「どうにもならん」

「いや、そうかもしれん」

(サミュエル・ベケット『ゴドーを待ちながら』)

 

小鳥遊桐恋を語るときにどこから語ったらよいのだろう。

ASTROMATEに夏に来て冬に去る。自らの生誕祭さえ待たず冬に去る。

曰く、「普通の女の子に戻ります」という、使い古された台詞。

 

仕事で、「新人 辞めさせない」と検索しようとしたら、早々と変換候補に「新人 辞めさせたい」とだけ出てきた。

世知辛い。

 

続ける理由を辞める理由が上回れば辞める、それだけだ。

真相は、学業との両立が難しかった、ということだ。

それ以上のことを僕らが知る必要もない。学生からアイドルに、小鳥遊桐恋になって、また学生に戻るだけだろう。小鳥遊桐恋から誰になるのかももちろんわからない。僕らが知る必要もない。

 

そもそも半年ももてば結構いい方だろう、失踪もしなかった、ちゃんとお別れをできる、それならよほどいいものだ。

それが地下というものだ。

1か月も前に発表して、主催の対バンを花道として仕立てあげてもらって。

幸福な卒業だ。幸福な。

 

ASTROMATEにとっては初めての後輩だった。

そこには佐藤はんながいた。

 

小鳥遊桐恋を語るのであれば佐藤はんなも一緒に振り返るのがいいだろう。

一目見て、大器だと思った。しばらくして、昏さがまとわりついている気がした。

そして、いつも小鳥遊桐恋と一緒だった。特典会、一緒に出てきて、一緒に暇をつぶし、しばらくすると、終わった後に一緒に出てきてチラシを配ったりしていた。

プライベートでもいつも一緒だった、ということではないようだ。どのくらい仲が良いのかはわからない。仲が良かろうとそうでなかろうと、たった二人の同期だった。お互いに、お互いしかいなかった。自然にお互いに頼った。

 

今年、佐藤はんなの目の色が変わった。前髪を梳いて、髪形を少しだけ変えて、前を向いた。そして、ステージ上での輝き方が変わった。

きっと小鳥遊桐恋から、辞める話を聞いたのだろう。

 

「私は負けず嫌いだから」

 

一人で立つしかないと決めたのだろう。私は続けると決めたのだろう。接触で暇をしていても、憂鬱そうな顔、どんよりと下を向く姿が見られなくなり、話していても、内容がすっかり変わった。プリミティブな貪欲さを見せている。僕はそういうものに弱いのだ。

そしてすぐにそういう貪欲さに慣れてしまう。貪欲で居続ける者に対しては、いつも新鮮な驚きを感じ尊敬のまなざしをもって見なければならないのだ。

 

この先、佐藤はんながASTROMATEに君臨するようなことになれば、或いはその佐藤はんなの覚醒への一里塚、ということで小鳥遊桐恋の名前は刻まれるのかもしれない。

そのような形でも、記憶に残るのはよいことだ。残らないよりはよほどよいことだ。

記憶から消え去るときが本当にそのアイドルがいなくなったときなのだと、これも使い古された台詞。

しかし小鳥遊桐恋は実際にASTROMATEに存在したのだ。

非公認カラー、オレンジ。ことりちゃん。「きゅり」と「きりこ」が重なることを避け、名付けられたニックネーム。

 

明るいうるさい奴、という触れ込みだった。望月が二人に増えるというイメージだった。もっとグラマーな望月が。それも触れ込みだった。

そんなにうるさそうには見えなかったが、馴染めば直にうるさくなるのだろう、そう思っていた。

 

夏に君に励まされ、夏に君に気付いてしまい。

成り行き上、責任をとることにした。勝手に。勝手に思っているだけだ、放っといてくれ。

それが僕が君の名をツイッターのプロフィールに書いた理由だ。

 

ただの女の子を祀り上げる。奉る。それが偶像崇拝でありアイドルだろう。

誰だって誰かのアイドルになりうる。君だって誰かのアイドルだ。それを奉る者が多かろうと少なかろうと、誰かがいればそれで立派なアイドルだ。

より多くの誰かの目に君が入っていればいい、アイドルとして映っていればいい。

お前らの目には小鳥遊桐恋が映っていたのか?

 

君とチェキをとることに1,500円を払い続けていたのだから、立派なアイドルだろう。僕にとっての立派なアイドルだ。

歌って踊って、客の相手をして。立派なアイドルだ。歌と踊りで、ASTROMATEにちゃんとついていった。この腕利きたちについていくのだから全くのポンコツではないだろうし、スキルとしてはある程度どこのアイドルでもやれるだろう。

 

おおよそ詰まらぬ話ばかりをした。

君に後ろを向かせたのは僕かもしれない。前を向けともそうは言わなかった。自然体で行こうよ、そんなことばかりを言っていた気がする。勿論抽象化している。

お互いに、つぎはぎから覗く地を見せ合いながら苦笑いを浮かべてばかりいた。僕もこれはなんなのだろうと思っていたし、君だってこれはなんなのだろうと思っていたのだろう。

不満だったか?僕としては、思い返せばそれすらほのかな甘みも感じないこともないが、君はどう思っていたのだろうね。

 

そんなふうにして半年が経ち、辞めて普通の女の子に戻ることを決めたわけだ。

歌わなくても踊らなくてもいい。稼ぎのいいバイトもできて、友人といつでも遊べる。そういう年になれば、或いはならなくても、愚痴の酒ではなく明日の酒を呑むのだろう。人生のモラトリアムを過ごしながら。楽しめよ、学生。

そうしてスポットライトが恋しくなったら、また帰ってくればいい。今時、地下アイドルになら簡単になれる。誰だってなれる。そして誰だって奉られるのだ。

 

しにたいくらいにあこがれた、わけではないとしても、あこがれたアイドルに曲がりなりにもなれた。その事実だけで悪くはなかろう。

君にとってのアイドルがどんなものだったとしても、君はアイドルだった、その事実をもってこの先を過ごせることは、悪くはなかろう、いいネタにもなろう。今時、アイドルだった女の子など、ありふれている気もするが。

そういえば未だにそういう一般人と巡り合わない。そろそろ巡り合ってもいい気がするのだが。弊社を受けないかい?

 

アイドルとはなんなのか。

小鳥遊桐恋はアイドルだった。誰かのアイドルでもあったし、僕のアイドルでもあった。

懐いてくれるアイドルが辞めていくのはかなしい。懐いてくれるのはかわいいものだ。それを失うのはかなしいものだ。それだけのことだ。

 

スワンソング。

2月26日、19時、渋谷RUIDO K2、ASTROMATE主催公演、PLANETARIUM~Alpherg~。

まあ、君の人生はこれからも続くのだが。

 

「ゴドーさんが、今晩は来られないけれど、あしたは必ず行くからって言うようにって」

 

「どこへ行こう?」

「その辺まで」

「いやいや、ずっと遠くへ行っちまおう」

「だめだ」

「なぜさ?」

「またあした来なくちゃ」

「なんのために?」

「ゴドーを待ちに」

「ああそうか」