宮殿前広場
今日は、シンとチェギョンの婚礼の日だ。
宮殿の広場には多くのマスコミや国民が集まり、
世紀の祭典を一目みようと待ち構えている。
そして、婚礼後のパレードが行われる沿道にも
多くの国民が二人の姿を見ようと集まっていた。
宮殿・正殿前
一方、宮殿の中では粛々と婚礼の儀式、
親迎の礼が薦められていた。
シンが正装して皇帝の前に跪き盃を受け、
恭しく訓戒を受けている。
さすがのシンも幾分緊張の面持ちだ。
それでも、さすがに堂々とした所作。
臨軒チョ戒の儀式が滞りなく進み
コン内官も満足げな表情で見つめている。
すべての儀式が終了するとシンがホッとしたように息を吐いた。
それに気づいた皇帝。
らしくない態度に少し驚いた様子だ。
皇帝:「珍しく緊張しているのだな。
まあ、無理もない」
シン:「…えっ?!」
いきなりの言葉がけに皇帝を見るシン。
皇帝:「そなたですらそのようなら…
シン・チェギョンはいかほどか…」
心配げ眉を顰める皇帝。
その表情は心から彼女を案じているようだ?
皇帝:「チェ尚宮から皇后への報告では、
ここ数日は、お妃教育の後も寝食も惜しんで
自ら儀式の勉強をしているそうだ。
それでも…付け焼刃。
大きな粗相がなければよいのだが…」
最後のことばに苦笑するシン。
やはり…体面を気にしているだけ?
なぜかイラッとするシン。
シン:「解り切ったこと…そして、
そういう相手を選んだのは皇室です。
期待する方が酷というものでしょう」
皇帝:「!!!」
反抗的なことばに眉をしかめシンを睨む皇帝。
ことばをつづけようとする皇帝に
シンの口元が緩み穏やかに微笑む。
シン:「しかし、なにがあっても…
彼女の努力は認めてやってください」
シンはそういうとしっかりと皇帝を見て口元を引き締める。
シンのことばに皇帝も今までにない何かを感じ取った。
皇帝:「…そうか。
何があっても…か?
なるほど…。
では…期待している」
シン:「では、親迎の礼に行ってまいります」
シンは含みのある笑みを浮かべる皇帝に深々と頭を下げた。
そして、正殿をでたシン。
後を歩くコン内官を振りかえると言葉をかける。
シン:「例のものは届いたのか?」
コン:「先ほどお届けいたしました」
シン:「…そうか」
驚くチェギョンの顔を思い浮かべ思わずニヤニヤと笑んだ。
雲峴宮内・部屋
一方、チェギョンは雲峴宮でシンの儀式が終わるまで待機中だ。
婚礼の衣装に身を包んだチェギョン。
案の定、緊張と不安で強張った表情。
チェ:「ふぅ~」
緊張を解そうと何度も深呼吸をする。
女官たちもそんなチェギョンを気遣いそっと見守っている。
そこにチェ尚宮が入ってきた。
チェ尚:「妃宮様、これを…」
チェ尚宮に付いてきた女官が
持っているものをテーブルに置き並べる。
そして、鍋の蓋を取った。
チェ:「これは?
えっ?
これって…アワビ粥?」
なんともいい匂いが部屋中に漂う。
出されたものを見て驚くチェギョン。
思わず身を乗り出し鍋を覘く。
堪らずお腹がギュル~と鳴った。
チェ尚:「食欲が無いからと昨夜から
何も召し上がっておられないのでご準備いたしました。
今日は長々と儀式が続きます。
このままでは体力が持ちません。
これなら食欲がでるだろうと…。
先ほど、府院君様がお持ちくださいました」
チェ:「府?府院君?」
チェ尚:「実家の御父上でございます」
チェ:「パパが?
パパが作ってくれたの?」
チェ尚:「はい」
チェ:「パパが?どうして?」
チェ尚:「…それは…」
困ったように戸惑うチェ尚宮。
チェ:「?」
チェ尚:「さあ、それより…、お時間がございません。
早く召し上がってください」
チェ:「え、ええ」
不思議に思いながらも匂いに誘われ急に空腹を感じるチェギョン。
パン女官が取り分けてくれた粥を急いで食べ始める。
あっという間に完食。
チェ:「う~ん、やっぱりパパの味は最高。
これで体力は回復よ」
女官たちもホッとしたように胸を撫で下ろす。
チェ尚宮も思わず口元が緩む。
チェ尚:「では、そろそろ皇太子殿下がこちらに到着されます。
妃宮様、親迎の儀が始まるので二老堂にいらしてください」
チェ:「はい」
チェギョンの顔が強張る。
それに気づいたチェ尚宮。
不安げにチェ尚宮をみるチェギョンに
チェ尚:「お衣装、とてもお似合いです。
ご両親もさぞお喜びになられることでしょう。
きっと、天国のおじいさま方も…」
そのことばに胸が詰まるチェギョン。
チェ:「(頷く)
パパたちは…もう?」
チェ尚:「はい、すでにお席についておられます」
チェ:「パパとママも式は大丈夫かな?」
チェ尚:「はい、ご心配にはおよびません。
キム内官によるとご両親も随分練習されたようで
立派にお役目を果たされることでしょう…と申しておりました」
チェ:「そう…頑張ったんだね」
チェ尚:「はい、妃宮様。
妃宮様がこれまでやってこられたことも完璧でした。
ですから自信を持って下さい。
間違っても決して狼狽えないでください。
殿下が…、必ず対処してくださいます。
ご安心ください」
チェ:「シン君が…?
