入院と空腹 | 昭和ノスタルジー、平成ミルフィーユ、令和スノーホワイト
救急車で、今度は藤沢○○○○病院に運ばれました。
私は、途中で気絶してしまい、その後のことはよく
覚えていません。 

今でも不思議なのですが、気絶→睡眠となった
ようです。そして、その長い睡眠から目覚めたら、
お腹や胸に痛いのが、治っていました。

なんで、痛くなったのか?なんで治ったのか?
謎です。

とにかく、1週間以上続いた痛みから解放されて
とても安心しました。

66年の人生で、一番辛かった時は?と聞かれ
たら、あのお腹が痛かった時と答えます。

とにかく、病気が治ってしまったので、私は
今すぐにでも、家に帰ろうと思いました。

ところが、時はちょうどゴールデンウイークで、
私の担当だった先生が長期休暇を取って
いるとか。

え~、退院できるのは、いつ?と看護師さんに
聞いても、私たちは、先生の許可が無いと、何も
出来ません、という答え。

おまけに、今度の病名は、腎臓で、水分制限を
すること、となっていました。

私は、ピンピンしているので、本当に参りました。

最初は、五分がゆに、軟菜という、分けの分か
らないもの。

お腹が空いて、困りました。水分も、お茶を100cc
しか貰えませんでした。

これでは、とても足りないので、私はトイレに行く
たびに、洗面所の水をガブガブ飲んでいました。

オシッコで、出るだけ。何が水分制限だ!

心配なのは、母が一度も面会に来てくれない
こと。

私ときたら、救急車に乗る前に、ひっつかんだ
クレジットカードが1枚と、タオル1枚、母が入れた
紙パンツが2枚。

時計も、眼鏡も無し。なんで、母が来ないのか、
不思議。

私は、看護師さんに泣きついて、普通のご飯に
してください、と言ったら、今度は軟飯という、
濡れたお米と軟菜。気持ちが悪い。腹も空く。

そこで、一番優しい男の看護師さんに、どうか
普通のご飯とおかずにして欲しいと、頼み
ました。

そうしたら、ご飯130gと、おかず。
まだ、腹が空く。
間食なしが、こんなに辛いものだなんて。

私は、どこも悪いところが無いのに、2週間、
入院するハメに。

5月6日には、絶対に先生から、退院の許可を
もらうぞ、と虎視眈々としていました。

続く

追伸
なんで、、お腹と胸が痛くなったのか、そして
治ったのか、未だに謎です。辛かった・・・。