太気晩成 2007 1月~12月 その3 | 至誠塾 過去の日誌 タイキダス

至誠塾 過去の日誌 タイキダス

太気拳至誠塾の 塾生による本部・支部の過去の稽古日誌
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過去の日誌

山形支部

山形支部の皆さんが稽古の様子をお届け致します!(2009年分まで)

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11月19日(月) 入門八ヶ月が過ぎて by 徳右ェ門

平成19年3月18日に至誠塾の門をくぐらせていただき、約8ヶ月の月日がたちました。 高木先生、不自由先生の的確なアドバイスを受け、それを自分なりに理解し、自分の言葉で「私の教科書」に残す作業もやってきました。

 

その間、自分にはいろいろな変化があったように思います。 変化といっても従来不器用な自分にとって技術的な変化(いわゆる向上)はあまりありません(というか、わかりません)。 ただ、「動作」という行動(うまく表現できません)に対しての意識は確実に変わりました。

 

物を掴んで、こっちからそっちへ移動させるという、日常何でもない動作が実はいろんな筋肉、関節の動きによって培われているということ。呼吸するということ、瞬きするということ、が実はいろんな要素のもとに成り立っているということ。 内側(前面)の筋肉より外側(後面)の筋肉が実は大切だということ。 また、揺などをやるようになって動物や虫の動きをじっくり観察するようになりました。 まぁ、書ききれませんのでここまでとさせていただきます。

 

それから感じているのは太気拳の奥の深さです。 深すぎる位に深いです。が、故に、やりがいを感じます。 頭で理解できても(したつもりになっても)身体はその通りには動いてくらないモドカシサ。

 

太気拳はすべて(武道、スポーツ、そして日常行動)に応用できると思います。 先生が言われた太気拳はPCでいう「OS」というのがとてもよくわかります。

 

前記しましたが「私の教科書」もだいぶ厚みを増してきました。 ちなみに「稽古日誌」と「私の教科書」は別ノートです。「稽古日誌」は武術全般「私の教科書」は太気拳のみです。 少し前に山形支部の南無さんがブログで稽古日誌について触れられておりました。 それに不自由先生を通してコメントさせていただきましたが、あえて再度同じことをノタマイます。

 

私自身、稽古日誌を31年程つけております。ダンボールに保管しており、読み返すことは滅多にありません。 たまぁ~に(数年に一度あるかないか)、読み返すととてもおもしろいです。 10年以上、あるいは20年以上も前のことが瞼の奥で再現されます。 その時に受けた師のコメントを読み返すだけでタイムスリップしたように戻れます。 

私の稽古日誌は生生しいです。 各自の発言も再現しておりますし、また全然関係ないことも書いております。 (隣で稽古している団体に凄い動きをする人がいた、みたいな) その一行を読み返すだけで、その時の光景が目に浮かびます。 絵も下手なりに描いてます(基本的に自分がわかればよし)。文章も自分がわかれば、それでよし。
落書帳のように思ったことすべて書いています。
その時代、その時代の自分の未熟さ(今でも渋みだらけで全然熟しておりませんが)が書いた内容や自分のコメントでよく解ります。

「のすけさん」の、書いたらさっさと忘れること、これは正解だと思います。 書いたことは脳にインプットされますので、たとえ忘れても(何年たっても)読み返せばスイッチを押したように灯りが点きます。

 

閑話休題

 

また太気拳の話に戻します。
本当に太気拳はおもしろいし、難しいです。 自分がやっていることが正しいのかそうでないのか、掴めません。 また稽古量にしても、数の稽古(本数、そして時間数)に長年慣れ親しんできた私にとって 掴みどころがなくなかなか意識改革が難しいところです。 今日はこれだけの稽古(数)をこなしたという充実感がなかなか得られず、 まだまだ自分が先生、緒先輩の足元にも及んでないことがひしひしと感じます。 ただひとつ、太気拳の稽古をやった後はとても気持ちがいいことだけは確かです。 ストレッチをやった後のような感じ、というか・・・血流が良くなったというのを実感できるというか。

 

あと何年、いや何十年かかるかわかりませんが、太気拳という山の麓くらいには辿り着きたいと思っております。 ある先生に言われたことがあります。 この業界、40代、50代はハナタレ小僧、60代でやっと一人前、70代からが勝負。 立禅の時のように目先のものに視点を合わせず、遠く遠くをボンヤリ眺めながらナメクジの如き前進を続けていきたいと思っております。 乱文失礼致します。

 


 

11月18日(日) 山籠り by 徳右ェ門

今年の夏の終わりに不自由先生と二人で山篭りを挙行しました。
私自身、修験道の山篭り(七日間の荒行と俗に言われているやつです)は10年間やってきました。 それを去年で一区切りし、今年は趣向を変え、長年の夢でもあった武術の山篭りを実行することにしました。

まず一年かけて場所探しから始まりました。地域が地域だけに熊や蜂には注意です。 (学識者に聞くと蜂(いわゆるすずめ蜂)に一番気をつけろとのことでした。 また先人達の山篭りに関しての書物等も参考にさせていただきました。

