
- ワイドレンズ: 成功できなかったイノベーションの死角/東洋経済新報社

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ぼくの評価







(エコシステム。それはイノベーションが持つ潜在力を最大限に引き出すもの)
イノベーションにおけるエコシステム。
市場が成熟し、製品単体でのイノベーションがより難しくなっている現代において、一度成功させたイノベーションを最大限に活かし、さらなる成長への鍵を握るのがエコシステムである。
世界には高いポテンシャルを秘めたイノベーションの種が実はいくつも存在し、しかしそれが日の目を見ずに眠っていることが往々にして存在する。
そのポテンシャルの高さに魅了された数々の企業が挑戦し失敗を重ねつつも、時間をかけて技術革新が進み、やがて大きな市場へと成長していく歴史が本書では描かれている。
エコシステムの成功と失敗を実例に基づいて検証し、機能するエコシステムの特徴やその根拠を図解を用いて論理的に解き明かしていく。
本書はエコシステムのリーダーになるべく書かれた書物と思われがちだが、必ずしもそうではない。
エコシステムに加わるフォロワーとなる企業も参考になる内容だ。
本書で紹介されている事例を紹介しよう。
ミシュランPAXシステム
1990~2000年代のモバイルネットワーク
マイクロソフトOffice2007
デジタル映画
電子書籍
吸入インスリン
電子カルテ
ポータブル音楽プレーヤー
電気自動車
M-PESA(ケニアのモバイル決済システムの先駆者)
アップル
本書では頻繁に登場する2つの用語がある。
コーイノベーションリスク
自身のイノベーションの成功は、他社のイノベーションの成功にかかっているというリスク
アダプションチェーンリスク
エンドユーザーが提供価値全体を評価する前に、エンドユーザーへの価値提供に関わるパートナーがリスクを受け入れるというリスク
イノベーションを可能にし、エコシステムを構築するイノベーター(エコシステムを構築するリーダー)はエコシステムの重要性とその課題を深く理解している必要がある。
近年最も成功したエコシステムと本書のエコシステムの解説を元に考えていこう。
そう、アップルである。
iPhone登場当時、決してiPhoneは他社をしのぐようなスペックではなかったという。
さらにはスマートフォン、いやハイスペック携帯電話とも呼べる市場はiPhone以前から存在し、iPhoneはかなり後発といえるポジションだった。
確かにiPhoneの設計は素晴らしく、マルチタッチスクリーン・インターフェイス、革新的な加速度計、フル・ウェブブラウザ、グーグルマップやYouTubeなどの目新しいアプリケーションが搭載されていた。
しかし、競合よりだいぶ劣っていた部分もたくさんあったという。
平均以下の画質の静止画カメラ、ビデオは録画できないし、なにより3Gが登場して6年が経っていたにも関わらず、2G回線を利用していたのである。
それでもiPhoneが成功したのはなぜだろう。
本書によるとエコシステムは必ずしも先行優位性が働くわけではなく、むしろ様々な課題を抱えながら成長していくのだという。
一般的にはiPhoneがスマートフォンという分野を切り開き、英雄のように市場を席巻していったように映っているが、実は参入が遅かったのである。
ジョブズはすべての準備が整うまで待ち、遅く参入する傾向があるという。
2008年の技術の波をキャッチしながら彼はこう言っている。
「物事は、知っての通りゆっくりと起こる。この技術の波は発生する前に見ることができ、そして、どの波でサーフィンするかを賢明に選択する必要がある。愚かな選択をした場合、多くのエネルギーを無駄にすることになる。しかし、賢明な選択をした場合、実際にかなりゆっくりと展開する。これは何年もかかる」
ジョブズが構築したアップルのエコシステムが出発したのはiPodからであった。
登場当時のiPodはMac専用のアプリケーションを搭載した製品として登場し、段階的拡張を経て、市場を席巻していった。
世界初のMP3プレーヤーが生まれたのは1998年、韓国のセハンメディアが開発したエムピーマンだという。
エムピーマン登場直後からスタートアップを含む様々な企業が市場に参入し、2000年にはソニーとサムスンも市場に参入する。
アップルが参入したのは2001年、実に3年後のことであった。
まったく先行者ではなかった。
参入の遅れにも関わらず、iPodが成功したことをどう理解すればいいのか?
