毎日新聞 2010年7月28日
薬物依存症患者の中で医師の処方する向精神薬によって依存症になった人の割合が、ここ10年余りで2倍になっていることが、国立精神・神経医療研究センター(東京都小平市)の調べで分かった。依存症患者は自殺リスクが高いとされる。全国でも数少ない薬物依存症の専門治療施設、埼玉県立精神医療センター(同県伊奈町)で現状を取材した。【江刺正嘉】
◇「自殺リスク周知を」
医師「お変わりありませんか」
患者「高校生の長男が進学か就職かで悩み、私によく当たるんです」
7月中旬、外来を受診した女性(41)と成瀬暢也(のぶや)副病院長(50)の診察室でのやり取りを、双方の了解を得て取材した。
女性は向精神薬の依存症と診断され、08年7月から5カ月間、センターの依存症病棟に入院。専門治療を受けて少しずつ回復し、今は3週間に1度の通院を続ける。
「以前なら悩みがあると薬を飲んで紛らわしていたのに、今は人に相談しながら問題に向き合えるようになった。よく頑張っているね」。成瀬医師がほめると、女性は笑顔でうなずいた。
女性は夫の暴力や浮気がきっかけで眠れなくなり、27歳のころ精神科病院に通い始めた。
睡眠薬を処方されたが症状は改善せず、大学病院に転院。「眠れないのでもっと薬を出して」と求めると、副作用が強い睡眠薬など10種類が出されるようになった。
女性がさらに薬を要求したため、病院は「手に負えない」と別の精神科病院を紹介。転院先の医師は女性の求めに応じ、一日分が約40錠にまで増えていったという。
女性は薬が増えるにつれて薬が効きにくくなり、すぐに現実のつらさと直面して「死にたい」と思うようになり、処方された薬を一気に飲む自殺未遂を繰り返した。3カ所目の病院でも「薬のコントロールが不能」と判断され、センターを紹介された。
センターの依存症病棟(40床)では酒や薬物をやめる集団治療が行われ、外来では海外で治療効果が認められている新しい心理療法にも取り組んでいる。09年度は入院患者が213人(アルコール152人、薬物61人)。依存症外来の新規患者は310人で5年前(04年度)より57人増え、薬物依存が外来患者の3分の1を占めている。
成瀬医師は「患者はもちろん、医師でも依存症について十分な知識を持たない人が多いのではないか。過量服薬による自殺や自殺未遂を防ぐためには、依存症の危険性をもっと周知する必要がある」と指摘する。
じわじわ上昇…08年は13%に
国立精神・神経医療研究センターは精神科病床がある全国の全医療施設を対象に、87年からほぼ隔年で9~10月の期間にアルコールを除く薬物依存症で入院か通院をした患者について、どの薬物が原因か調査を実施している。シンナーなどの有機溶剤は91年の40・7%をピークに減少。
一方、向精神薬(睡眠薬と抗不安薬)は96年に5.6%と最低だったが、じわじわ上昇し08年は13.0%で有機溶剤とほぼ並んだ。最も多い覚せい剤は同年、全体の半分を占めた。
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