修験者の修行の地、霊場、滝、いろいろ足を運びました。 そして決めたのが、ある山の麓です。 そこは居るだけで気持ちが良くなるような素敵な場所でした。

八月の最終の週、不自由先生と共に山に入りました。 食事作りにあまり時間をかけたくなかったのでインスタント食品、缶詰を大量に買い込みました。

山についてまずテント張り。 さすが二人いるとテント設営も楽です。 テントを張り、一休みしていると二人とも同じ感想が口から出ました。 「妙に足が疲れた・・・」 そう、ここは山。平坦なところはないのです。移動するにはすべて少なからず斜度がついているのです。

 

山篭りの儀式である「山拝詞」を唱え、お山という偉大な道場へ「入堂」させていただく。
一休み後、各々稽古。 私は空手着に着替え、まず空手の稽古。 立木に向かって部位鍛練をしているところへパトカーが・・・ ココはとりあえず車で行けるところの最果ての地。パトカーがココに来るということは得体の知れない
二人組みをパトロールしに来たのだろう。誰かの通報か・・・ 川のほとりで立禅をしている不自由先生(充分怪しい)空手着姿で木を突いている私(まぁまぁ怪しい)を 見て何と思ったのだろう。
立禅に集中していて気づかない不自由先生。
パトカーは私の方に向かってきました。 木立を下り、パトカーを待つ私。 私の目前約10メートルでパトカーは停止。 私は無意識に「敬礼」。
なんと二人のおまわりさんも私に敬礼しパトカーはUターンしていきました。 なんだったのだろう・・・・

 

そんなこんなで初めての夜を迎えました。
ランプ1個と蝋燭だけの灯りでした。蛾や蚊が集まる。 修験道の山篭りでは充分経験済みですが、人間なんて夜になって灯りがなければ弱いものです。蚊一匹、蟻一匹 の方が強いです。行中に体中を蚊に喰われることは覚悟のうえです。

軽く(?)出陣式をやりテントにもぐりこみました(というか、途中で雨が降り出し、テントへ非難した次第です)。


 

二日目の朝、寒さで目を覚ます。足元、枕元には雨で水溜りが出来ていました。 テント設営の際の私の目論見の甘さでした。テントの下にブルーシートを敷いた為、降った雨がそのまま地面には 染み込まず、水溜りと化し、それが中にも染み入ってきたわけです。

ありがたいことに青空が出てきまして、テントを一旦解体し、日干しにする(天の恵みに感謝です)。
その間、二人で山登り。景色が素晴らしい。
「川の始まり」(不自由先生)を見ることができました。
チョロチョロと小さな流れが集まり少しづつ水の流れが太くなっていく様です。


 

中略(稽古日誌には膨大に書きましたが、ココには書けねーことばかり・・・也)

そんなこんなで三泊四日の山篭りを完遂してきました。 当然風呂はないわけで、近くの沢で禊をしました。大自然の中、すっぽんぽんで水をかぶる
。 それだけでパワーが付く感じがしました。
私自身、一番の恐怖は三日目でした。
不自由先生がどうしても抜けられない用があり、私が午後から一人で過ごしました。 午後、一人で稽古をこなしていても何故か集中できません。どこかで誰かがこちらを見ているような感じ・・。
そして夕方になり、あたりは暗くなっていく。 山は一旦暗くなり始めると早い。あっという間に真っ暗闇。 ランプの灯りを眺めながら時間が過ぎるのを待つ。 時折、木がざわめいたり、鳥や何かの奇声が聞こえる。 怖い・・・振り返るのさえ怖い・・・ 22時頃に不自由先生が戻る。私の凍った表情にやっと笑みが・・・。


 

最終日、お山への感謝の意で「山拝詞」を唱え「お立ち」となりました。

帰りの車中、対向車に恐怖を感じました。向かってくるものへの恐怖とでも言いましょうか・・。
また、世間の物音がとてもうるさく感じました。
それだけ五感が磨かれたのでしょう。
帰宅して家族が観ている「世界陸上」のTVの音がうるさく感じ、即床についた私でした。


 


 

10月29日(月) 合宿、有難うございました! by 銀閣さん

合宿参加させて頂き有難うございました。
剥けました!剥けました!ツルッと!(自己満足かとは思いますが・・・)

初日(だれが雨人間か!暴風雨!) 「掌打合わせ」がいつの間にか「お手合わせ」になり、殴られ屋復活!鼻が痛い! (一段と高くなりUSA人かと見間違う程のイイ男に・・・成ってない・・涙) 

バーべキュー&焼きそば!旨かった!でも煙かった!
(先生の前日仕込みの努力を聞いた自分としては焼き残りも勿体無くて×10でした・・肉墨は南無憎へ投入)


 

夕食後の宴会!主役は服部半蔵こと「後ろの百太郎・・樹海モード版」・・でもお先に就寝させて頂きました (う~ん!残念!混ざって護ってあげたかった・・?) 

