰かにそう教えてもらいたかった事のような気もして。

それに、今はもう体育教師になれる体力はないけれど、

今、やりたいこと全部やりきって、50になったら、勉強して大学に入ってやろうとも実は思っている。



ただ、杉のは、

「勉強しなさいと言うな」

とは思っていない。


勉強することで、将来の選択肢が増える、と教えてあげることは必要だとも思っている。



だけど、その根底に、


「勉強しないと幸せになれない」


と、あなたが思っているのなら、

それだけは、どうしても子供たちに教えてあげたいと思うのなら、


せめて、子供たちが楽しく勉強できる環境を作ってあげてほしいな。


勉強が楽しい、と思えるなにかを、与えてあげてほしいな。



子供たちが、本当に幸せになるためにね。




だけど、



それって、意外と、「勉強しなさい」と言わないことよりも難しいんだと思うよ?






それではまた。