10代から20代の前半にかけて、僕はどうしてあんなにたくさんの歌をつるくことが出来たんだろう。

いつも頭の中にはメロディーが渦巻いていたし、よくわからない言葉の元みたいなのが、いつもぐちゃぐちゃになっていて、自殺しないようにするためには、排泄行為として歌うしかなかった。


4畳半の葛藤。


今思えば何でもないことだと思う。僕の葛藤の大半は自分の恋愛感情を相手に受け入れてもらえない事だった。好きな人がいるのなら、会って、話して、時間はかかるけど相手に自分のことを好きになってもらえばいいだけの事だ。そもそも恋愛なんて妄想の産物なので、相手の思い込みを変える方法なんて腐るほどある。そのことに気付いた時、今までの歌は歌う気がしなくなった。まあ、毎日自分の録音した声を聞いて、映像も撮って(俺を隠し撮りしてくれと友人に頼んだこともある。)女の子と寝る時も鏡に映る自分を観察して・・・なんて、吐き気をもよおすほど自分を研究してたから、その弊害でこうなってしまったのかもしれないが。


今はただ、どうしようもないことに対する自分なりの仮説としての唄を、謳いたい。


人は何故死ぬのかとか、あの類の質問に対してちゃんと答えることは、もちろんできない。どうしようもない。だから、謳う。その為には、当然人格を持っていてはいけないし、(それだと、どうして死が哀しいのかという問いにまでしか答えることができない。そんなのは、誰かと飲んでる時に話せばいいことだと思う。)だとするなら、音の世界だけで表現しようがない。まあ、この仮説を誰とも共有しようとしなければ、音だけでもいいのだろうけど。


そんなこんなで、自分のやってることが形になるまで、少なく見積もっても20年はかかる事に気づかされてしまった今日この頃。最終的には世界中を弁天一つで行脚できる人になれればそれでいいんだけれど。


それまで俺の寿命は持つのか?タバコ、本気でやめようかしらん。