年末に向け全国的感染拡大の危機が叫ばれている。決定的な打開策を見出せないない政府は、感染ブレーキを踏むどころか、未だ“GoToアクセルを踏み続けることに固執している有り様である。

誰の目にも明らかなのは、自然にウイルスが消滅するか、ワクチンが開発されない限り、リスクはゼロに近づいて行かないということだ。

人によってコロナに対する考え方は様々だと思うが、慎重な人(落ち着いた後にも6割は慎重姿勢維持とのデータも)ほど、コロナが完全に終息しない限り、元の生活には恐らく戻らないだろう。

そういった状況から推測すると、日本全体における消費マインドの冷え込みによる「消費が2割減」という状況が今後もしばらく続く可能性が高いと判断せざるを得ない(多くの専門家もそう認識)

では、来年以降も「消費2割減」という状況が続くと、日本経済は一体どうなってしまうのだろうか?


「消費2割減」となれば、製造メーカーなども過剰生産となり、余剰在庫を抱えてしまうリスクから、生産を縮小せざるを得なく、経済全体に影響が及ぶことは容易に想像できるだろう。

また、(日本企業全体の業績を考えた場合)「売上高2割減」が続いた場合、営業利益はほぼ全額吹き飛ぶ計算となる。つまり、企業全体(平均値)で見ると利益が出なくなってしまう。

業績がよい企業は黒字をある程度確保できるかも知れないが、業績が悪い企業は一気に赤字に転落することを意味している。

業績が悪い企業は、来年以降、経営が立ち行かなくなる可能性が高く、最悪の場合、倒産に追い込まれる企業が多数発生することが予想される。(当然、社員は失業)

また、余裕のある大企業でも、このままマクロ経済が悪化し続ければ、内部留保も底をつき、希望退職など人員整理(最悪解雇)を行う可能性、また解雇を行わない場合でも、業績低迷は確実で、来年以降の賃金・賞与カットの可能性が出てきてもおかしくない。

簡単に図式化すれば、

「消費2割減」▶︎「生産・販売2割減」▶︎「売上2割減」▶︎「営業利益減(最悪0)▶︎「企業破綻・失業」▶︎「収入減(あるいは無収入)」▶︎「(更なる)消費減」(更にその間に、▶︎家庭崩壊▶︎餓死・自殺など)といった負のスパイラルが続くことになる。(筆者はこれを『貧困ドミノ倒し』と表現したい)


では、どうすれば、この『貧困ドミノ倒し』の渦(うず)から脱出することができるのだろうか?


その答えは、〈過剰な恐怖心〉の解消だと筆者は考える。

新型コロナの感染拡大は遅かれ早かれいずれ収束するだろう。だが、今世紀に入ってからだけでも、未知の感染症は相次ぎ見つかっている。(そして、コロナ後も新たな感染症との闘いが続くだろう)

ならば、21世紀は「感染症の世紀」であると割切り、慌てず騒がず(正しく恐れ)、ゆるやかな共存の落としどころを模索しながら社会マインドを〈冷静な安堵感〉に変えていくことから始めるべきである。

感染症への向き合い方は人それぞれではあるが、過剰反応を繰り返していたのでは日本経済の傷口は広がるばかりだ。現状を見渡す限り、自ら首を絞め、日本人自身が不況を作り出しているようなものである。

〈過剰な恐怖心〉を排していくことが、高齢化した日本社会には不可欠なのだ。


それ、しらんかっとってんちんとんしゃん。