心理カウンセラーの風湖です。
私は現在、東京で一人暮らしをしているのですが、若い頃には考えられない事でした。
何故なら、静岡の田舎町に住む私の両親は、子供達の生活を全て監視したがり、何かと意見をし、言うことを聞かせ、管理しなければ気が済まない人達だったからです。
特に私の両親は、
「女性は結婚するまで家に居て、家の手伝いをし、親の言う事を聞かなければならない」
「女性は教育など必要ない。結婚して子供を持つのが女性の1番の幸せなのだ。」
という、なんとも時代錯誤な信念を崩さない人達だったのです。
しかし私は幸いにも、何にでも常に疑問を持つ性格でしたから、よく両親と衝突をしました。
そのお陰で、ますます両親からは当たりが強かった様に思いますが、そのおかげで私はいつかこの家を出て自由を掴み取ろうと試行錯誤しながら青春時代をすごしましたね。
当時の日本人の親というのは、戦争中に幼少期を過ごした人達が多く、日本は軍隊の色の濃い国でしたから、両親を敬えとか、男尊女卑の文化もまだまだ根強く残っておりました。
ですが、私は当時の教育が良いとか間違っていると言うつもりはありません。ただ、私が思うのは、時代が違っていれば、価値観や信念が変わっても仕方がないのですから、私の両親が信じている事が現代と違っていても当たり前なのだと言う事なのです。
ですから、昭和の古き良き私の両親は、当時の常識を貫き通そうして、その常識に外れてしまいそうな私への強制がとても激しく、私の意見など全く聞き入れようとしませんでした。
それも今では懐かしく思い出しますが、私が少し気になるのは、今、この現代でも強制による教育が行われているのでないかと感じることです。
私は、現代のニュースなどで幼児虐待の話題を取り沙汰されるたびに思います。
「女性が妊娠すると、産科などで開催される母親教室はあるのに、何故両親のための、時代に合った子育て教室は無いのかなぁ?」って。
もちろん、現代のパパママさん達がしている子育てが全て間違っているとは思いませんが、本来可愛いはずの自分の子供に手を上げてしまう時の心理は、やはりその真面目さによる、歪んだ責任感から来る場合も多いのではないかと感じます。
親子に限らず、職場や学校などでもよく聞かれる強制や圧力は、お互いの信頼関係を壊しますし、相手を甘やかしに繋げるのだと言う事に気がついていない方もいらっしゃるのではないでしょうか。
強制された行動で成果を上げても、相手は自信を持つことが出来ません。
そして、失敗しても反省しません。自分の責任だとは思わないからです。
さらに、学習しません。上手くいっても自分で考えた結果だと思わないからです。
本当の教育とは、相手に「決定の自由」を与えて、自分で反省し、責任を取らせる事なのではないかと思います。
自己決定は、成長を促しますから、偉大な人物に育て上げる方法の1つなのではないかと思います。
親だけではなく、部下を教育される方や、先生と呼ばれる皆さんも、相手を信じて見守り、自分で決めさせるチャンスをたくさん与える勇気を持っていただきたいと願います。
相手の成長は、自分の満足感や成果を実感する充実感にも繋がりますから。
信じて、自由にして、見守る。
それが愛情なのではないかと感じます。
私は現在、東京で一人暮らしをしているのですが、若い頃には考えられない事でした。
何故なら、静岡の田舎町に住む私の両親は、子供達の生活を全て監視したがり、何かと意見をし、言うことを聞かせ、管理しなければ気が済まない人達だったからです。
特に私の両親は、
「女性は結婚するまで家に居て、家の手伝いをし、親の言う事を聞かなければならない」
「女性は教育など必要ない。結婚して子供を持つのが女性の1番の幸せなのだ。」
という、なんとも時代錯誤な信念を崩さない人達だったのです。
しかし私は幸いにも、何にでも常に疑問を持つ性格でしたから、よく両親と衝突をしました。
そのお陰で、ますます両親からは当たりが強かった様に思いますが、そのおかげで私はいつかこの家を出て自由を掴み取ろうと試行錯誤しながら青春時代をすごしましたね。
当時の日本人の親というのは、戦争中に幼少期を過ごした人達が多く、日本は軍隊の色の濃い国でしたから、両親を敬えとか、男尊女卑の文化もまだまだ根強く残っておりました。
ですが、私は当時の教育が良いとか間違っていると言うつもりはありません。ただ、私が思うのは、時代が違っていれば、価値観や信念が変わっても仕方がないのですから、私の両親が信じている事が現代と違っていても当たり前なのだと言う事なのです。
ですから、昭和の古き良き私の両親は、当時の常識を貫き通そうして、その常識に外れてしまいそうな私への強制がとても激しく、私の意見など全く聞き入れようとしませんでした。
それも今では懐かしく思い出しますが、私が少し気になるのは、今、この現代でも強制による教育が行われているのでないかと感じることです。
私は、現代のニュースなどで幼児虐待の話題を取り沙汰されるたびに思います。
「女性が妊娠すると、産科などで開催される母親教室はあるのに、何故両親のための、時代に合った子育て教室は無いのかなぁ?」って。
もちろん、現代のパパママさん達がしている子育てが全て間違っているとは思いませんが、本来可愛いはずの自分の子供に手を上げてしまう時の心理は、やはりその真面目さによる、歪んだ責任感から来る場合も多いのではないかと感じます。
親子に限らず、職場や学校などでもよく聞かれる強制や圧力は、お互いの信頼関係を壊しますし、相手を甘やかしに繋げるのだと言う事に気がついていない方もいらっしゃるのではないでしょうか。
強制された行動で成果を上げても、相手は自信を持つことが出来ません。
そして、失敗しても反省しません。自分の責任だとは思わないからです。
さらに、学習しません。上手くいっても自分で考えた結果だと思わないからです。
本当の教育とは、相手に「決定の自由」を与えて、自分で反省し、責任を取らせる事なのではないかと思います。
自己決定は、成長を促しますから、偉大な人物に育て上げる方法の1つなのではないかと思います。
親だけではなく、部下を教育される方や、先生と呼ばれる皆さんも、相手を信じて見守り、自分で決めさせるチャンスをたくさん与える勇気を持っていただきたいと願います。
相手の成長は、自分の満足感や成果を実感する充実感にも繋がりますから。
信じて、自由にして、見守る。
それが愛情なのではないかと感じます。