最終日(もっとも1泊2日でしたが・・) 早朝快晴!樹海内での立禅!ピリッとした空気!でも奥深くには絶対行けない! (首吊りの遺体や百太郎がいっぱい!・・・怖・・)

朝食後の「推手」!今回の自分の課題「飛ばされない。振り回されない。」
でも発見!「飛ばされまい!振り回されまい!」の意識のみでの推手はツマラナイでした。 やはり「力の方向性を感じ合いながらギリギリのラインでの攻防」が推手の醍醐味ですね。 先生曰く「飛ばなくなったら"誰かを入塾させて飛ばしましょう"」・・・。 なるほどです。

秋山温泉、ちょっとぬるめでしたがGOODでした。 もっとも自分が「温泉狂い」だからかも知れませんが・・・
何はともあれ、先生お疲れ様でした。
何もお手伝い出来ず、気遣いも出来ず、大変申し訳御座いませんでした。 往復の運転までして頂き、「空手の世界」では考えられないことです。

いつか山形にての合宿実現の際は我々「東北ザイゴ(注)チーム」がメインとなり盛り上げますので宜しくお願いいたすます。

・・おお~っと!訛ってすまった!

注)ザイゴ・・田舎者、特に山形県北の山の麓近隣在住の人を言う、差別用語。「じぇ~ご」とも呼ぶ。   ザイゴが集団になり「ザイゴ衆」となる。   ○○町役場資料抜粋


 


 

9月4日(火) 鉄扇法廷格闘家氏よりⅡ by 鉄扇弁護士さん

ご返信いただきまして、ありがとうございます。
先生のご指導を反芻し、外筋を意識するようになりましたら、なんとなく立禅がサマになってきたような気がしております。
立禅の後に半禅を組みますと、太腿の裏側に良い塩梅に効いて参ります。
そして半禅を組みますと、どうしても「猫のまんじゅう」を意識してしまいます
。 「足裏でデコピン」「ヒザから下を使ってデコピン」「腰から下を使ってデコピン」・・・・ 半禅がいつの間にか「デコピン試力」になっていく有様です。
いろいろと試行錯誤を繰り返しております。
太気拳は本当に興味が尽きず、面白いです。
私も「本物を創ること」が出来ますよう精進致したく存じます。

銀角氏のメールにもありましたが、山形・富山合同セミナーを是非実現していただきたく存じます。

 

差し歯のことは本当にお気になさらないで下さい(無事復旧しましたし、何年か先に良い思い出話になるのでは、と思います)。
銀角氏、確かに笑いすぎですが、本当に愛すべきキャラクターです。
高木先生抜きで恐縮ですが、2次会も楽しい時間を過ごさせていただきました。
高木先生と不自由支部長のご縁をもちまして、銀角氏や金角氏のような得がたい武友を得られましたこと、本当に感謝致しております。

 


9月3日(月) 鉄扇法廷格闘家氏よりⅠ by 鉄扇弁護士さん

 

昨日は遠路お越しいただきましてお疲れのところ、長時間にわたってご指導いただきまして、誠にありがとうございました。 また、スペトレも短時間ながら極めて密度の濃いものでした。

「猫のまんじゅう」など、高度な事柄についてわかりやすくご解説いただき、 また御著書にサインまで頂戴致しまして、重ねてお礼申し上げます (柔術との共通性があり、理屈はわかりましたが、自分の体で出来るようになるのは何時のことやら、という感じですが)。

見せていただきました先生の動きを目に焼きつけ、伺いました先生のお言葉を心に刻み、 倦まず弛まず、生涯太気修行を続けたく存じます(エレベーター内の稽古を早速実践しております)。
なお、取れた差し歯は本日治して参りましたので、ご心配なさらないで下さい。 

今後とも山形支部をよろしくお願い申し上げます。

 

 


9月6日(木) 高木先生へ by 銀閣

 

またまたすばらしい衝撃、有難うございました。
まさに「百聞は一見に如かず」の体感でした
。 私は「太氣は感性の躍動をベースにした武道」と考えております。 先生の「太氣を信じて続けなさい」の御言葉はまさに私の感性論に一致します。 

「頭で考えて動くのではない、従って"動きを説明により理解"しようとする事ではなく"アバウト"に捉える」 「いかに自分をトランス状態に置き、感性主導のままに戦う」

 

先生の動きを拝見して私が確信した事です。 また機会が御座いましたら是非「山形・富山合同塾長セミナー イン 山形」の開催を希望いたします。
御父上様の容態の御心配な中、我々愚弟子の為にわざわざ御出で頂き本当に感謝いたします。 再度有難う御座いました。

 


 

9月2日(日) 前歯も吹っ飛ぶ、膨張しっ放しの熱いスペトレ!~塾長講習会~ by 徳右ェ門

先週、山篭りをしていた(この件につきましては後日、何らかの形で書きます)関係で 今日の日曜日も一日不在になることを家族には伝えにくい。 しかし、女房は、前夜から真剣な眼差しであれこれと私が準備しバッグに詰め込んでいる品物を見てだいたい察しはついているようだ。 主語を使わず「駅まで送って。帰りは夜になるから」と伝える。

