心理カウンセラーの風湖です。
子供の頃、社会科の授業で「未来の自分の姿を描いてみましょう。」という内容の絵を描くという課題を与えられた事があります。
1人1人にA4サイズの画用紙を渡され、自由に将来の夢をクレヨンで描くだけの授業でしたが、その内容を先生から言われた瞬間に、突然教室中がわっと沸き、非常に盛り上がった記憶があります。
同級生達の男の子達は、サッカー選手であったり、医者や弁護士であったり。女の子達は、パティシエや保育士さん、トリマーなどの憧れの職業になれている自分の姿を次々と画用紙に描いていきました。
同級生達のその表情は、授業中とは思えない程生き生きとしていて、笑い声が絶えず、その場所の温度まで上昇していたような気がしました。
しかし私は、そのような楽しく盛り上がっている教室の中で、1人だけ表情が固く凍りついてしまい、とうとう何も描く事が出来ませんでした。
何故なら、「そんな事を考えた事もなかった」からです。
そんな時間が過ぎ、同級生が次々と絵を提出して行く中で、白紙の紙をじっと眺めているだけの私でした。
そんな自分がなんとなく惨めな気がして、1人で寂しく落ち込んでいましたね。
そんな私に、当時担任だった先生は一言だけアドバイスをしてくれました。
「将来の夢がまだ見つかっていないのならば、例えば模範となる人物を見つけてごらん。」
その時から私は、人を観察する事に非常に興味を持つようになりました。
確か、10歳くらいの年齢の頃からです。
特に、何かを成し遂げている人や、成功者と呼ばれる人を観察したり興味を持ったりすると、彼らは夢に到達したり、夢を手に入れたりするための手段や計画を十分心得ている事がハッキリとわかります。
1990年の新聞の小さな記事の中に、ミス・アメリカに選ばれた女性の話題があり、その生き方に感動した覚えがあります。
確か、デビー・ターナーという名前の女性でした。
彼女の夢は、借金をせずに大学を卒業して獣医になる事でした。彼女は、奨学金を得て学費を払う為にコンテストに出場していました。
デビーは出身地であるアーカンソー州のコンテストに何度か落選した後、ミズーリ大学の獣医学部の学生だった時に1989年ミス・ミズーリ・コンテストに出場しました。
それから彼女が全国大会に進出するまでには、7年間、2つの州で11回のコンテストに出場していました。
ガリガリに痩せて、出っ歯だった少女がミス・アメリカになるまでの道のりは、決して美しいだけのものではなかったようです。
両親は彼女が6歳の時に離婚していて、周りの人達にはミス・アメリカなど絶対になれないと繰り返し言われて来たそうです。
しかしデビーは、「諦める」という言葉を受け入れませんでした。人間は、内側にあるものの方が、外見よりも大切であると信じていました。
そして、茶色の髪と茶色の目の色、身長も170センチ足らずのミス・アメリカぎ誕生したのです。
子供の頃に思い描いた夢を、そのまま貫き通し、大人になってからその憧れの職業についた人はどれだけいるのでしょうか。
大勢の人々が自分の目標を貫こうとはしていません。何故なら、夢を貫くだけの説得力のある理由を自分に与えてあげられないからなのでしょう。
途中で挫折してしまい、願望を手に入れる事など到底不可能だと言う理由を付けてしまいます。
そのきっかけは、もしかしたら学校の成績による評価でしょうか。それとも、家族や周りの人たちの反対意見でしょうか。それとも世間一般の常識の基準値でしょうか。
夢を叶える事は、そんなに難しい事なのでしょうか。いえいえ、そんな事はありません。何故ならその夢を叶えている人がいるからです。
その人達も、同じ世界に生きている同じ人間なのです。
はじめは誰かの真似でもいいのです。夢は、あなたが生きていくための心のモチベーションを高めます。
それは、そんなに大きな難しそうな目標を掲げる必要はありません。今の自分より少しだけ高い目標、あと少し手を伸ばせば届きそうな目標で良いのです。
ロバート・グリーゲルは、「夢は翼の付いた目標だ。」と言っています。
夢を叶える事を難しいと考えて、諦めてしまうのは、ほかの誰でもない、自分自身の過去の経験です。難しい事は何もありません。ただ、少しの可能性を信じてビジョンを持って生きるだけで良いのです。
ビジネスマンのジョン・ゴンドリーは、「幸福、富、そして成功は、目標設定の副産物である。それ自体が目標になる事は無い。」と、言っているのです。
子供の頃になんの夢もなかった私は今、たくさんの人達の支えになるという夢を果たそうとして、それだけを目標に生きています。
今は、とても幸せです。
当時のように全く惨めではありませんよ。