※ 昨日の記事の補足です
なんであなたは神聖なんだからって慰めをしないかっていうところ
わかりにくいかなと思い、しつこく書き足してみます
神聖なのは真実の方です
でも、肝心なところは その真実じゃ無い方をいかに
どれだけしつこく、入念に信じてるかというところが通常見えないのです
なので、あなたは神聖ですよって言われるとホッとして気分が良いんですけど
それは 確かに自分の中の真実を覚えてる部分(聖霊)がそれを思い出して
呼応してるところもあるんだけど、すぐにエゴが出て来て
そうよね、私って神聖よね
って個人の私の神聖さを上からコーティングしちゃうのですよ
個人の私なんてものは無いので その辺から嘘っぱちになってきます
で、コーティングしきれなくなると、逆に自虐的な気持ちになっりするんですけど
コインの裏表でおんなじものですよね〜
全部が罪悪感が化けたものです
なので、一旦 コーティングの裏をめくって
妙な信念のところを覗き込むっていう 作業がとても大事になってくるのですけど
その為に正直なシェアをするわけです
それを打ち明ける事で、あれ こんなもん信じちゃってるよねっていう
ものを明るみに出してるのです
その蓋をするように
そんな事ないわよ〜 あなたは素晴らしくて神聖なのよ〜 って言うのは
今はやめようね って事なのです
コーティングをしちゃうと 裏っ側にべっとりじっとり密かに隠れた罪悪感は
いつまでも息を潜めてくっついたままで その上から
素敵な私をどんどんコーティングしちゃうので
罪悪感はますます見えづらくなり温存されちゃうのです
でもしっかり罪悪感を認めて感じ切っていくと暗雲が減り、
真実の神聖さとか愛とか爽やかさっていうのは 合間から少しずつ
感じられるようになってきます
そっちは不自然な素敵コーティングと違って自虐に裏返ったせず
永続性があるらしいです
※ 神聖 でピンと来ない方は 知識的、賢い、容姿が良い、能力が高い、財力がある
仕事出来るぜ 優しいわ とかで置き換えてみて下さい
要するに 他の人より自分の方がまだマシと思ってる何かですw
個人って言う幻を信じる為の強力な信念の元です
自分の方が酷いっていうのも裏返ったおんなじ物です (書いてて耳がイタイわ💦)
罪悪感を暴き見るコツとして わかりにくいかもしれないけど
コースをやってる方なら、 対 神 って見てみると 確かに罪悪感あるわ〜
っていうのが見えるかもしれません
例えば、
体の不調が嫌なのも 自分の体を信じちゃってるっていう神への罪悪感がうらに潜み
人への執着も ジャッジも その人の体を信じちゃってる神への罪悪感が裏にあり
お金の心配も お金っていう存在を信じちゃってる神への罪悪感が裏にあります
そういうのを見ていくと 確かに私たちは本当の事を実は知っていて
それを隠してるから後ろめたいんだなあ どうやら… と思うのですよね
