心理カウンセラーの風湖です。
私の担当する心理学講座の生徒さんが、こんな悩みを打ち明けてくれました。
23歳の大学生の男性です。
「先生、僕は来年大学を卒業するんです。就職活動中なのですが、特にやりたい事もありません。とりあえず何処かで働こうと何社か受けましたが全て内定をいただけません。焦るばかりでどうしたらいいのか分かりません。」
人生において特にやりたい事が無いという悩みを持っていらっしゃる方は多いのではないでしょうか。
日本人は、正確性を重視するあまりチャレンジをする事が苦手な方が多い国民なので、マニュアル通りの生き方が1番安全だと思い込んでいます。
それは、日本の義務教育がほとんどの場合マニュアル通りに生活させて来たからではないでしょうか。
特に、ゆとり教育と言われる教育制度に変化してからは、何か得意な事だけを頑張る事も、努力して成果を果たして自己主張をする事も必要無いと子供達が感じてしまった様な気がします。
欧米では、たとえ小学生であれ、ある程度の学力に達しない生徒は落第させます。同じ学年をもう1年やらせる訳ですが、その親もそれを喜んで受け入れます。
何故なら、自分の子供が社会に出た後の事を考えれば、落ちこぼれのまま進級させるよりも、もう1年じっくりと学習させてくれた方がありがたいと思うからなのでしょう。
そのかわり、優秀な生徒の飛び級制度もありますから、勉強が得意な生徒をキチンと認めて伸ばす環境も整っているのです。
しかし、私はそれが良いとか悪いとか言いたいのではありません。実際、ある優秀な生徒が揃う学校や、受験専門の予備校などでの、試験の成績順にクラスを分けたり授業中に座る席まで決められてしまうような教育の方法には大反対です。
私が一番気になるのは、夢や生き甲斐を見つけるよりもただ闇雲に努力していればなんとかなるのではないかと言う考え方です。
もっと言えば、夢が叶えられないのは、その人の努力が足りないからだと教えられる教育の現実です。
ですから日本人は、とても努力が好きな民族です。
「努力は必ず報われる。」
「当たって砕けろ。」
「参加する事に意義がある。」
「神様は、超えられない壁はその人に与える事はない。」
どれもこれも素晴らしい言葉だと思いますが、ゴールが見えないのに努力だけしていても、何のために努力をすれば良いのか分からないのではないでしょうか。
ですから、途中で息が切れて辛くなってしまい、人はふと考えてしまいます。
「自分がやりたい事って何なのだろうか。」
何をすれば分からず、超えられないほど高い壁が目の前に立ちはだかってどうすれば良いのか分からず悩んだら、たとえ遠回りになっても構いませんから、その壁の側に必ずある非常ルートを探して欲しいと思います。
本当にその道が正しいのか、他に自分だけの道があるのではないかと探して探していろんな経験をした後に、本当の宝物が何処かに眠っているのかもしれません。
ふと目をやると、周りの人は皆さん歩くスピードが速くて焦ってしまいますが、目を閉じて、自分の呼吸に集中して、気持ちが静かになったら静かに目を開けて、やがて自分の前に広がる気持ちの良い風景を見るために再び歩き始めましょう。
人生とは、そのゴールを見つけるための長い長い道なのですから。
私の担当する心理学講座の生徒さんが、こんな悩みを打ち明けてくれました。
23歳の大学生の男性です。
「先生、僕は来年大学を卒業するんです。就職活動中なのですが、特にやりたい事もありません。とりあえず何処かで働こうと何社か受けましたが全て内定をいただけません。焦るばかりでどうしたらいいのか分かりません。」
人生において特にやりたい事が無いという悩みを持っていらっしゃる方は多いのではないでしょうか。
日本人は、正確性を重視するあまりチャレンジをする事が苦手な方が多い国民なので、マニュアル通りの生き方が1番安全だと思い込んでいます。
それは、日本の義務教育がほとんどの場合マニュアル通りに生活させて来たからではないでしょうか。
特に、ゆとり教育と言われる教育制度に変化してからは、何か得意な事だけを頑張る事も、努力して成果を果たして自己主張をする事も必要無いと子供達が感じてしまった様な気がします。
欧米では、たとえ小学生であれ、ある程度の学力に達しない生徒は落第させます。同じ学年をもう1年やらせる訳ですが、その親もそれを喜んで受け入れます。
何故なら、自分の子供が社会に出た後の事を考えれば、落ちこぼれのまま進級させるよりも、もう1年じっくりと学習させてくれた方がありがたいと思うからなのでしょう。
そのかわり、優秀な生徒の飛び級制度もありますから、勉強が得意な生徒をキチンと認めて伸ばす環境も整っているのです。
しかし、私はそれが良いとか悪いとか言いたいのではありません。実際、ある優秀な生徒が揃う学校や、受験専門の予備校などでの、試験の成績順にクラスを分けたり授業中に座る席まで決められてしまうような教育の方法には大反対です。
私が一番気になるのは、夢や生き甲斐を見つけるよりもただ闇雲に努力していればなんとかなるのではないかと言う考え方です。
もっと言えば、夢が叶えられないのは、その人の努力が足りないからだと教えられる教育の現実です。
ですから日本人は、とても努力が好きな民族です。
「努力は必ず報われる。」
「当たって砕けろ。」
「参加する事に意義がある。」
「神様は、超えられない壁はその人に与える事はない。」
どれもこれも素晴らしい言葉だと思いますが、ゴールが見えないのに努力だけしていても、何のために努力をすれば良いのか分からないのではないでしょうか。
ですから、途中で息が切れて辛くなってしまい、人はふと考えてしまいます。
「自分がやりたい事って何なのだろうか。」
何をすれば分からず、超えられないほど高い壁が目の前に立ちはだかってどうすれば良いのか分からず悩んだら、たとえ遠回りになっても構いませんから、その壁の側に必ずある非常ルートを探して欲しいと思います。
本当にその道が正しいのか、他に自分だけの道があるのではないかと探して探していろんな経験をした後に、本当の宝物が何処かに眠っているのかもしれません。
ふと目をやると、周りの人は皆さん歩くスピードが速くて焦ってしまいますが、目を閉じて、自分の呼吸に集中して、気持ちが静かになったら静かに目を開けて、やがて自分の前に広がる気持ちの良い風景を見るために再び歩き始めましょう。
人生とは、そのゴールを見つけるための長い長い道なのですから。