心理カウンセラーの風湖です。
少し前に、従兄弟が亡くなりました。
年齢はまだ55歳で、突然死だったそうです。
若い頃に離婚し、それからずっと一人暮らしでしたが、誰からも好かれる優しい笑顔が大好きなお兄さんでした。私が小さい頃は家も近く、通っていた学校も同じでしたから、廊下や校庭で私を見かけるとよく声を掛けてくれました。
しかし、大人になってからは会う機会もだんだん減り、もう何十年も会っていませんでしたから、亡くなったと聞いて驚きはしましたが、人が亡くなるという事実はある意味必然の出来事ですから、不思議とそんなに悲しみにふける事はありませんでした。
それでも、その現実を知らされた時に私は思いました。「人は死んだらどこに行くのだろう。」って。
「あんなに優しくて良い人が、こんなに早く亡くなるのには、何かしらの意味があるのだろうか。」って。
人間は、なんでも理由を付けたがります。人の脳に記憶として保管する時、理由があればスーッと納得出来て短時間で脳内に整理整頓出来るのに対し、理由が分からない状態のままでは、いつまでたっても脳裏を横切り、その現実を受け入れられないので、気になって仕方がないという状態に陥ってしまうからです。
そうなると、脳は余計なエネルギーを使うことをやめません。人間の脳は1つの事にしか集中出来ないので、モヤモヤしてしまうと次の行動に気持ちを向ける事が出来なくなってしまいますから、無理矢理にでも理由を付けてしまい、何とか記憶に押し込もうとしてしまうのですね。
人間の脳が1日で使うエネルギーの60%から80%は雑念だと言われているそうです。
つまり人間は、考えなくても良い事にかなりのエネルギーを使っている事になります。
それでは、心身共に疲れ切ってしまいますね。
最近、運が悪いなぁと感じた時、自分独自の考え方で理由を付けていませんか?
何か失敗をしてしまった時、その現実を正当化する為に犯人探しをしていませんか?
その理由がポジティブな思考なら素晴らしいのですが、もしもネガティブな思考ならばそれがそのまま歪んだ辛い記憶として整理整頓されてしまいますよ。
いずれにしても、人は本当の理由が分からない時に悩んでどうすれば良いのか分からなくなってしまうので、自分の気持ちを抑える為に理由を付けます。
ですから私も、従兄弟が早く亡くなったという現実を受け入れる為に、死んだらどこに行くのかを考えたのですね。
しかし、その問題は、いくら考えても良く分かりませんから、いろんな説が世の中にはありますが、自分独自の歪んだ理由を付ける事にしておきましょう。
私が死んだら、多分宇宙遊泳をしに行きます。
私が1番してみたかった事。でも現実的には生きている間には難しそうですから、この世から去った後にやる事にします。
それまでは、私の生きている間に出来る全ての事を後悔なくやって生きて行きたいと願っています。
それは、私の場合は心理学を通して人に希望を与える事だったり、愛を与える事だったり、笑顔を与える事だったり。
いつでも何処にでも出向いて行きます!
さあ、じっとしていられませんね。
私の生命の砂時計に残された時間はあと少しかも知れませんからね。
少し前に、従兄弟が亡くなりました。
年齢はまだ55歳で、突然死だったそうです。
若い頃に離婚し、それからずっと一人暮らしでしたが、誰からも好かれる優しい笑顔が大好きなお兄さんでした。私が小さい頃は家も近く、通っていた学校も同じでしたから、廊下や校庭で私を見かけるとよく声を掛けてくれました。
しかし、大人になってからは会う機会もだんだん減り、もう何十年も会っていませんでしたから、亡くなったと聞いて驚きはしましたが、人が亡くなるという事実はある意味必然の出来事ですから、不思議とそんなに悲しみにふける事はありませんでした。
それでも、その現実を知らされた時に私は思いました。「人は死んだらどこに行くのだろう。」って。
「あんなに優しくて良い人が、こんなに早く亡くなるのには、何かしらの意味があるのだろうか。」って。
人間は、なんでも理由を付けたがります。人の脳に記憶として保管する時、理由があればスーッと納得出来て短時間で脳内に整理整頓出来るのに対し、理由が分からない状態のままでは、いつまでたっても脳裏を横切り、その現実を受け入れられないので、気になって仕方がないという状態に陥ってしまうからです。
そうなると、脳は余計なエネルギーを使うことをやめません。人間の脳は1つの事にしか集中出来ないので、モヤモヤしてしまうと次の行動に気持ちを向ける事が出来なくなってしまいますから、無理矢理にでも理由を付けてしまい、何とか記憶に押し込もうとしてしまうのですね。
人間の脳が1日で使うエネルギーの60%から80%は雑念だと言われているそうです。
つまり人間は、考えなくても良い事にかなりのエネルギーを使っている事になります。
それでは、心身共に疲れ切ってしまいますね。
最近、運が悪いなぁと感じた時、自分独自の考え方で理由を付けていませんか?
何か失敗をしてしまった時、その現実を正当化する為に犯人探しをしていませんか?
その理由がポジティブな思考なら素晴らしいのですが、もしもネガティブな思考ならばそれがそのまま歪んだ辛い記憶として整理整頓されてしまいますよ。
いずれにしても、人は本当の理由が分からない時に悩んでどうすれば良いのか分からなくなってしまうので、自分の気持ちを抑える為に理由を付けます。
ですから私も、従兄弟が早く亡くなったという現実を受け入れる為に、死んだらどこに行くのかを考えたのですね。
しかし、その問題は、いくら考えても良く分かりませんから、いろんな説が世の中にはありますが、自分独自の歪んだ理由を付ける事にしておきましょう。
私が死んだら、多分宇宙遊泳をしに行きます。
私が1番してみたかった事。でも現実的には生きている間には難しそうですから、この世から去った後にやる事にします。
それまでは、私の生きている間に出来る全ての事を後悔なくやって生きて行きたいと願っています。
それは、私の場合は心理学を通して人に希望を与える事だったり、愛を与える事だったり、笑顔を与える事だったり。
いつでも何処にでも出向いて行きます!
さあ、じっとしていられませんね。
私の生命の砂時計に残された時間はあと少しかも知れませんからね。