僕は彼女を2度しか見たことがない。
どちらも僕がちょっと難しい時だ。悪戯なものだと思う。
だから悪戯な短い文章を書く。
最初に謝々謝という、ふざけた名前の人を生で見たのは2月だ。
僕は名古屋から東京へ帰っていた。別のところへ行くはずだった。
名古屋のバスターミナルで、事の顛末を聞き、それからふざけた名前の人のことを聞き、酒を呑んで、呑んで、呑んでからその人の、LAST IN MY CULTのデビューライブを見に行った。
知っていたような気がするが気のせいだろう。
ごった返す人の中、パンクロックが鳴っていて、その中で派手な彼女が歌っていた。そして僕等は彼女を指さしながら、おしくらまんじゅうをしながら、僕はその中でどこか懐かしくなりながら、揺られていた。きっと彼女も知っている、あの懐かしい揺りかご。
彼女に事の顛末を伝え、それから発破をかけていた。彼女はカラカラと笑っていた。
希望に満ち溢れていたように見えた。それが結局どれほどの希望だったのか、また、彼女がどれほどの希望と思っていたのか、わからない。
結局結構ハードラックだった。
「また」ハードラックだった?そんなものは知らない。
「だった」?まだ半年しか経っていない。しかも僕は丹念に彼女を追っていたわけでもない。ツイッターではフォローくらいはしていた。ほとんど絡んだことはない。TLで流し見する程度で、何か目立ったことがなければそのまま流して記憶にも残らない、その程度の関わりだ。
彼女を語ることなどできやしない。
少なくともリプはそんなにしていない(これすらも、「そんなに」なのか、「全く」なのか、はたまた僕のイメージと違って「リプをしている」なのかすらわからない)ようだった。
謝々謝のツイッターだった。派手に装った外見は、彼女の趣味にはあっているような気がした。実際、今は少しは生きやすいのだろう。
「今は」?
半年後、ASTROMATEと対バンで重なった、だから見る機会があった。
特別な感慨など、特になかった。ただ、そうでなければ僕が見に行く機会がない、それだけのことだ。
メンバーが3人になっていた。ハードラックだな、あらためて眼前にした。
ライブ前に彼女のヲタクと呑んでいた。
新メンバーが入るらしいと聞いた。
正直、新メンバーの必要があるのかなと思うんすよね、今の3人、めちゃくちゃバランス良いんすよ、最高なんすよ。
酔うでもなく、ほとんど素面に近い状態で、それでも熱く語っていた。
言ってしまえばそこまで僕の趣味に近いグループではないから、そんなに楽しみにもしていなくて、しかしこの日僕がここにいたのは、彼女がいる、彼女が見られる、半年ぶりに見られる、ということもまた大きかった。
疲れるんだろうな、と思っていた。おしくらまんじゅうの記憶が蘇った。
そこまで人はいなくて、まあ最初見た時と違って主催でもなく、定期的に主催?単独?公演もやっているようだから、それはそうなのだろう、おしくらまんじゅうになることもなかった。
指さしたり、前に集まったり、サークルモッシュをしたり、リフトしたり、をしていた。あの時に比べれば、軽い運動のようなもの。
確かに3人だった。ハードラックだった。
楽しそうにはやっていた。すっかり金髪でちりちりになった髪の毛、カラコンで作ったオッドアイ。
そんなにたくさんのヲタクがいたわけでもなかった(かといって数人、というのでもなかった)が、みんな楽しそうにやっていた。ステージ見て、動いて、彼女たちを見て、叫んで、踊って、跳ねて、走って、楽しそうだった。
特典会にも行った。サイン付きのチェキを一度だけ。
またね、ちょっと難しくてね。なんだよ、仲良くしなよー。
あとは彼女の話をした。
(最近、どうだい)
俗な問いかけ。
(なかなかハードラックじゃないか)
少しは分かっているんだよとだけ伝えた。
難しいことはあるけれど、いい仲間とやれているから、好きな音楽をやれているから、と。そう言っていた。
それが本心だったのかどうか、僕にはもちろんわからない。
趣向からして、好きな音楽というのは嘘ではないと思うし、少なくともつまらなそうなツラも辛そうなツラもしていなかった。だから十分ここで戦えているのだと思うけれど、まあわからない。
この会話だけで彼女がいまどうなのか、そんなことがわかるほどには、僕は彼女を見ていない。
ただ、半年で2度、彼女のライブを見て、接触した、それだけのことだ。
謝々謝、という名前である。
適当につけたのだろうが、僕には祈りに聞こえる。
謝々、謝々。日々にそう言えるような、感謝できるような、そんな時間が過ごせますように。やりたいことをやって、ここで充実できますように。
地下と言うのが正しいか、地底と言うのが正しいか。
この業界で、充実できる人、本当に感謝するような日々を過ごせる人はそこまではいないような気がする。しかし、そういう日々が過ごせないとも限らない。
多少の運と、自らのマインドさえあれば、そのくらいの日々は過ごせる気はしないでもない。決して客観的に見て幸せでないとしても、主観的な幸せくらいは少しなら、掴めそうな気がする。
ASTROMATEのお姉さん(年齢は非公開だ)2人とのスリーショットをツイッターに載せていた。2人も、載せていた。
謝々、謝々。
狭い世界だから、そうやって交錯する日がある。ASTROMATEはASTROMATEで、LAST IN MY CULTは、LAST IN MY CULTだ。
暗闇から抜け出た彼女は黒く金色に今日も自分の好きな音楽を歌っていく。願わくば、世界に感謝しながらであってほしい。歌で世界を…?
そして世界を挑発する。持って生まれた気性だ。
僕の道が彼女の道と交差することはもうないとしても、たまに寄り道した時には幸せに歌っていてほしい。
それは願望だ。積極的にかかわらなくても、幸せを願う人など何人もいる。この業界にだって、何人もいる。僕にとってのその一人が謝々謝である。それだけのことだ。
彼女に次に会う機会があるとしたら、その時にまた僕はちょっと難しいのだろうか。
それは勘弁だな。なら、会わない方がいいかもな。
謝々。再見。