誰かに憧れられるようになったら、アイドルとしては上出来なのだと思う。
2007年4月8日。
僕は抽選は当たらないタイプの人間だ。ついでに言うなら、何かがかかった時のじゃんけんにはめっぽう弱い。
この日も僕は当たらなかった。
東京、秋葉原、AKB48劇場。
AKB48、初代チームB初日。
僕は当たっていなかった。
今でも「ロビ観」というのだろうか。当時は「カフェ観」だった。劇場に入る前のスペースは、ロビーではなくカフェと呼ばれていた。そこにつりさげられたいくつかの液晶モニター。そこにはその扉の向こうの様子が映されていた。
初日から見ているんだぞ、ということはできなくはない。しかし、公演の様子はいまとなっては記憶がないし、その後、カフェ観組も含めて、チームBの面々と握手をする(いわゆる「全握」というやつである)のだが、そこでも覚えているのは、多田愛佳のあまりにも幼い、たしかランドセルでも背負っていたのではないだろうか、いや、背負ってないにしても、そのような突き抜けた幼さ、それだけだ。
渡辺麻友はすぐに休養に入った。なんでも、「電車で寝ていて、その時枕にしていた腕を痛めて」そんな理由で。
チワワと言われ、CGと言われ、しかしエースへの階段を駆け上り、押しも押されもせぬ存在となり、そして「アイドル」というものをその身をして示す、そんな存在へとなった。
まあ、最初の3年以外はろくに見ていないから、立派になったまゆゆは肌感覚としては知らないのだが。
たくさんの人に憧れられただろう。
そして何人もの女の子が、彼女に憧れ、彼女みたいになりたくて、アイドルを志したことだろう。
どれだけの人が、彼女みたいになれただろう。
柚木音々もその一人だった。
憧れて、なってみたくて、運命の歯車がかみ合って、あるいはかみ合わぬまま軋んで、柚木音々は柚木音々となった。
初期からASTROMATEを知っている方であれば、誰もが知っているであろう、このエピソード。
多彩な輝きを放つ6つの新星が重なり合う、 “明日誰かに教えたくなる”ロックアイドル。-JUNGLE☆LIFE
オーディションで歌えず、帰ってしまった少女。
彼女をアイドルへとのし上げたそのセンスは褒められるべきであると思うが、その選択は果たして彼女にとって幸せであったかどうか。
彼女はいわゆる入口であったと思う。
彼女はそれを嫌がった。
しかし、そこに立っているだけで人を惹きつけられる、そんな天性のものがあった。
もともとダンスも歌も未経験、猛者がそろったASTROMATEの中ではパフォーマンス面ではやはり一歩譲るものがあった。そんなものを補って余りある、天性のものがあった。
Never Endの2Aメロ、そんじゃまたね、彼女は手を振るだけでよかった。逆に手を振るだけでいいキャラだった。
そのような面で彼女は悩んだことがあったのだろうか。ついて行けない、そんな悩みはあったとしても、この方向でアピールしようとは思わなかったはずだ。
彼女がなりたかったのは鍵括弧つきの「アイドル」だ。
正統派のアイドル。渡辺麻友が殉じた、アイドル。
必要なのは歌唱力でもダンスでもなく、かといってそれらを否定することでもなく、すべてを肯定しそれに向けて「努力」することで、清く正しくマイナスすらプラスを引き立たせるスパイスと変えて、一心不乱に邁進する、アイドル。
どこまでその思いが強かったのかはわからない。
たぶん、そんなでもなかったのだとは思う。
なんとなく受けたのだと思う。
なんとなく受けて、そのためになんとなく準備して、間違っていたとわかって、つくろって、つくろいきれなくて、そのままあるがままにふるまってみたら、なぜか受かってしまって。
今時、少しくらい可愛い女の子ならば、地下アイドル程度にはすぐになれる。
本当に賢い可愛い女の子ならば、地下アイドルになどならないのかもしれない。人生、もっとイージーに過ごす手段があるのだと思う。
渡辺麻友を夢見ながら、アイドルを始めてしまった。
一番最初を振り返って、彼女に言われた。
「説教おじさんだなと、嫌だなと思った」と。
最初の全握で、もうちょっと握手はぎゅっと握った方がいいよと、そんなことを僕は言っていたらしく、それを彼女はいやだなあと思っていたらしく。
すこし慣れれば、彼女はとてもストレートだった。
人見知りはとてもする人で、地下アイドルにはよくある、ほかのヲタクへのビラ配りなんてのも、初めは全然やろうともしなくて。
ほかの子がやり始める中で、ねねも行っておいで、ついていけ、なんていうと、ただでさえまん丸な目をさらにまん丸くさせながら首を横に振って、断固拒否といった姿勢で。
今はそれもさすがに一人で進んではやらないまでも、ちゃんとほかの子と一緒にならやるから、人は変わるものだと思う。
優しい子だった。素直な子でもあった。素直すぎる子だった。
8月、大阪。
ストレートな物言いを(上記の僕に対しての感想も、それなりにストレートなものだと思うが)初めて聞いたのがこの時だった。
内容は伏せる。
ただし、彼女を本当に追いかけてきた、少なくとも推してきた、という人であれば、1度や2度、彼女の奔放で正直な物言いを聞いたこともあるだろう。
それで僕は彼女が気になってしまった。
極めて平凡(って言っちゃ失礼だけれど)な感覚を持っていて、それを僕らにその通りに伝えてくれる、そしてその実は本当のアイドルに憧れている、そんな子だった。
この世にはたくさんそんな子はいるのかもしれない。そのうち、アイドルになる子はそんなにいなくて、そのうちの一人なのかもしれない。