 

まぁ・・私も世の中の常識的な眼から見ればだいぶ変わった人生を送ってきました。 (ある時はある人に「宇宙の人」と称されたこともあります、嬉しかったなー) 山篭りも今年で11年目です。 単身赴任中に小学校の息子が二人いるのに平気で会社の夏季休暇を山篭りにあてたりとか・・・

 

何の時だったか記憶が定かではないが、こんな夫婦の会話がありました。

(女房)「あなたって変わってる、変わってると思ってきたけど、ホォーント(本当)に変わってるわね」 (徳)「うっ!・・・・・バレタか・・・(苦笑)・・・」
・・・ということで、女房に車で駅まで送ってもらいました。

 

いつもはマイカーで稽古場に向かうのだが、今日は高木先生がいらっしゃる日。 どうしてもスペトレに参加したかったのでやんす(高木先生曰く「スペトレこそ本当の昇級審査です!」)。 11時43分の各駅停車に乗車。女房の作ってくれたオニギリをパクつきながら「私の教科書」を読み直す。 自分で書いておきながら忘れていることも多かった(「博士の愛した数式」状態ですから)。 塾長稽古参加前に復習して良かった。

 

12時49分、新庄駅着。 高木先生は12時39分に到着し、不自由先生達と喫茶店に行っているはず。 駅で出迎えてくれた(待っていてくれた)のは銀角さん。嬉しかったです、感謝、感謝です。

 

銀角さんの車に乗車させていただき稽古場近くの喫茶店へ。

 

カラーン♪という喫茶店のドアの開閉用の鐘を鳴らしながら店内へ。 約半年ぶりの生(なま)高木先生です!「いやぁー、徳さん!」と笑顔で迎えていただきました。 早速、用意してきた銘酒「峰の雪渓」を先生へ手渡す。 店内の他の客は男性一人(間もなく女性客も一人来た)。 異様な話の内容、そして一風変わった面々 (不自由先生を筆頭に銀角さん、鉄扇弁護士さん、ウルトラの父さん・・・まともな人間は私くらいか・・・) のため店のママさんも怪訝そうな表情。 他の客も「関わり合いたくない」と顔に書いてあるように雑誌に見入っている。

ウルトラの父さんより次から次へと質問が飛び出す (ここからウルトラQ(懐かしい!)さん(QはクエスッチョンのQです)に改称させていただきます)。 それに答えようと言葉を探すも、いい言葉が浮かばず、席を立ち上がり身振り手振り足振りで答える高木先生。 顔がだんだん引きつってくる喫茶店のママ。 必死にメモする私。

 

話が盛り上がり、予定より10分オーバーし、慌てて今回の稽古場である武道館へ。 さすが公共の建物、床板はいいものを使っている。 まずは立禅、そして揺りゲラーへと進む。 そして皆で試声を連呼。先生より「「松本伊代」をイメージして」のアドバイスを受ける。 

今日のテーマのひとつである歩法から稽古。 「引き合う太いゴム」をイメージするが、イメージは出来ても思い通りに手足が連動(調和)しない。

そしてもうひとつのテーマ「膨張と収縮」へうつる。 口を開き、目を見開き、指間を開き、毛穴を開き、内臓を膨張させる。 声とも思えぬ声(音?)を出しながら・・・。 先生は「すばらしい!」を連呼。 「山形支部のすばらしいところは、こういう変なことを誰も恥ずかしがらずに平然と出来てしまうところです!」 とお褒め(?)の言葉をいただく。

5分間の休憩の間、これまでの稽古を必死に「巻戻し」し「私の教科書」にメモする私。

そして推手。
最後に皆、先生に「飛ばして」いただく。 

そして16時半、稽古を無事終了。私は先生に受けた攻撃で左耳後方部に痛みを残しておりました。
恒例となった稽古後の集合写真を撮る。
そして近所のスパへ。

 

銀角さんの顔の広さ(大きさも)を改めて確認する。 サウナの中の人(ガラの良からしからぬ方々が多々)は皆知り合い、という感じ。

その後、スペトレへ。
店の名は鮨鼓舞流(すこぶる)。
店内は綺麗。雰囲気もグッド。マスターもグッド。料理もグッド。
特に「茶碗蒸し」が最高でした!
私自身、宴会などの席上では茶碗蒸しはあまり好んで食べない性質(たち)なのですが、これは美味かった!
器が持てないくらい熱い。椎茸が固めなところが「すばらしい!」。 不自由先生はいつも丼で注文するとのこと(糖尿病への道を確実に歩んでますね)。

 