1997年に暫定CEOとしてアップルに戻ったジョブズは、会社の成長のために新しい道を切り開くことが必要とされていたにもかかわらず、MP3ブームに乗ることを拒否したという。
1998年にエムピーマンその他同種類のものが発売されたが、彼は参入しなかった。
1999年にナップスター(違法)が登場し、世界中に膨大な無料のMP3コンテンツカタログを解放したが、ジョブズは依然行動しなかった。
そして2000年、ジョブズはついにMP3プレーヤーの開発を開始すると発表する。
2001年にはネットバブルが崩壊し、MP3プレーヤー市場が減速していると悲壮感が漂う。
ジョブズが参入したのはそんな悲惨な時だった。
彼はなにを待っていたのだろうか。なにを知っていたのだろうか。
ジョブズは自分自身でMP3プレーヤーが使えないことを理解していたという。
デバイスに価値をつけるためにはMP3プレーヤーエコシステムの他に、まず複数のコーイノベーターの存在が必要であることを理解していた。
ブロードバンドである。
2001年ついにiPodを発表したとき、すでに準備は整っていた。
アップルは待ちに待っていたのだ。
そしてついに勝利のイノベーションを創造したのだった。
だが、MP3プレーヤーが抱えるコーイノベーションリスクはブロードバンドだけではないという。
そのひとつに挙げられるのが当時からMacに標準装備されていたFireWireであった。
iPodが成功した条件。
それは、
PCに曲を高速に取り込むブロードバンド。
取り込んだ曲をiPodに高速に転送するFireWire。
そしてそれら楽曲を管理するシンプルで革新的なiTunesである。
しかしまだ課題はある。
2003年、アップルはその課題を解決する策を講じる。
iTunesStoreである。
MP3プレーヤー市場は正当にMP3楽曲を取得する表立った方法がなかった。
ナップスターの例もあり、レコード会社がデジタルで楽曲を販売することを相当ためらっていた。
しかしリッピングやナップスターのような裏の流通経路が拡大し、デジタルで音楽を手に入れることは当たり前になりつつあり無視できない状況になりつつあるのも事実だった。
レコード会社はついに折れたのだ。
iPodがここまで成功した理由は、その参入のタイミングだけではない。
段階的拡張も重要な鍵を握る。
2002年にはWindows用のiPodを販売。
(このときはFireWire対応のWindowsのみ)
そしてiTunesStoreを開設した直後、アップルはFireWireの他にUSBケーブルとも互換性のあるiPodをリリースする。
これがキッカケとなり、2004年から2005年にiPodは616%もの成長を遂げている。
MP3プレーヤー市場のように成功すれば膨大な利益をもたらすことが約束される市場は、どの企業にとっても喉から手が出るほど欲しい市場だろう。
しかしその数ある企業の中でアップルが成功した理由を紐解くには、本書に図解とともに記載されているエコシステムの価値設計図を理解することが重要だ。
エコシステムを成功させるためには、それに関わるアダプションチェーンの価値設計図を明らかにすることが先決だという。
iPodを例にとれば、
高速で曲をダウンロードできるブロードバンド環境
PCから曲を高速に転送できるFireWire
楽曲をシンプルに簡単に管理できるソフトウェアであるiTunes
楽曲を公式にダウンロードできるiTunesStore
である。
アダプションチェーンリスクを考える場合、自社だけでは解決できない状況を明らかにする必要がある。
ブロードバンド、iTunesStoreである。
ブロードバンド環境は各地域や国の状況によるし、iTunesStoreを開設するにはレコード会社の同意が必要だ。
ジョブズが遅く参入していたのは、これらの環境が整うのを待っていたのだ。
(この場合はブロードバンドのみ)
iPodの成功は確かにすごいのだが、ジョブズ率いるアップルの真価はここから先にある。
iPhoneとiPadである。
特にiPhoneを成功させることはアップルの将来を左右するほど重要なものであった。
マルチタッチディスプレイ技術を開発し、iPadを開発したアップルがその技術を応用しiPhoneを先に世に出したことからも、いかにiPhoneを重視していたかがわかる。
携帯電話市場はMP3プレーヤー市場に比べて10倍も大きなマーケットであり、PCの出荷数の4倍もある市場である。
その分iPodのように市場を掌握するには参入障壁や成功する確率も同じく何倍も難しいマーケットだった。
しかしiPhoneは成功した。
成功した鍵はなんだろう。
本書にこんな記述がある。
-本書192P1行目より-
エコシステムにおいて勝利するためには、実行レースに勝つだけでは十分ではない。それぞれのパートナーの間をつなぐネットワークを作り、パートナーが自分の役割を果たし、お互いに協力して他のパートナーと共同で利益を生み出していかなくてはならない。どのようにしてこのシステムを構築するべきだろうか?
