ヨガは
「あなたが自分だと思っているものは、すべてあなたではない」
と教えてくれます。
私たちは、いろんなものを
「私のものだ」と勘違いすることで
失うことへの恐れを感じたり
それを守るために、他人を攻撃したりしてしまいます。
例えば、お金、家、家族
価値観や判断、選択、行動
はたまた「体」や「人生」とか。
でも、こういったものは実際
やってきては、去っていくもの
死ぬ時にはぜんぶ手放していくものだと
みんなどこかでは、分かっているはずです。
どうしてそれを自分と同一視してしまうのかと言うと
それが思考(自我)のはたらきだからです![]()
なんでも「私のもの!」にしちゃう。
私の考え、私の選択、私のお金、私の体…
それは、この社会の中である程度
みんなとコミュニケーションしてやっていくには
必要な機能です。
でも、その考え方が行きすぎると
「失う恐れ」が強くなって
攻撃的になったり
”守るため”の人生になってしまいます。
恐れを感じたときに、ぜひやってみてほしい
「私はずし」があります![]()
私のお金が減る→お金が移動してる
私は思う→ここに考えが浮かんだ
私は悲しい→ここで悲しみが沸いている
私が選んだ→選択が起こった
私がやった→行動が起こった
私が生きている→体が呼吸している
こうやって、主体から「私」を外すのです。
例えば「歩く」ときだって
実際、何も考えがなければ
ただ「足が動いて移動が起こっている」だけです。
だけど、それを言葉にしたとたんに
「私が歩いている」と思ってしまう訳です![]()
これってめっちゃ面白いと思いませんか?![]()
思考がはたらくとき
そこにはいつも「私」がぴったりとくっついてきます。
でも本当にそれは
「私」が起こしていることでしょうか…
よぉ〜く観察してみてください![]()
ぜんぶ、自動的に、勝手に起こっているのではないでしょうか![]()
だって、「何かをしよう」っていう考えだって
自分で考えて起こしたわけじゃないんです![]()
ものごとは、「私」に起きてるんじゃない。
「私」が起こしてるわけでもない。
ぜんぶ、流れの中で「そういうことになっている」だけ![]()
そのことに気づくと
深刻に悩んだり、怒ったりしていることが
だんだんアホらしくなってきます![]()
軽やかにに、気楽に過ごせばいいんです![]()
「これでいいのだ〜」と![]()
すべての束縛ある欲求を手放して、切望から自由に、
「私」や「私のもの」という限られた感覚を持たずに動き回る
その人は、平和を得ます。
バガヴァッドギーター 第2章71節