ウルトラQさんと鉄扇弁護士さんが先生の御著書にサインをお願いする。 私もついつい「私の教科書」の裏表紙にお願いしてしまう。 ウルトラQさんが再び質問を繰り返す・・・Y先生の秘話とか。 また鉄扇弁護士さんも豊富な武歴に基づいた質問を繰り出す。 言葉で現わすより実践ということで、鉄扇弁護士さんの顎を軽く掌底で突き上げる先生。 その時です!鉄扇弁護士さんの口から悪霊が!というのは冗談で、前歯の差し歯がポロリ・・・・。 いやはや、だんだん、何でもありになってきました。 

呼吸をするようにウソつく銀角さん(鉄扇弁護士さん評)もますます口が滑らかになる。 先生曰く「1分間ウソを言わないと窒息してしまうのかも知れませんね(笑)」

 

先生が何度も口にした「今日の稽古は良かった、うん、良かった」「今日は良い稽古が出来ました」の 言葉が嬉しくもありがたかったです。 スペトレ中も「私の教科書」とペンは手放さない私。 

先生の帰りの新幹線の時間の関係で19時半で一次会はお開き。 私の快速電車も20時過ぎなので先生とタクシーに同乗させていただく。 皆も追って駅にかけつけてくれました。 「7時間の滞在」の残り少ない時間を惜しむように駅の構内でも身振り手振り足振りで指導してくださった先生、 ありがとうございました!

そして改札からホームに出た後、先生がいきなりポーズ! 後日伺ったところ、駅構内に飾ってあった、 前日まで繰り広げられていた「新庄祭」の山車の歌舞伎人形のポーズだったそうです(私は激写!)。

私も皆と別れホームへ。 20時16分の快速最上川で帰路に就きました。 車内では飲み直しながら「私の教科書」を清書、そして書き足し。 充実した時間だったせいかあっという間に、到着。女房が迎えに来てくれておりました。

帰宅後、飲み直しの飲み直し。そしてまた「私の教科書」を書き足す。 デジカメ映像を確認するだけで結構記憶は蘇るものです。

今日は3ページ厚みを増した「私の教科書」でした。 充実した濃い一日でした。 

高木先生、本当にありがとうございました! そして山形支部の皆様、ありがとうございました!

乱文失礼致します!

 


 

8月18日(日) ウルトラの父とアイドル誕生 by 不自由

今年の夏は暑い。 8月16日には岐阜県多治見市、埼玉県熊谷市で40.9℃を観測し。 従来の記録であった1933年7月25日山形県山形市で記録された40.8°Cを74年ぶりに更新したという。 他県で記録が更新。 とのことで、なぜかちょっぴり悔しい。しかしこの暑さは、もううんざり。 

暑さも盛りの午後2:30頃にいつもの新庄市民プラザへ。 本日参加は、一関の鉄扇弁護士さん、銀角さん、不自由、それにウルトラマンさんがファミリーで登場し計6名。 早めに到着したウルトラマンさんファミリー、奥さまが稽古場所の鍵を開けて待っていてくれた。感謝。

 

めいめいストレッチを行い立禅を組んでいると、 なんとウルトラの父の脇で、ウルトラジュニアが真似して手を上げて立っている。 これがあまりにもカワイイので不自由が持参したカメラでパチリ。

ウルトラの母も携帯でパチリと撮影している。
なんともホンワカしたウルトラ一家の稽古でした。 これによりウルトラマンさんは「ウルトラの父」に昇格、 ジュニアである「ウルトラマンゆうた 3歳」笑撃の太気拳デビューでした。 東京の本部にも「至誠塾のアイドル」がいるように山形支部にもアイドルができました。

 

稽古はストレッチ、立禅、揺りへと進み、前回からのテーマである歩法へ。 ここで銀角独自のユニーク意念(いらっしゃいませ)が披露された。 歩法に合わせて「いらっしゃいませ~」なんだそりゃ。

真剣さの中に笑いを含んだ稽古も、ちゃくちゃくと進む。山形の稽古は2時間半から3時間である。
途中で休憩を挟むが、鉄扇弁護士さんなどは休憩中も立っている。 曰く「少し動いてから立つと調子(気持ち)がいいんです」とのこと。 だいぶ脳内麻薬が分泌され良い状態のようだ。このまま太気拳から離れられなくなってもらいたい。

稽古終了後、全員で近くのスーパー銭湯へ汗を流しにいく。 もちろんアイドル・ウルトラマンゆうたも。ぶくぶくした風呂が怖いのかだいぶ「ぐずって」いる。 それをあやしながら入るウルトラの父。 この光景を楽しみながらゆっくりと風呂に浸かる。 

その後、場所を移し盛大なスペシャルトレーニングを敢行したことは言うまでもありません。

 

※後日ウルトラの父よりメールがありました。当日の楽しさを表しているので許可を頂き掲載します。

 

山形支部 各位 お世話になっております。U(ウルトラの父)です。 不自由先生、銀角先輩、鉄扇弁護士先生、18日は私の家族が大変お世話になりまして誠にありがとうございました。 また、長男優太が稽古(スペトレ含む)の邪魔をしてしまいまして誠に申し訳ございませんでした。

