記憶に残せないものの補助として記録を残す.
だが,記録することだけに固執すると本質を見失う.
その記録された場の雰囲気や音,言葉のニュアンス,明るさ,匂いなどは実際その場にいたものでなければ理解するのは難しい.
しかし,世の中は記録が勝負が決まることも多い.
裁判などでも記録,証拠などで,嘘も真実となり得る.
そう,世の中に真実などどうでもいいのか.
いかに,それを真実だと思わせるか.
そしてそれを真実だと思う,信じる人間が多くいるか.
信じる人が多ければ,それが真実として形成されていく.
それは歴史が証明している.
歴史とは,事実かどうかではなく,時の権力者が後世の人々にとって都合のいいように記録を残しているだけのものだ.
つまり,記憶を記録によって作り上げるのだ.
過去だって,自分がそう記憶しているだけで,実際のものは全く違うかもしれない.
ただのシナプスの電気信号の集約に過ぎないのだから.
過去も不確実.
未来も見えない.
確かなものは今しかないが,この今も,一瞬すれば過去になる.
不確実な連続性の上に生きているのだ.
信じられるものを求めながら.
まさに無常.