翌日の夜、ドゴール警部は豪雨の中、パリの路上に立ち尽くしていた。


閉店後のパン屋の前、店の主人と思われる男一人と女三人が額を銃で撃ちぬかれて殺され、地面に横たわっていた。


雨が被害者たちの髪を揺らす。


ー犯人(ホシ)がなぜいつも雨の日に犯行を行うのか。それは雨で証拠を消すためだ。痕跡ー。


 ピエールが息せき切って走って来た。


「どうやら閉店を待ち構えて狙った様です。目撃者の証言は黒髪の女にエア・スケーター。手口も同じで一連の同一犯と考えていいでしょう」


 西6.頭の中に浮かぶ。ドゴールは叫んだ。


「従業員名簿を探せ!西6出身の奴を全部引っ張って来い!」


 走り去るピエール。ドゴールは思っていた。空を見上げる。


なぜ殺す。なぜだ。なぜだ。早く教えてくれ。お前には俺たちにそれを知らせる義務がある。なぜだ。なぜだ。


ドゴールは雨に打たれ続けていた。パリの雨。それは果てしなく続く雨だった。

 翌日、ピエールとリロイはパリ西6のジュニア一貫校に出向いていた。


校長室のソファに座る。


「なぜうちの学校が候補に?」


校長は顎鬚をさすりながら尋ねた。


「被害者が全員ここの出身だからです。怨恨の線があると思いまして。集団でいじめなどはありませんでしたか」


「ではそのいじめになったターゲットが犯人の可能性があると?」


「そうです」


「月日が経ってますからね、今から20年近く前の話ではどうにも・・・」


ピエールは被害者たちの写真を全て校長に見せた。


「この時はあなたもまだ教員だった筈です。見覚えは」


校長は一枚の写真を手にした。


「これはイワン・シルバーですね、確か今は商社に勤めてると、彼も殺されたんですか」


「そうです。彼はどんな生徒でしたか」


「難しい生徒でしたね。誰彼無く暴れる奴でした」


「特にその時一番いじめられてたのは」


「そこまでは記憶にありませんね。叱ったのは覚えてます」


 初めてリロイが口を挟んだ。


「ですが殺人にまで至るという事はひどいいじめを受けていた生徒が何人もいたはずです。どうして止めなかったのですか」


「うちはご覧の通りマンモス校ですからね。そうそう細かいとこまで目は・・・」


「いじめられた生徒は今でも多分心に傷が残ってると思います。どうしていじめっこ達に罰を与えなかったのです」


「飲酒や喫煙なら罰しますが、子供同士の喧嘩では・・・」


リロイは右ひざに置いてあった拳を握り締めた。


 ピエールは帽子をかぶった。


「お手間を取らせてー。何かわかれば署までお願いします」


「無論です」


二人は握手を交わし、ピエールとリロイは外に出た。改めて校舎を見上げる。地獄の地。リロイは帽子を深くかぶり直した。

「一緒に寝て構わない?」


涙ぐんでいるレッド。


「もちろんだよ」


二人でベッドに入る。レッドはリロイの腕の中で呟いた。


「もしも今度生まれ変わって来るのなら、卵で生まれたいわ」


「卵?」


「人口の卵。カプセルのね。そしてそこで一生眠るの。ずっと眠り続けるの。親も要らない、学校にも行かなくていい、傷つかなくていい。そんな風に生まれたい」


 レッドは涙を拭った。リロイはそっと頭を撫でた。


「リロイは?」


「ん?」


「どんな風に生まれて来たい?」


 リロイはそっと呟いた。


「俺は・・・もう生まれて来たくないよ」


 俯いて、ずっと俯いて・・・


「リロイ」


 二人は抱きしめ合った。


「そうね、もう生まれて来たくないわね。もう絶対。絶対・・・!」


二人は泣きながら眠りについた。

 翌朝、僕がベッドで目を覚ますとレッドの姿は消えていた。枕の上にメモがあった。


『J'étais le meilleur』(最高だったわ)


横にキス・マーク。赤いレッド。僕は微笑みながらもう一度目を閉じた。



 レッドはコートの襟で顔を隠し、ダウンタウンの角の鉄筋の階段をそっと登った。古いフラット。レッドはそっと三回ノックした。


「レッド」


 リロイがそっと扉を開けた。レッドは滑り込んだ。


「ごめん、起こした?」


「夜勤明けだよ、今から寝る所だ」


「私はカフェをもらうわ」


「とうとう『西6』に手が回ったぞ」


 ポットを持つレッドの手が止まった。


「どこまで?」


「まだ明日から聞き込みだ。ジュニアとジュニア・ハイを回る」


 レッドは静かにカフェを飲んだ。まだ大丈夫だ。まだ、やり残した事がある。まだ大丈夫だ。


「リロイ」


 レッドは振り向いた。

 物凄い勢いの音で、ドアが開き、レッドが倒れて来た。僕は駆け寄り、レッドを抱き上げベッドの上に乗せた。真夜中、土砂降りの雨。


「・・・ドクトル?」


 しばらくしてレッドが目を覚ました。僕はデスクでカルテを書いていた。


「気がついた?」


「あたし、どうしたの」


「過呼吸ってやつかな。セルシンを打っといたから。僕のバスローブで悪いけど。君の服はもうすぐ乾くよ」


 そう言うとレッドは窓の外の雨を見て泣いた。


「何か飲むかい?カフェインは駄目だけど」


 僕は二人分の葡萄ジュースを注ぎ、窓辺でレッドと飲んだ。レッドはまだ泣き続けている。


「どうして泣いてるの」


「あたし、小心者だから」


「君が?強そうに見えるのに」


「一仕事終えた後は、」


 レッドはそう言って口をつぐんだ。


「ドクトル、貴方は強い人間?」


「どういう意味で強いって事?」


「喧嘩」


 僕は苦笑した。


「レスラーは倒せないけど、強くも無いし弱くも無い普通かな」


「あたしは弱いの。もっと強くなりたい」


「どうして?」


「どうしてって」


「それが君のいい所じゃないか」


「・・・ドクトル、世界中の人間が全部貴方みたいな人ならいいのに」


「僕にも欠点はあるさ」


「でも『秩序』と『品』があるわ。それがこの世で一番大事な事だから」


 レッドはそう言うと再び眠ってしまった。雨が振るとレッドが来る。それは僕の中でいつも確信になって行った。まるで雨に身を隠す様に。