本当は、新庄まで3人で車で行き、稽古が始まる前に、子供と妻は新幹線で帰る予定でしたが、 妻のわがままもあり、皆様には最後までお付き合いさせてしまいました。失礼しました。

二次会は、本当は私が出たかったのですが、どうしても、妻が出たいというものですから、 子供を放置する訳にも行かず、私がホテルで優太を見ることになりました。

優太は、皆様に可愛がられて遊んでいただいたので、大変楽しかったせいか、興奮して夜遅くまで頑張っていました。 特に銀角先輩は子供の扱いがさすがにうまいですね。 優太は銀角先輩のことがすっかり、お気に入りで、昨日の夜も、 銀角先輩のものまね(多分、試力だと思います。)をして私たちに見せてくれていました。 妻も不自由先生、ほかの先輩達と話が出来て非常に良かったと申しておりました。

本当に稽古のみならず、スペトレまで、私の家族が邪魔をしてしまい、 折角、一関から来られている鉄扇弁護士さんにも大変、不愉快な思いをさせたのではないかと恐縮しております。 申し訳ございませんでした。

今後、優太は、不自由先生のような強くガタイのいい、銀角先輩のようなムードメーカーになれるような明るいキャラで、 そして、鉄扇弁護士さんのような敏腕弁護士さんになれるように頑張って参りますので、 今後とも暖かい目でみていただき、お付き合いさせていただければ幸いに存じます。

本当にありがとうございました。
U(ウルトラの父) 拝

 


  

8月10日(金) 暑くも短い夏、そして動かぬ万歩計 by 徳右ェ門

翌日の合同稽古に参加できないため、 会社を午後から休んで不自由先生の住む町へ(不自由先生も会社を早退してくれました)。

今月の末に予定している山篭りの場所を確認しに行く。
水場もありトイレもあり、まぁまぁの場所でした。ただ、虻が大群で襲ってくるのには閉口しました。 車の中に何十匹と虻が入ってくる。 焦る私。 しかし隣の運転席で平然とハンドルを握っている不自由先生 (虻が平気なのか、虻が好きなのか、あるいは四六時中こういう環境で生活しているのか)。 刺されない確固たる自信が漲ってました。

その後、銀角の森へ移動し、稽古。 汗がししたり落ちる。蝉の鳴き声と鳥のさえずりしか聞こえない。地上における自分の存在を感じる。

そうこうしているうち、親子連れがこちらへ歩いてくる。 もちろん親の目は、変なことをしている人たち(我々)を警戒しているのがわかる。 アスレチック的な道具も設置されているため、子供にせがまれ、渋々こちらに向かっているのだろう。
優しい我々は「こんにちわ」と挨拶をし、場所を譲り、移動する。

最近稽古に参加できなかった分、補修的に教わる。 今日も勉強になりました。 教科書は着実に厚みを増してます。

 

ここの森にはもう赤トンボ(真っ赤でした。こんな赤い赤トンボは初めて見ました)が舞っていました。 やっと雪がとけたと思ったこのみちのくの地、早くも秋の気配です。

 

閑話休題

私の勤務する会社では、社員のメタボリック対策として、 今年から万歩計を配り、日本の最北端から最南端までのウォークラリーを実施しています。 今日歩いた歩数を翌朝Web投入し、今自分が北海道のどの辺を歩いているかを閲覧できるようなシステムです。 当然社員同士のランキングが出てきます。 始まった当初は私もベスト40くらいをウロウロしておったのですが、 春先からズルズルとランキングが後退しております。現在60位ぐらい。 原因は明白。 太気を始める前は、社内トレーニングと称してサボって補強をやったり社内を早足で歩きまわっておりました。 それが太気を始めてからというもの、その時間は休憩室の片隅で立禅をやっていたり、 揺りゲラーをやっていたり、這っているわけですから万歩計が進むわけはありません。

はてさて、いががしたらよかろうものか・・・・

 


  

7月15日(日) カレンバッチ先生来日「至誠塾祭り」に参加させて頂いて by 銀閣

高木先生、ハルカゼさん他先輩方、大変お世話になりました。 一言で言って、とにかく楽しかったです。すべてがです! 柴又駅前までハルカゼさんから迎えに来て頂き、初対面にも拘らず非常に気さくな方で大変な魅力を感じました。 (物真似の旨さには脱帽です・・)

 

「正午頃、早目に来て稽古をしましょう」の呼掛けに「ワクワク」して参加させて頂きました。 「歩法の各種」「推手・・ハルカゼさんには浮かされっぱなしでしたが」  大汗になりながら「少しでも体に染み付かせよう!」頭の中はそれだけでした。 (実際これだけでも充分本部へ伺った意味が持てた位です・・)

その後の高木先生とカレンバッチ先生との対面!またまた「クラクラ」する感じでした。 (今現在、自分が誰なのかが判らなくなるカオス状態でした) 初体験の帝釈天詣出!それも高木先生・カレンバッチファミリー・至誠塾門下生80名と一緒に・・・! (この状態では目の前に何が現れても怖くは無い!・・多分門下生皆さんの共通感覚だったと思いますが・・)

 

道場に戻ってからの「バッハ先生・・母国での先生の呼名だそうです」のセミナー開始。 笑いあり!でも根底の「スピリット」を語る時の「深い眼光」はとても日本で言う「還暦」を越えた方では決して無い、 紛れも無く「武道人の目指す道」を照らすそのものだと感じました。 

特にうれしかったのが実演時対峙させて頂き、「発勁応用による腕はずし」では「なんと腕の太い御方だろう! ただ太いだけでは無い!重みを感じる!掴み切れない」が本音でした。 (他の皆さんが余程羨ましがっているかと・・・皆さん!自分だけすみませんでした!)

