オイラだけなのかなぁ(笑)」
みんな同じだと思うよ」
もっといろいろ勉強して今のオイラを変えたい気持ちは
あるんだけど・・・やる気が・・・でないんだよ。
こんなだから、いつになってもダメな自分のままなんだよね」
「1つの事がダメだったからって全部ダメって事ではないよ。変えたいって
気持ちがあれば方法はいくらでもある。そうだ!外にいこう
気分転換にもなるし、いろいろなことが勉強になると思うよ。」
良いか悪いか、白か黒か、〇か×か、正解なのか間違いなのか・・![]()
たしかにはっきりしなければならない事もありますがはっきりさせた事で
かえって苦しくなる場合もあります。それは人間関係
でも同じで
勝てば正義、負ければ悪ではありませんがお互い「自分は正しい
」という
思いをぶつけ合ったすえ、強い方が優越感
を得る事ができ、逆に
弱い人は傷ついてしまったり劣等感
を感じてしまいます。
自分の中でも自己評価というジャッジがされ、×がでれば
自身を無くしてしまったり生き辛い原因にもなってしまいます。
たとえば・・
<例題1>
ある日父親と子供はお母さんの誕生日プレゼントを買いに出かけました。
父:「お母さんをビックリさせたいからプレゼントを買った事は絶対内緒だぞ」
子:「うん、わかった( ̄▽ ̄)ゞ」
その日の夜・・
母:「今日はお父さんと何してたの?」
子:「えΣ(゚Д゚)!え、えっとえっと」
さてこの子はどうすればいいのでしょう?
1.素直に言う。しかしお父さん
との約束を破ることになってしまいます。
2.隠すまたは、ごまかす。お母さん
に嘘をついたことになります。
このような板挟みケースというのは大人の世界でもよくありますよね。
〇か×かで判断するとすればどちらの答えを選んでも×になります。しかし
〇×の判断さえしなければどちらの答えも〇になります。
なぜなら今回そこには善悪の判断はいらないからです。
父親にしてみればビックリさせたいもののすでにプレゼントを買った事での達成感や
満足感がありますし母親にとっても用意してもらえた事での嬉しさがあります。
世の中には正しい事ですら結果次第では×になってしまいますし
本当は間違ってる事だけど〇になってしまう事もあります。
本当に白黒
つけなければいけないのかどうかちゃんと考え、お互いに尊重しあえる、
また自分自身が楽に思えるグレー
や△で収まる事ならそれでいいのです。
なんせこの世はグレーゾーンが多いのですから![]()
