「足るを知る」という言葉がある。

 

今あるもので「足りている」

ということを認識する、ということ。

 

「そんなことを思ったら、

成長・発展がないじゃないか?」

という人もいる。

 

だから

「足るを知らない」ほうがいいんだ、と。

 

足るを知らず、

さらに、求めるほうがいいのか?

 

足るを知り、

もう、求めないほうがいいのか?

 

そんなことを考えたことがある。

 

 

話は少し過去へ。

昔、友人から1冊の本をプレゼントされた。

 

「求めない」著:加島祥造

 

友人が誕生日プレゼントに、

くれた本。

 

この本をもらった頃、僕は忙しかった。

 

僕の誕生日は5月の中旬で、

その誕生日の少し前、

 

ゴールデンウィークに、

僕は、仲間4人と旅行をした。

 

そのときに、自分でも

どうしていいのかわからないほど、

 

何か焦っていて、苛立ちを内側に持ち、

旅行を楽しみきれていないと、

ハッキリわかる瞬間があった。

 

その頃、残業、徹夜が増え、休みの日も、

翌週の仕事のことを考えたくないが、

時間がないので仕事のことを考えざるを得ず、

休みなのに気が気でなく、

 

旅行中も、景色を眺めて、街をブラブラ歩き、

ドライブ中に爆笑して、楽しい時間が流れる中に、ふと刺し込まれる思考があった、、

 

「こんなに時間があるなら、アレを終わらせられるのに」と。

 

ゆったりのんびりダラダラしている時に、

そんな思考が顔を出す。

 

そんな自分がいたが、

あまり出さないようにしていた。

 

しかし、友人は気づいたのだろう。

 

その旅の少し後、誕生日に、

渡されたのは、この本だった。

 

正直、驚いた。

 

お互い、ふだんはふざけ合い、イジり合い、

茶化し合うような仲であるにもかかわらず、

この「マジな本」を渡してきたのだ。

 

この本、実は自分自身でも本屋で気になり、

立ち読みしていた本だった。

 

ページをめくるごとに、

「求めない。」から始まる詩が綴られていて、

 

あぁ、、わかるけど、、それができない、、

今の忙しさに埋没している自分って。。

 

そう思いながら、

そっと元に戻し、買わずにいた本。

 

その本が友人の手を介して、

再び自分の元に届けられた。

 

その運命的な流れにも驚きながら、

本を開くと、

 

忙殺されていた自分から、

ふと我に帰るような感覚があった。

 

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この本を受け取ったのは、2008年。

 

そして今日、2018年、

本棚から不意に手に取り、

 

開いたページにあった言葉に、

再び染み入る感覚を覚えた。

 

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「求める」から

 

「求めない」に入ったとき

 

数々の可能性がひらけるんだ

 

 

求めないで

 

静かにいる

 

それがこの世に安らぐことだ

 

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一切なにも求めるな、

 

と言うんじゃないんだ

 

どうしようか、

 

と迷った時

 

 

求めない  と

 

言ってみるといい。

 

 

すると

 

気が楽になるのさ。

 

 

 

求めない

 

 

すると

 

静かだ。

 

 

そうなんだ

 

 

騒がしい無意識の水面の下には

 

静寂で美しい世界があるんだ。

 

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2008年に受け取った本を、

10年後の2018年に、また手に取り、

メッセージを受け取ったような感覚だった。

 

求めないわけではない。

どうしたって僕ら人間は、求めてしまう。

 

だからこそ、たまには意識的に、

「求めない」と言ってみる。

 

「求める」意識は、

効率化を求め、

非効率を嫌う。

 

「求めない」のであれば、

非効率なことだって、やっていい。

 

僕らは、ふだん

「求める世界」に生きている。

 

だからこそ、たまには

「求めない世界」にワープして、

 

純粋に、それを、ただ楽しむ。

 

「求める」と

「求めない」を

 

バランスよく織り交ぜる。

 

陰と陽ってやつだな。

 

そのどちらかだけでは

成り立たないもんね。

 

んじゃ、またね。