初懇親会参加!これまたすばらしい!私が理想としている交流会の姿でした。 「道場内にベタ座りにて、名前も判らず、門下生という繋がりだけで満面の笑みで飲み交わす!」 これぞ「意思の疎通の場」ですね! バッハ先生も全然嫌がらずにサイン・撮影に応じてくださって「人格の崇高さ」を感じました。
残念だったのは高木先生が運転の為に飲めず、その後自分は電車の時間もあり先に失礼をさせて頂いた事です。 (本来ならば新参者は最後の片付けまでが常識なのですがすみませんでした) でも高木先生より最後に「銀角!他の皆が、"あれは誰だ?動きがいい"と褒めてたぞ!」と言って頂き 益々今後の修練の励みになりました。
(酔ってなかったらバックテンものでした・・・シラフでも出来ませんが・・) とにかくとてもうれしかったです。(この言葉は一生忘れられません)

 

帰りの電車の中でも門下生の方(すみません!名前が判らなくて・・)と感情覚めやらず状態で熱く語りました。 (おかげで降りる駅を通り越してしまいプラス15分余計にかかりましたが・・)

だらだらと取り留めの無い内容で申し訳ございませんでした。 是非、またの機会に参加させて頂きたいと考えておりますので宜しく御願い申し上げます。

最後に高木先生・カレンバッチ先生・ハルカゼさん他門下生様の 今後の御健康・御多幸そして「太氣を極める修練の永遠の継続」を御祈り致しまして、御礼文を兼ねたレポートとさせて頂きます。 

乱筆乱文(知性のかけらも無い・・)にて失礼致します。

 

 


  

6月30日(土) 地球温暖化推進委員会 by 徳右ェ門

今日は先週に続き合同稽古。 不自由先生を筆頭に、一関より鉄扇弁護士さん、先週から参加のウルトラマンさん、そして伝家の宝刀・銀角さん、 そして私・徳右エ門の顔ぶれ。 

14時半の稽古時間に合わせ家を出発。今日は一般道で向かう。13時半に新庄駅到着。 駅のロビーにて臭覚を最大限発揮し「そっち方面の人間」を探す。

見渡すとエスカレーターで怪しげな3人の男があがってくる。 何気ない顔で上の階で待つ私。 近づいてきたところで「どーも!」 「よくわかりましたね!」(不) 「得体の知れない男3人組なのですぐわかりました。獣の匂いもしましたし」(徳) 「よく言いますよ!これで4人組になったじゃないですか」(不)

そんなこんなで鉄扇弁護士さんのホテルチェックインの後、いつもの市民プラザへ。 今日も音楽室。先週に引き続き今日も晴天。 外でやりたかったのだが天候不順のため不自由先生が屋内を確保してくれているのだ。 それを無碍にするわけにもいかない。

どっかのおばちゃんサークルが民謡だか踊りの発表会をやっているようで、 プラザ内の人間の平均年齢が異常に高い。 

赤いチャンチャンコを着たおばぁちゃん(踊りグループか?)が我々に話しかける。 「あらぁ若い人がいっぱいだこと!今日は何の集まりですか!?」(赤ばぁ) 「えぇ、ちょっと・・今日は地球温暖化対策の委員会です」(徳) 「あらぁー、素晴らしいこと!頑張ってください!!」(赤ばぁ) 「わかりました。おまかせください」(徳)

ということで音楽室へ。 暑い・・・・まさしく温暖化だ。 普段あまり使わない部屋なのだろう、空気が古い。

不自由先生は別料金で冷房を入れてくれるよう受付に連絡する(地球温暖化推進委員会になった)。 
太気体操、立禅、揺、腕回し練と稽古はすすむ。汗が流れ落ちる。
少し遅れて銀角さんが登場(当然勤務中)。
ごくごく自然に稽古着に着替える(携帯は鳴りっ放しだが、そんなのおかまいない。さすが所長!)

