「病状経過イメージ」を描くのが、緩和ケアの始まり… | 卵巣がんになった`zaki‘の空間遊泳

卵巣がんになった`zaki‘の空間遊泳

2006年秋「悪性卵巣腫瘍の疑い」と告げられ、治療→再発転移を幾度も繰り返す。
◆受けた治療:手術4回・化学療法5ライン・放射線1回・がんカテーテル治療15回
◆現在: リムパーザ錠服用中
♫ 卵巣がんと長~くお付き合いしている、現役患者です。

本日は第2回目の記事の紹介です。

ー患者の最期にどう向き合う(2)重症心不全ー

緩和ケア=がん患者の末期 と言うイメージを持たれる方が多いですが、それ以外の病気でも「最期を迎える準備をしなければならない」方々も大勢います。

末期心不全患者さんたちが最も苦しいのは「呼吸苦」

入退院を繰り返す重症心不全に至ると、その他に倦怠感、疼痛、うつ病、鎮痛剤による副作用に悩まされるという最期を過ごす方が多いです。

今回は「日本循環器学会」の取り組んでいる「緩和ケア」の一部を紹介していきます。


          ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚


心不全をはじめとする慢性疾患においても、最期を迎える患者の人生を支えようとする医療の試みが広がっている。

入退院を繰り返す重症心不全に至る前から、末期の医療をイメージする「アドバンス・ケア・プランニング」の実践がその1つだ。

-------------------------------------------------------------------

「最も良い経過を望みながら、最も悪い状態の準備をするという治療の二面性の説明が必要」と兵庫県立姫路循環器病センターの大石醒悟氏。

 「当院での取り組みは、末期心不全患者の呼吸苦の緩和について悩み、対応を模索するところから始まった」。こう振り返るのは、2011年に多職種からなるチームで緩和ケアに取り組み始めた兵庫県立姫路循環器病センター循環器内科の大石醒悟氏だ



苦痛を除く治療を求める
 

患者は50歳代の女性。主訴は呼吸困難感。30歳ごろに心機能低下を指摘されたが、それ以降、加療歴はない。2010年秋口から呼吸困難感の進行を認め、同年末には、うっ血性心不全の診断で入院した。左室駆出率(LVEF)20%の心筋障害を伴う重症拡張型心筋症であり、心機能は高度に低下していた。社会背景に目を向けると、独り暮らしで、2人の娘とは別居。長女は医療事務、次女は元看護師という背景だった。

 入院後は、重症心不全のため各種薬物療法を試行したが効果は乏しく、心移植の登録を検討するに至った。一方で、本人と娘に終末期であることを丁寧かつ十分に説明したところ、最終的に患者は「苦痛、呼吸苦などを取り除く治療」を望んだという。

 第21病日に一般病棟へ転棟。終末期は、(1)精神科リエゾンナースの介入、(2)2カ月間の小康状態(この間、強心薬を持続投与)、(3)再度、死期が近いことを本人、家族に説明、(4)モルヒネの持続静注開始とたどり、最期は徐脈から心停止に至った。


この事例の経験を通じ大石氏らは、終末期医療、特に麻薬などの使用については、医療側の基本的な知識が圧倒的に不足していると痛感した。

 4年近くの経験で大石氏は、「心不全の緩和ケアは、単なる症状緩和でなく、疾患の経過を末期に至る前から説明し、患者本人の意思を尊重した早期からの支持療法を導入していくというアドバンス・ケア・プランニング(ACP)へと進化してきた」と話す。

 ACPは癌を中心とする緩和ケアの実践の中から生まれてきたもの。終末期に向けたプロセスで、(1)将来に向けてケアを計画する、(2)患者の不安、気掛かり、価値観を引き出す、(3)個々の治療の選択だけでなく、全体的な目標を立てる、(4)目標、決定を共有する、(5)家族を含めて話し合いの機会を持つ、(6)リビング・ウィル(事前指示書)を含む事前意思を確認する─の各項目から構成される。



大石氏らがACPの実践において重視するのが、心不全の病状経過イメージ(図3)を患者と共有することだ。診察時に患者にイメージを提示し、心不全の病態を解説するとともに、目の前の患者の病状が今どの地点にあるのかを説明した上で、今後の治療方針を確認する。時間経過とともに病気がどのような経緯をたどって、やがて死に至るのかを理解してもらうのがACPの第一歩となるからだ。

             


例えば、患者が最期からほど遠い地点にある場合は、心不全のリスクを下げる指導に重点を置き、逆に入退院を繰り返すような重症心不全の手前まで来ている患者には、今後の治療方針について家族を含めた話し合いの機会を持つよう提案する--という具合に活用する。

大石氏らが心不全緩和ケアを実践する際に参考としているのが、日本循環器学会の「循環器疾患における末期医療に関する提言」(2010年)や米国心臓協会(AHA)の声明「進行した心不全における意思決定」(2012年)、および翌2013年に発表された米国心臓病学会財団(ACCF)とAHAの心不全ガイドラインだ。

 ガイドラインでは、心不全のステージを軽症から重症まで、AからDまでの4段階に分け、それぞれのステージに応じた推奨治療を提示している。重症心不全であるステージDには、緩和ケアやホスピスが含まれる。これらを指針に大石氏らは、患者の心不全のステージを判断し、治療方針を決めている。前述した病状経過イメージで、どの地点にいるかの根拠ともなる。

