世の中合理化が進んでいます。
もとはといえば合理化とは、資本主義がもたらした損失排除の考え方が後押ししていると感じます。損失とは概ねお金の無駄を指します。
お金は、労働賃金=労働時間。そしてその他は、プラスアルファになる作業や技術、アイディアといったものに繋がります。
なんでもやりすぎないところで、一番儲けたいという資本家の狙いがそこにあります。
となれば労働者や、技術者、要するにそれをクリエイトしている人たちにとっての合理化は、時間短縮という課題に繋がり、つまり余計なことをしない、余計なスタッフィングをしない、余計な発注を控えるにつながります。
この傾向は最近やはり顕著ですよね。
これらを合理化、効率化と呼んで見て、そこからどのような損失が計られるのか。
あと少しで、もっと良くなったかもしれない。
彼らを加えたら、もっと良くなったかもしれない。
もう少しがんばればなんとかなったかもしれない。
こんなことがあなたの近くにもありませんか?
それをしなかったことによる損失を意識することが、合理化損失です。
しかし実は、
これはそれをしたことによって、「優れたものが完成し、売り上げが伸びたかもしれない」といった、お金の問題ではないのです。
それをしなかったことは「思いやり」の欠如につながり、
そのスパイラルは「社風」の品格をも下げる要因に繋がるのです。
これは「気」のいわゆるモチベーションを下げることにもなりかねません。
「思いやり」とは抽象的かもしれませんが、100%のものを、合理化によって50%で完成させたこと。でも本当は70%くらいはがんばれた。この20%の差が「思いやり」です。
この20%は、お金で考えると50%で完成させたほうが効率的に収益になるかもしれませんが、その人の人生や会社の運命といったことを考慮すると、損失にならないかということを「意識」すること。今一度問いただしてみることが「合理化損失」の考え方です。
この損失とはつまり、自分がもっと成長できたかもしれなかったことです。
合理化はその時間短縮(人件費圧縮)の効果で、次なる新しい仕事をこなせる隙間を作ります。その隙間で、結局人は働かされます。忙しくなります。
人件費はそのままで、売り上げが上げられる可能性があります。
それが素敵かどうかは、その会社文化によって決められることで、いいか悪いかということではありません。
なぜなら「ビジネス」には合理化損失など「ありえない」からです。
この「ありえない」と思われているビジネス組織の中で、それを見出し考えることは、「ビジネス」に効果を上げるのではなく、「自分自身」に効果を上げることに繋がります。
だから経営自体に携わっていない人は、もっと「自分自身」の効果を「合理化損失」を元に発見してみることをオススメします。
自分自身の効果とは、きっと新しい体験に現れます。
この記事は、先の記事「自己欺瞞とは」にも通じる、「仁」の考え方です。
「目先の利益より、人生に一度だけ大成功すれば、それでいいじゃないか。その準備をしよう」(孔子)
もとはといえば合理化とは、資本主義がもたらした損失排除の考え方が後押ししていると感じます。損失とは概ねお金の無駄を指します。
お金は、労働賃金=労働時間。そしてその他は、プラスアルファになる作業や技術、アイディアといったものに繋がります。
なんでもやりすぎないところで、一番儲けたいという資本家の狙いがそこにあります。
となれば労働者や、技術者、要するにそれをクリエイトしている人たちにとっての合理化は、時間短縮という課題に繋がり、つまり余計なことをしない、余計なスタッフィングをしない、余計な発注を控えるにつながります。
この傾向は最近やはり顕著ですよね。
これらを合理化、効率化と呼んで見て、そこからどのような損失が計られるのか。
あと少しで、もっと良くなったかもしれない。
彼らを加えたら、もっと良くなったかもしれない。
もう少しがんばればなんとかなったかもしれない。
こんなことがあなたの近くにもありませんか?
それをしなかったことによる損失を意識することが、合理化損失です。
しかし実は、
これはそれをしたことによって、「優れたものが完成し、売り上げが伸びたかもしれない」といった、お金の問題ではないのです。
それをしなかったことは「思いやり」の欠如につながり、
そのスパイラルは「社風」の品格をも下げる要因に繋がるのです。
これは「気」のいわゆるモチベーションを下げることにもなりかねません。
「思いやり」とは抽象的かもしれませんが、100%のものを、合理化によって50%で完成させたこと。でも本当は70%くらいはがんばれた。この20%の差が「思いやり」です。
この20%は、お金で考えると50%で完成させたほうが効率的に収益になるかもしれませんが、その人の人生や会社の運命といったことを考慮すると、損失にならないかということを「意識」すること。今一度問いただしてみることが「合理化損失」の考え方です。
この損失とはつまり、自分がもっと成長できたかもしれなかったことです。
合理化はその時間短縮(人件費圧縮)の効果で、次なる新しい仕事をこなせる隙間を作ります。その隙間で、結局人は働かされます。忙しくなります。
人件費はそのままで、売り上げが上げられる可能性があります。
それが素敵かどうかは、その会社文化によって決められることで、いいか悪いかということではありません。
なぜなら「ビジネス」には合理化損失など「ありえない」からです。
この「ありえない」と思われているビジネス組織の中で、それを見出し考えることは、「ビジネス」に効果を上げるのではなく、「自分自身」に効果を上げることに繋がります。
だから経営自体に携わっていない人は、もっと「自分自身」の効果を「合理化損失」を元に発見してみることをオススメします。
自分自身の効果とは、きっと新しい体験に現れます。
この記事は、先の記事「自己欺瞞とは」にも通じる、「仁」の考え方です。
「目先の利益より、人生に一度だけ大成功すれば、それでいいじゃないか。その準備をしよう」(孔子)