今日は迎え手(というのかな?)のような練(?)をやりました。 前蹴りや中段への突きへの対処法です。なかなかうまくいかない。 二人一組になって前蹴り出す人、受ける人に分かれる。 また、今回もペットボトルを使っての短刀を持った相手とのやりとり (今回も鉄扇弁護士さんの木刀が登場!鉄扇弁護士さん曰く「門人のたしなみ」)をやる。

そして推手。不自由先生はもちろんだが、銀角さんは相変わらず強い。 身体の運用方法を身に付けておられるようだ。

最後に今回のテーマ(といっても不自由先生は最後まで忘れてらっしゃった)でもある、這。
今まで見よう見真似でやってきたが、やはり説明を受けると自分の認識が違っていたことが理解できる。 やはりなかなか奥が深い。出来る出来ないは別として理屈では理解できました。収穫です。

今日も不自由先生に許可を得、稽古中に感じたこと気づいたことをノートに書き込みました。 ふと見るとウルトラマンさんもチョコチョコ書いてらっしゃる。 私も含め、年齢的にメモしていないと次々と記憶が消えていくので書いておくことは必要です。 
14時半から17時まで、途中何度か休憩をはさみ、今日も楽しく稽古が出来ました。 太気稽古を終えると、身体全体がマッサージを受けたように気持ちがいい。血液が正常に流れている感じ。

今日は私はスペトレは欠席(後ろ髪引かれながら)。 鉄扇弁護士さん、ウルトラマンさん、スペトレの内容をお聞かせください!

といことで、乱文失礼致しました。

 

6月30日(土) 地球温暖化推進委員会 by 徳右ェ門

今日は先週に続き合同稽古。 不自由先生を筆頭に、一関より鉄扇弁護士さん、先週から参加のウルトラマンさん、そして伝家の宝刀・銀角さん、 そして私・徳右エ門の顔ぶれ。 

14時半の稽古時間に合わせ家を出発。今日は一般道で向かう。13時半に新庄駅到着。 駅のロビーにて臭覚を最大限発揮し「そっち方面の人間」を探す。

見渡すとエスカレーターで怪しげな3人の男があがってくる。 何気ない顔で上の階で待つ私。 近づいてきたところで「どーも!」 「よくわかりましたね!」(不) 「得体の知れない男3人組なのですぐわかりました。獣の匂いもしましたし」(徳) 「よく言いますよ!これで4人組になったじゃないですか」(不)

そんなこんなで鉄扇弁護士さんのホテルチェックインの後、いつもの市民プラザへ。 今日も音楽室。先週に引き続き今日も晴天。 外でやりたかったのだが天候不順のため不自由先生が屋内を確保してくれているのだ。 それを無碍にするわけにもいかない。

どっかのおばちゃんサークルが民謡だか踊りの発表会をやっているようで、 プラザ内の人間の平均年齢が異常に高い。 

赤いチャンチャンコを着たおばぁちゃん(踊りグループか?)が我々に話しかける。 「あらぁ若い人がいっぱいだこと!今日は何の集まりですか!?」(赤ばぁ) 「えぇ、ちょっと・・今日は地球温暖化対策の委員会です」(徳) 「あらぁー、素晴らしいこと!頑張ってください!!」(赤ばぁ) 「わかりました。おまかせください」(徳)

ということで音楽室へ。 暑い・・・・まさしく温暖化だ。 普段あまり使わない部屋なのだろう、空気が古い。

不自由先生は別料金で冷房を入れてくれるよう受付に連絡する(地球温暖化推進委員会になった)。 
太気体操、立禅、揺、腕回し練と稽古はすすむ。汗が流れ落ちる。
少し遅れて銀角さんが登場(当然勤務中)。
ごくごく自然に稽古着に着替える(携帯は鳴りっ放しだが、そんなのおかまいない。さすが所長!)

今日は迎え手(というのかな?)のような練(?)をやりました。 前蹴りや中段への突きへの対処法です。なかなかうまくいかない。 二人一組になって前蹴り出す人、受ける人に分かれる。 また、今回もペットボトルを使っての短刀を持った相手とのやりとり (今回も鉄扇弁護士さんの木刀が登場!鉄扇弁護士さん曰く「門人のたしなみ」)をやる。

そして推手。不自由先生はもちろんだが、銀角さんは相変わらず強い。 身体の運用方法を身に付けておられるようだ。

最後に今回のテーマ(といっても不自由先生は最後まで忘れてらっしゃった)でもある、這。
今まで見よう見真似でやってきたが、やはり説明を受けると自分の認識が違っていたことが理解できる。 やはりなかなか奥が深い。出来る出来ないは別として理屈では理解できました。収穫です。

今日も不自由先生に許可を得、稽古中に感じたこと気づいたことをノートに書き込みました。 ふと見るとウルトラマンさんもチョコチョコ書いてらっしゃる。 私も含め、年齢的にメモしていないと次々と記憶が消えていくので書いておくことは必要です。 
14時半から17時まで、途中何度か休憩をはさみ、今日も楽しく稽古が出来ました。 太気稽古を終えると、身体全体がマッサージを受けたように気持ちがいい。血液が正常に流れている感じ。

今日は私はスペトレは欠席(後ろ髪引かれながら)。 鉄扇弁護士さん、ウルトラマンさん、スペトレの内容をお聞かせください!

といことで、乱文失礼致しました。