ほとんどの場合、答えは徐々にだ。エコシステムを構築するには、時間と方向性の両方を必要とする。エレガントな建物を建設するのと同じように、エコシステムの戦略は、価値創造に必要な要素すべてが入った設計図が必要だ。さらに、全体像をどの順序で構築するかの明確な計画もなくてはならない。
製品イノベーションの世界での標準的な開発の順序は、プロトタイプ(価値提案の開発段階のアイデア)、実験(最終的な機能をすべて備えた解決策の小規模でのテスト)、展開(フルスケールで完全な価値を提供)の順に遷移する。このアプローチは、提供する製品を自身でコントロールできる独立したイノベーションに適している。
しかし、何度も見たとおり、エコシステムを巻き込んだイノベーションの世界では、しばしば異なるアプローチが必要とされる。ここでの課題は、価値を提供するために、複数のパートナーの合意と調整とコミットを必要とすることである。本章では、大規模展開につながるもう1つの道筋を考える。その道筋は成功するエコシステムを順序良く構築するための3つの原則からなる。
①最小限の要素によるエコシステム(MVE:Minimum Viable Ecosystem)・・・ユニークで商業的な価値を創造できる最小限の要素を組み合わせる。
②段階的な拡張・・・すでにあるMVEのシステムから利益を得ることができる新たな要素を付け加え、価値創造の可能性を増加させる。
③エコシステムの継承と活用・・・1つのエコシステムの成功要素を活用して、次のエコシステムを構築する。
②の段階的拡張の重要性はiPodの成功で見てきた。
本書206Pから展開される「21世紀におけるアップルの成功」は一読すべき内容だ。
先にも述べたが、iPhoneが成功した最大の要因はマルチタッチスクリーン・インターフェイス、革新的な加速度計、フル・ウェブブラウザ、目新しいアプリケーション郡だけではない。
もちろんそれらのテクノロジーも重要な役割を担っているのは確かだ。
しかし最も重視すべきはiPodの成功を継承したエコシステムの活用にあるという。
これまでにiTunesで構築した楽曲やプレイリストなどをiPodを持つユーザーはiPhoneを購入することによって、そのまま継承することができる。
-本書213P17行目より-
このエコシステム継承の原則というものは、スイッチングコストや顧客の囲い込みといった概念に依存しないということに注意してほしい。スイッチングコストや囲い込みといった戦術の背後にある考え方は、エンドユーザーが競合の提案を受けるのを防げるというものだ。それらがフォーカスしているのは既存の地位を確保することだ。対照的に、エコシステムの継承が意図することは、既存の消費者やパートナーに新たな価値を勧めることなのだ。
こうしてiPodのエコシステムをiPhoneに取り込み、iPodの顧客を囲い込む戦略を打ち出したジョブズは、当時すでにいくつか登場しつつあったスマートフォンのエコシステムを横断的に再構築しようとしたという。
独占販売である。
独占販売によってアップルは顧客との関係をより独占的で価値のある関係に再構築しようとしたという。この独占販売は各国で行われた。仮に独占販売ではなく通信事業者すべてに明け渡すことになると、顧客はどうしても通信事業者間での価格やサービスで判断してしまう。
そうするとiPhoneにあまり目がいかなくなり、価値がかえって薄れてしまうのだろう。
日本の場合、iPhoneを手に入れるためには独占販売権を握ったソフトバンクに買い換えるしか方法がなかった。
iPhoneを手に入れるためには通信事業者を変えなければならない。
この方法は一見リスクがあるように感じるが、この段階的拡張は成功した。
iPhoneを手に入れるため、顧客はソフトバンクへ買い換えた。
圧倒的な数の顧客が。
そんな一見不便にも見える状況がiPhoneのロイヤリティをさらに高めた。
これがiPhoneのエコシステムにおける段階的拡張の第一弾だったのである。
この成功によってアップルは、通信事業者との関係を再構築することにも成功した。
エコシステムの頂点に立っていた通信事業者との関係が逆転したのである。
この時点でかなりの顧客を獲得していたiPhoneだが、さらに第二弾の段階的拡張を講じる。
AppStoreである。
AppStoreは公式のプラットフォームであり、それを通じてユーザーはiPhoneの誤作動を心配することなく、アプリをダウンロードできるようになった。また、意欲ある開発業者は世界へプログラムを提供できるようになり、(潜在的な)利益を得られるようになった。
アップルは2008年3月にiPhoneのためのソフト開発キットをリリースし、7月にはAppStoreが公式にオープンし500のアプリを掲載した。
