セクハラをセクハラにしない方法。 | 心笑亭 杉のの笑いの空間

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皆様こんにちは。

きゃー、ついに娘の母校が甲子園大会、ベスト4!

大雨の中、大歓声に包まれている杉の家で、

人一倍でかい声を上げているバーバを、

数秒間、冷たい目を送り続けていた、

愚痴聞きカウンセラー作家の、心笑亭 杉のです。










だって、今朝、

「しんどいから、お茶碗も洗えん……」

って、頼んでもないのに、朝食の後片付けを拒否ってたやん!?

てか、毎日後片付けは杉のがしとるんやけど?




と、バーバに関しては、積もる話はわんさかございます。




さて。

暇さえあれば、2ちゃんねる速報を渡り歩く、

ガゼネタ大好き杉のは、

昨日も、あるニュースを観ながら、一人屁理屈をこねていた。

ガセネタって言っても、ほとんどがYahooニュースやそんなところがソースになっていることからも、皆さんが目にしているニュースがほとんどなんだけど。


というのも、今、スケート連盟理事だかなんだか、

すっかりお偉いさんでもある、元五輪選手、橋本聖子氏が、セクハラ問題で矢面に立たされている。

とは言っても、そのセクハラを受けたとされている当の本人でもある男性選手は、

「あんなもん、セクハラと思ったことがない。お互いハメをはずしただけ」

と、発言しているにも関わらず、

それを受けて、ある有名な漫画家さんが、

文句をおタレになられているのだ。


「これが男性なら、絶対セクハラだ!と大ブーイングのはずだ。女だからと言って許されることじゃない」



と。




いや、違うで?

これは、男性だからとか、女性だからとかの問題ではないで?


女性は、確かに

そこらへんのオッサンにそんなことされたら、全力で「セクハラや」って訴えるけれど、

福山雅治にいきなりチューされても、そんなもん大喜びやで?



それに、あなたたちオッサンだって、

アイドルにチューしたいとは思っても、

この杉のに、そんな感情を抱くことはあるのか、って話だ。

つっても、そこで妙に納得されても、、

それこそ、「セクハラだ!」と、杉のは全力で訴えるけれども。


結局、これもそれも、

女性だから、男性だからという問題ではなく、

女性も、男性も、

「人を選んでいる」

ってことだもんね。


結局は、


飲み会の席で、いきなりチューをする、という行為が必ずしも「セクハラ行為」なわけではなく、

それをされた人間が、

相手に、

その行為をされてもいい人間だと判断するか、しないか、の問題であって、

また、その両者の関係性によるところも多いわけで、

女性だから、男性だから、という話ではないもんね。



それは仕方ないさ。

本当のセクハラ問題は、もっともっと根深いところにある。



子供たちの「いじめ問題」も同じだよね。


教育委員会などでは、

「いじめ対策マニュアル」

なんてものが整備され、


何か起こったとき、

それと照らし合わせ、

それがいじめか、そうでないのか、ってことに焦点を置き、

その確定に時間を割くけれど、

そうじゃない。


たとえ、その「マニュアル」になくても、

その本人が、

「いじめを受けた」思えば「いじめ」なのだ。

それぞれが受けた痛みは、

その理由をマニュアルに記載できるほど、単純ではない。


逆に、

たとえ、「それはいじめやろ」

と思える事象があったとしても、

「友達同士の暗黙の了解」

により、ただの、楽しい時間であることもある、ということだよね。



こういうことからも、

人は、

「問題」を自分で作り上げる…

ということが証明されるのかもね。



だからこそ。

自分自身で、できる限り「問題を問題でなくす」心が必要になってくると思うのだ。


だからって、

「セクハラオヤジを許す強さ」

を持つにはどうすればいいか、ってことではなくて。


やっぱり、

「人間を好きになること」

って、大きいよね。


「その人を知ろう」

とすることは……、

というより、

その人を知っていると言うことは、

それだけ、その人への許容範囲は広まるよね。



そして、

自分自身を知ってもらうこと。

たとえ、

自分が人にいきなりチューしても許してもらえる、

そんな、

人間としての魅力を持つことも大切だよね。

つうか、

知ってもらえていて、尚且つ許してもらえないということは、

それだけ、あなたの人間性に問題があるということ。



いじめだって同じ。

「いじめてるつもりはなかった」

って、後で後悔するぐらいなら、

たとえ、

友達に悪態ついても、

友達の机の中に、臭い靴下を入れておいても、

友達の教科書に落書きをしても、

友達の弁当、勝手に食べてしまっても、

友達の靴を、隠したりしても、


「あほかっ」


って笑ってもらえる人間になろうとすることも必要だよね。

そのくせ、やり返されても、

「くそ~こうきたか」って、

笑って許せる人間力も必要だよね。

つうか、仕返しを楽しみに待つぐらいの、関係性を作る努力は必要だよね。



そして、

自分は平気でも、

だれもが、そのイタズラを喜べるわけじゃない。

誰もが、それを、「問題ない」って思えるわけじゃない。



って相手を思いやる心。



それもこれも、

「相手を知ろう」

とすることからしか培うことはできないのかもね。



人の悩みも同じだね。

自分が平気だったからって、

誰もが平気でいられるわけじゃない。


自分がしんどかったからって、

みんなもしんどくて当たり前、でもない。



そう思うと、

自分の今の目の前の問題も、

毎日、目の前にある、嫌なことも、

ソレ自体が悪いことではなくて、



自分が、ソレで悩もうとしたこと。

自分が、辛いものだと、決めたこと。



自分自身の心が、問題だということがわかってくる。



ね、

セクハラも、いじめも、あなたのその悩みも。



「もうそれらを自分の問題にしない」



まずは、そこから始めよう。



杉のは、

2ちゃんねるが大好きという自分を、

反省したことも、

問題にしたこともございません。




それではまた明日。