 心不全のステージDに近づいているという判断に至った場合、緩和ケアへの具体的な移行を検討する。ここで重要になるのは、患者の意思決定をどのように支援していくかだ。


大石氏らは、ACPの考え方の1つの柱となっている事前指示書は、今のところ取ってはいない。日々の診療の中で、患者とチームとのコミュニケーションを通して患者の意思を確認することを優先したいからだ。

 緩和ケアの意思決定支援で活用しているのがSTAS-J(Support TeamAssessment Schedule日本語版、緩和医療提供体制の拡充に関する研究班)だ。「痛みのコントロール」「症状が患者に及ぼす影響」「患者の不安」「患者・家族に対する医療専門職とのコミュニケーション」などの9項目について、医師や看護師らが患者の状態を評価するものだ。

モルヒネ導入は18例
 緩和ケアの意思表示がされた場合は、支持療法への移行を検討する。院内の倫理委員会の了承を得た適格基準に照らし、選択基準に当てはまる患者については、モルヒネの追加投与を行う。

 緩和ケアの重要な側面である症状緩和のための治療選択肢は、呼吸苦、倦怠感、疼痛、うつ病、悪心・嘔吐、便秘、口腔乾燥、皮膚トラブルなどの症状別に定めている。個々の治療では、例えばオピオイド使用については、内服投与、持続静注ごとにプロトコルを決めている(表3)。




24時間365日の看取りに挑戦

今後の課題は、在宅で療養する心不全患者への対応だ。心不全患者は高齢化の進展に伴って急増していく。病院だけでは到底、対応できないのは自明の理だ。

 ではどうすべきか。24時間365日の訪問診療を展開するクリニックに1つの回答がある。

 ここに在宅で母親を看取った家族からの手紙がある。都内で24時間365日の在宅看取りに挑戦するゆみのハートクリニック(東京都)の院長である弓野大氏が受け取ったものだ。

「2月のある朝、母は私たち家族に見守られながら亡くなりました。(中略)28日間の看護や介護はつらくはありませんでした。在宅訪問診療を決意してよかったのは、入院生活と同じサービスが受けられたこと、弓野先生とはいつでも連絡が取れ、何かあったときはすぐに駆けつけてくださったこと、そして母の苦痛を和らげるだけでなく、毎日のように電話で私たち家族を励まし、いつでもアドバイスをしてくださったことでした」。



弓野氏が「心不全の患者さんを在宅で診る時代にしたい」と開業したのが2012年。東京都23区の、主に外来通院ができない重症心不全患者を対象に、大学病院や総合病院と連携しながら、早期退院支援や増悪予防、急性期治療や看取りまでを実践している。在宅部門の患者数は年々増え、開院1年で、延べ200人を超えている。その70%が心不全患者だ。

 クリニックは外来部門と在宅部門に分かれる。陣容は、弓野氏を含む常勤医師2人、非常勤医師13人をはじめ、ソーシャルワーカー、訪問診療コーディネーター、看護師ら総勢50人を超える。このうち訪問診療の開始時に様々な説明を患者に行うのがソーシャルワーカーだ。原則、最初の面談時にリビング・ウィル調査票(図4)を手渡しているが、提出期限は設けず、あくまでも任意提出としている。最期へ向けた自らの希望を考えるきっかけにしてもらうことに主眼があるからだ。

<リビング・ウィル調査票>


回収率は50%ほどで、提出した人に限れば、最期を迎えたいと考える場所は、全て希望通りになっている。




*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆


実は先月、父に1期の大腸がんが見つかりました。

がんそのものはごく初期なのですが、ポリープが大きくなっているので「開腹手術」が必要との事。

父は85才。数年前に脳梗塞で病院に運ばれましたが、発見が早かったので点滴治療だけで元気に帰宅しています。

今まで何度も入院しても、元通り元気になって帰ってきた父は「また手術をすれば元気に戻る」と、少し軽く考えていたようです。

あ・ま・い‼️

がん患者の先輩(?)として、キッパリ父に話しました。

「おへその上から、ばっさり30cm位切られるんだからね。
退院してからシッカリ歩けるまで、1ケ月以上かかるよ。

その間誰に面倒見てもらうの❓お母さんは無理でしょう❓

もしかしたら、車の運転も出来なくなるかもよ!

最悪、半分寝たきり状態になる可能性があるんだからね~!」

…少々(❓)オーバーに話しました。

というのも、父のワガママな性格+年齢からみて

どれだけ家族に負担がかかるか、予想できてしまうからです。


「手術受けないで、"元気で過ごせるところまで生きる"って道もあるんだよー。

私なら、そうするかもね。がんで苦しくなるまでには、時間かかるよ~。

“元気でコロリ"がいいって、いつも言ってたじゃないの」


とムスメが話しても、耳を傾けることなく… <リビング・ウィル調査票>を見せてあげたら

ヘソを曲げた様子です(笑)


まあ、癌の疑いがあると検診に引っ掛かるだけで「お先真っ暗」になるのが普通でしょうね~。

分かっていても、今まで父が無意識に発していた言葉に傷ついてきた私にとっては、

この期に"積もり積もった”不満をチョットだけ晴らさせて頂きました(親不孝なムスメでーす)


明日は父と病院に行って、手術の日取りや検査のスケジュールを決めて来ます。

術後は、二番目の姉が付き添う予定です → 私は体力的にも精神的にもムリですので。

きっと喧嘩の日々になるので、遠慮します。

「思い通りにいかないのが人生」

と有名な作家の誰かが書いた文章が心に染みる、晩秋の日々を過ごしていました。


…がんと365日一緒に暮らしている私って? ナニ者?…

って考え、ニヤッと笑って布団にもぐります。


栃木は、寒いです(涙)