『オール讀物』7月号に北方御大の三つの短編が掲載されている。
それぞれ5ページ前後、画家を主人公にした連作で、
表題は「屑籠」・「赤い雲」・「血液の成分」。
既発表の作品なのか、初めて発表されたものか確認できていない。
「私」には、定期的に定額で作品を買い上げてくれる画商がおり、
画商はときどき「私」の個展を開き、そろそろ大きく儲けたいと考えている。
最初の作品は、1本の薔薇を、8時間かけて28通りのの角度からデッサンし、
それらを一つにキャンバスに、花瓶を想定しながら、そこに挿すよう描く。
デッサン群・キャンバスに描かれた作品・画家がつけた表題・画商のつけた表題、
家事代行女性の描かれたモノへの視線、と1本の薔薇が乱反射していく。
二番目の作品、日没、海に落ちる太陽が放つ微かな時間の閃光を、
スケッチブックに、3種の赤系水彩絵具とクレパスで描いた海や雲の隙間、
描かかれていない白い部分として描く。
それを見ていて語りかける男との会話、
今は呑み屋をやっているが、絵を描いていたことがある、あるいは今も。
カウンターに立つその男の料理、技術はあるが虚仮威しの感も漂わせていた。
男は、別居している年上妻の、作品への視線に耐えられなかったようだ。
主人公の画家にとって、描き上げるところままでが作品、であるということか。
最期の作品で画家は絵を描かず、その日常が語られる。
ロードショーからやや遅れた二本立て上映の映画館に、ときどき行く。
特定の作品目当てというより、ちょっとしたきっかけで入り、
のめりこめればそれで良い、という感じのようだ。
ひと月かふた月に一度、バーで出会った既婚女性とホテルに行く。
健康診断での血液検査の結果表を病院で受け取った後、
そのような日常が、ハレーションを起こす。
検査結果は、まずまず健康と言える内容だったが、
病院帰りに映画館に入ったとき、何か臭が気になり集中できない。
何日かたち、ホテルの後、いつもの女性と入ったバーで、
胸ポケットに入れたままの検査表を問われ、見せる。
女性は検査表持参は、男と女の駆け引きと判断し、亭主との離婚だの、話しはじめる。
画家にとって、映画館も女性とのホテルも、生身の日常ではなかったのだろう。
血液検査によって肉体という生身の日常を意識したとき、
絵の中のような日常が崩れてしまう、ということかな。
まあ、そんな風に読んでみたということで、
得意ジャンルではないので、ご容赦を。。。。
来月、『小説すばる』8月号発売が、『チンギス紀』単行本最終刊の刊行よ重り、
御大と挿画西のぼるさんとの対談掲載が、予告されています。