心理カウンセラーの風湖です。

先日、東京マラソンに出場した日本記録保持者の大迫傑選手が、自身の持つ日本記録を21秒も更新し、一度は選考から漏れたオリンピック代表に大きく望みを繋ぎましたね。

そのレースのフィニッシュシーンは、彼のその快挙に対する全身で表現された喜びと共に、内面から光るプライドに満ちた鋭い目が印象的でした。

そして、そんな映像をTVのニュース番組で見た私はふと考えました。

私は何にプライドを持って生きているのだろうかと。

「プライドは美徳の源泉である。」
これは、フランスの思想家セバスチャン・シャンフォールの言葉です。

国語辞典で調べると、プライドとは「誇り、自尊心」と出てきます。
「自尊心」とは、「自分の尊厳を意識、主張して、他人の干渉を受けないで品位を保とうと、意図を貫こうとする心理、態度」と、言う事なのです。

英語の辞書で調べると、prideとは、「名誉に値する何かを達成したり、仕事や物の質、あるいはそうしたものを所有している事から得られる深い歓喜や満足の感情」なのだそうです。

同じ「プライド」と言う言葉なのに、日本語訳と英語訳では当人の立ち位置が全く正反対なのは、実に面白いなと思いますね。

つまり日本語訳では、そこに他人からの目線を意識している上での自己主張なので、その品位とは、対面を保つ事に努力をする「行為」の事ですから、そこにある自分の「誇り」と「喜び」は直結していない、別の感情なのですね。

そして英語訳では、あくまでも本人の「感情」が主体のようです。ですから、自分自身に尊厳を感じて喜びを味わう事によって、その愉悦感を感じると言う事ですから、そこに他人の目は存在しないのです。

私は、自分自身のプライドとは何かを知って、そのプライドを心の中にいつも握り締めながら、誇りを持って生きて行きたいと思っています。

そうすれば姿勢も良くなって、外面だけでなく、人として内面も美しくなれると信じているからです。

オリンピック選手に負けないくらい、顎を上げて目を輝かせていきましょうね。