その五 ①214〜288
昨夜と今朝、出勤前の時間を使って、第一部第一篇20〜25まで読み進んだ。第一部の第一篇まで読んだわけだ。20と21とはべズーホフ伯爵の臨終を、22〜25の舞台はアンドレイの父ニコライ・ボルコンスキー公爵の領地にアンドレイ夫妻が帰郷した場面である。
べズーホフ伯爵の遺産をめぐって、遺書を書き換えさせようと企んだワシーリー公爵だったが、実際に伯爵が亡くなってしまうと「どれだけわしらは罪なことをし、どれだけ嘘いつわりをやってるんだろう、それもみんななんのためなんだ?(中略)何もかも死ねばおしまいだ、なにもかも。死というものは恐ろしい」とピエールに向かって、いまさらながら真実じみた告白をする。
彼の腹の中を知る読者からすると、その言動はいささか芝居がかってさえいる。ドルベツコイ公爵夫人までもが涙でピエールの頬を湿らせながら「精一杯お泣きなさい。涙ほど気持をしずめてくれるものはありません」と物静かに語る有様である(もっとも、翌朝になると彼女は、巨万の富を手にしたピエールに恩着せがましくも、釘を刺すことを忘れてはいなかったのだが。「あたくしがいなければ、いったいどんなことが持ち上がったか」。つくづく抜け目のない人物であるが)。
ワシーリー侯爵とドルベツコイ侯爵夫人という自らを省みない人間は、側から観察すると楽しい存在である。金の匂いに誘われて厚顔無恥な態度をとることも、死者を前にして殊勝な態度をとることも、彼らにとってともに真実の姿である。金は欲しいし、知人が死ぬと死は恐ろしく感じられ、悲しくなると涙を流す。当てにしていた金が自分の手元に転がり込んでこないと激昂したり愕然としたりする。父親が死んだ翌朝にぐっすりと眠り込む、どこか超俗したピエールとの対比が際立つ。
舞台は、ボルコンスキー家に移る。出征を前にしてアンドレイは妻のリーザを父親のニコライと妹マリアに託す。ここでも、アンドレイとリーザの間がうまくいっていないことが話題となる。父ニコライから、夫婦仲が「うまくいっていないな、え?」と見抜かれる。そして、リーザの口からふたたび語られる「アンドレイがすっかり変わってしまったこと」。何が彼を変えてしまったのかは語られていない。
アンドレイがマリアに向かって、妻を責めることはなにもないと断言する一方自分は「幸福」でないし、妻も「幸福」ではないと言い切る。その直後、マリアの額にキスをするアンドレイが見つめる先は彼女ではなく「闇の奥」であった。「兄さん、兄さんがもし信仰を持っていたら、兄さんが今感じていない愛を授けてくださるように、神さまにお願いして、その祈りは聞き届けられたでしょうに」。マリアの言葉を言下に否定するアンドレイ。彼が口にする「幸福」の内実も一切語られない。彼は何を求めているのだろう。そして、彼は妻と家族を残して戦場に向かうのだった。