心理カウンセラーの風湖です。
私は毎日、朝起きてベッドから降りる前に、
「ありがとう、ありがとう…。」
と、言います。
いつからか、自然に言いはじめました。
すると、自分の脳がとても不安定な状態になるのがわかります。
自分でも「どうして『ありがとう』なのか」がわからないからだと思います。
次に、「天気が良くて、嬉しい。」
「朝ごはんが美味しくて、嬉しい。」
「猫が元気で、嬉しい。」
と、目にするものに対して「ありがとう探し」を始めます。
聖書の言葉、「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。」(ヨハネ1:1)とは、非常に短い言葉ですが、深い意味をもった言葉だと思います。
何故なら、言葉とは神様と人の間にあるものなのだと解釈することもできるからです。
つまり言葉は、それがどのような言葉であっても神が聞いていて、その方向に気持ちを向かわせるという意味の言葉だともいえますよね。
(ちなみに、私は宗教家ではありません。)
たとえば、現に戦場に行く兵士には、敵の悪口をさんざん言わせ、呪いの言葉を吐かせてから送り出すといわれています。
敵を言葉で攻撃してから、武器で殺すのです。
言葉が先なのです。
ですから、逆に、敵に対して、「愛している、仲良くしよう」と叫んでから戦いに行ったら、おそらく戦争にならないのでしょうね。
脳は、先に口にした言葉に対して不条理・不合理を認めず、合理的な事実に当てはめて解釈しようとする働きがあります。
ですから、はじめに「ありがとう」と言うと、その瞬間から脳は、「ありがとう」を探しはじめるようにできているようです。
反対に、「つらい」「悲しい」「苦しい」「つまらない」「嫌だ」と言ったとします。
すると脳は、今度もそのような言葉に対して合理的な理由を探し始めます。
「どうして今日は、こんなに寒いんだろ。」
「会社の上司が嫌味ばっかり言う。」
「今日の朝ごはんはパンの方が良かった。」
と、あらゆるものに「つらい」「悲しい」「苦しい」「つまらない」「嫌だ」の原因探しが始まります。
朝から「ありがとう」と言いたくなるような現象が起きていなくても、まず「ありがとう」を言うと、「ありがとう」を言った数だけ「ありがとう」の原因を探し出すことになります。
ということは、一日中「ありがとう」と言っていれば、脳はずっと「ありがとう探し」をするわけですから、「ありがとう」に満ち溢れながら1日を終えることができますよね。
ちなみに、心で思う力よりも「口に出した力」の方が、はるかに大きなエネルギーを持っているそうです。
心を込めなくてもいいから「ありがとう」をたくさん言っている人には、「ありがとう」ということが次から次へと起きてくることになります。
たとえ目の前に嫌な人がいて、心の中では「この人のことが嫌いだ。苦手だ。」と思っていても、「ありがとう」と言ってみたら、言われた相手はきっと「感謝された」と思うはずです。
1日の始まりに自分の環境全てに感謝をする習慣を身に付けてみたらいかがでしょうか。
すると、やがて朝起きてすぐに「人生が嫌ではない」と感じている自分に気づく日が来ると思いますよ。