6ヶ月後には500万アプリがダウンロードされ、2011年1月には100億ダウンロードを達成している。
AppStoreエコシステムは瞬く間に成長した。
これはiPhoneのエコシステムにおける段階的拡張の第二弾の成功だった。
指でタップするだけで、携帯端末をさらに価値あるものとし、よりエンターテイメント性のある、より個々のユーザーに対しカスタマイズされたものとするという非の打ち所のない提案だったのである。
このことにより、スマートフォンのカスタマイズの基本的な考え方は、従来のメーカーによるハードデザインからユーザー自身によるソフトウェアの選択へと移り変わることになった。
これらエコシステムの継承はすべて成功した。
しかも驚異的に。
革新的なマルチタッチディスプレイ、iPodで再構築したブランド力、iPodのエコシステムの継承、独占販売によるロイヤリティの向上、AppStoreエコシステムの追加、これらが信じられないほどうまく絡み合いiPhoneは成功したのである。
iPhoneの成功でアップルは驚異的な成長を遂げた。
しかしまだアップルは新しいエコシステムの継承、段階的拡張を準備していた。
iPadである。
アップルはこれまで後発からエコシステムを構築し、成功してきた。
しかしiPadはまさに新市場を開拓する試みだったという。
iPadはただの電子書籍端末ではなく、マルチメディアデバイスだ。
ジョブズは2010年にiPadを発表した際「スマートフォンとノートパソコンの間の3番目のカテゴリーの端末」と表現している。
パソコンではないが、電子書籍端末より進んでおり、動画の視聴、電子書籍・雑誌の閲覧、アプリへのアクセス、音楽の視聴、写真の管理、ゲーム、ウェブへのアクセスなど、パソコンで実行できることをほぼすべて実行できる。
iPadは新たな挑戦ではあったがアップルのこれまでの成功によって、iPadの成功もほぼ手中に収めつつあった。
iPhoneのエコシステムの継承だ。
そしてiPhoneを継承することはiPodを継承することにもなる。
これまでユーザーがアップル製品で築いてきたiTunesの楽曲やAppStoreのアプリも継承し互換性の心配もなくすぐに利用することができる。
アップルがここ10年で構築したエコシステムは、奇跡と言えるほどうまく機能し、そして強力なエコシステムだった。
競合企業はアップルの成功をワイドレンズで見ることができなかった。
個別の能力で追いつこうと焦るあまり、そのような競合企業は、エコシステム全体を首尾一貫したものにする関係づくりができなかったのだという。
多くの資金、才能と意欲を競争につぎ込んだが、わずかの例外を除き(最も目立つのはアマゾン)、今このときに至るまで、競合企業は戦略においてエコシステムを継承して自身の提供価値を最大限高める視点がない。
だから、スマートフォン、タブレット、音楽プレーヤーなどの製品をゼロからスタートしようとしている。参入のために多額の資金を投入し、パートナー集めに高い補助金を出したりしている。
MVE、エコシステムの段階的拡張、エコシステムの継承と活用は成功するエコシステム戦略の核となる。
こうしてここまで見てくるとエコシステムは簡単に構築できるように錯覚してしまいそうだが、決してそうではないことを肝に銘じておく必要がある。
本書の最後の記述にイノベーションにおけるエコシステムの成功確率は100のイノベーションがあったら10くらいだろうと言っている。
つまり10%くらいということだ。
著者は本書を読んで成功確率は上げることはもちろん可能だが、成功するエコシステムを見極めることはできないのだという。
ただし、高い確率で失敗する50のイノベーション・エコシステムを見極めることはできるといっている。
つまり10÷(100-50)=20%で、成功するエコシステムを見極める確率を倍にすることは可能にできるかもしれないというのだ。
1.価値設計図を設計し、コーイノベーションリスクとアダプションチェーンリスクを見極める。
2.リーダーシッププリズムでリーダーの特性を見極め、先行者マトリクスを使用し、相互依存の関係が先行者に有利なのかそれともスタートラインで見極めるのかを判断することができる。
3.最小限の要素によるエコシステム(MVE)、段階的拡張、エコシステムの継承によって価値提供の順序を知り、他の機会に応用することができる。
エコシステム。
それは、競合ひしめく大海原にひとつの道筋を示すものだ。
構築するのは容易ではないがひとたび波に乗れば、大きな成功を約束されるであろう現代における高度なテクノロジーを導く羅針盤ともいえる経営戦略なのである。





