労働=賃金を得る為に拘束されること


と定義するならば、俺は明らかにニートだ。


しかし、俺はいままでそう思って働いていたのは、歌って稼いでいた時期だけだ。

俺にとって、仕事は遊び以外のなにものでもない。自分が、責任ある立場になればなるほど、重労働であればあるほど、おもしろい。学ぶことも多いしね。


ここで、ふと思う。


音楽で稼いでいた時期は、なんであんなに苦しかったのだろう。

たかだか所得は年間50万あるかないかしか、稼げなかったけど、ステージがある日は、切腹しようかと思うくらいいやだった。


自分がいいと思っていない俺を商品にせないかんかったからやろね。


そんなこんなで、俺は今、自分がいいと思っている自分(武田唱玄)をあの手この手でつくっている。


社会的に必要とされるような「演出」も含めて。



と、暗に言っいるらしい長寿医療制度。


なかなか、いい笑いのセンスしとるね。


こういうギャグは、まず、うちのウソペディアに投稿して欲しいです。



まあ、ズサンな我が国の現状はさておき、ヒトは、異常に生命(肉体)を維持することにこだわるくせに、なんで人間は死んだフリして生きることが一人前の大人の条件になっとるんだろうね。ヒトと人間は、別な生き物だから?


あ、国家という名の新興宗教では、これ以上つっこむと、教義に反します?


そんなこんなで、武田うそ塾のNPO法人化に向けて現在奮闘中です。



武田愛理は、現在、遺跡発掘のバイトをしています。


今日、骨が出てきました。


うさぎの骨だそうです。


話によると、薬物の実験台にされたうさぎの骨だそうです。


せっかく、いままでここで眠っていたのに、またその骨も遺物として研究材料にされるのもなあなどと、色々妄想にふけっていたら、


「武田さん、早く掘って。」


と言われました。



粉々になった頭蓋骨と大腿骨の感触が今も手に残ります。


唱玄さんならどう思ったでしょうか。

あの人の死生観は現世で完結していないから、今、俺が感じているような「悲しみ」に近い感情は抱かないでしょう。


俺は、弱い。


唱玄役ができるのか、ちょっと不安になった一日でした。