まさか…(それはないと思うわ)」
チェギョンの失態することを望んでいるはずだ。
そうすれば無理に婚姻を進めた皇室が恥をかくことになる。
それがシンの皇室への報復だと…言っていた。
チェギョンはその道具にすぎないのだ。
しかし、シンにそう言われたことをここで言うのも辛すぎる。
チェギョンはため息をつくと悲しげに微笑む。
チェ:「そう?
そうよね。
やるだけやったし…。
ありがとう。
頑張るわね」
パン:「妃宮様。
絶対に大丈夫です」
チョン:「いつもの妃宮様の様に
笑顔をわすれずに」
なんとか気持ちを解そうとしている二人。
チェ:「こう…?」
唇の両端を指で引っ張り笑みを作るチェギョン。
その顔に思わず吹き出す二人。
チェ:「やっと笑った。
お姉さんたちの方こそ緊張してるわよ」
パン:「はあ…すみません」
チョン:「あっ、で、でも心配はしておりません。
あれだけ頑張ったのですから」
パン:「…(頷く)」
嬉しそうに微笑むチェギョン。
チェ尚:「では、参りましょう」
チェ:「待って」
チェギョンは、3人の前に立つと
チェ:「お姉さんたち、今日まで本当にありがとう。
凄く心強かったわ。
私、落ち着いて頑張ります」
そのことばに3人は驚きながら目を潤ませる。
チェ尚:「お礼など…勿体ない」
パン:「妃宮様…私たち…」
言葉を詰まらせるパン女官。
その言葉を継ぐように
チョン:「私たち…妃宮様の女官で光栄です」
パン:「本当に…」
チェ:「ありがとう。
じゃ、チェ尚宮お姉さん、行きましょう。
よろしくお願いします」
チェ尚:「…はい」
チェ尚宮がチェギョンに頷く。
チェギョンは、胸をはると表情を引き締めて歩き出す。
女官の二人がそんなチェギョンの後姿を祈るように見送る。
雲峴宮・庭
雲峴宮に到着したシン。
いよいよ婚礼の儀が始まる。
シンが雁を抱いて門から入り、所定の位置まで移動する。
祭壇の前で立ち止まり真摯な顔で周りを見渡す。
王族たちや招待客が神妙な顔で席に座っている。
そして、祭壇の上に視線を移す。
そこには緊張でガチガチに固まったチェギョンの母と弟。
二人の様子にシンの口元が綻ぶ。
続いて儀式用の衣装を着たチェギョンの父が入ってきた。
着なれない服装もあってか、シンと違いぎこちない歩き方だ。
祭壇の階段をゆっくり上がると先に来ていた母と弟の横に並んだ。
それを確認したシン。
雁を持ったまま階段を上ると両親の前に進んでいく。
そして、二人の前で立ち止まる。
ますます緊張するチェギョンの両親たち。
シンがチェギョンのパパに近づくと
そっと体を寄せた。
儀式にないシンの行動に戸惑うパパ。
シン:「完食したそうですよ」
パパが目を目を剥く。
シン:「アワビ粥。
忙しいのにありがとうございました」
ようやく理解しシンに頷くと、ホッとしたようにママを見る。
ママも嬉しそうに微笑む。
シンは、そんな二人に再度黙礼すると儀式に意識を戻す。
パパたちも表情を引き締める。
見計らったように庭に内官の声が響き渡る。
内官(声):「皇太子妃殿下の御成り~ぃ」
そして、門がゆっくり開く。
参列者の視線が一斉に門に集中する。
ゆっくりと姿を現わしたチェギョン。
すると参列者から小さなどよめきが起きた。
その声に一瞬歩みを止めたチェギョン。
参列者の視線が自分に集中していることを知り息を呑む。
しかし、スッと息を吸い込み胸をはり歩み出す。
シン:「…(あれがあのチェギョンなのか?)」
シンは門を入ってきたチェギョンに釘付けになった。
まるで陶器のお人形のように白い肌
そしてしっかり結ばれたピンク色の小さな唇。
緊張からか微かに頬がピンクに染まり、
目を伏せるとまつ毛が微かに震えている。
一言で言うなら可憐…。
そんなチェギョンの姿にシンは鳥肌が立つほど感動していた。
思わずぽかんと口が開いていた。
パパ:「姫…」
パパのつぶやきにハッと我に返るシン。
シン:「…」
口元を引き締めチェギョンをみる。
緊張しているようだがおどおどした様子はない。
かと言っていつもの軽薄そうなはしゃぎもない。
気品あるチェギョンに思わずシンはゴクリと生唾を飲み込む。
チェギョンから目を離せない。
すると真っ直ぐ前を見ていたチェギョンが自分の両親に視線を移した。
そして、安心させるように口元を綻ばせた。
シン:「…(なんと温かな微笑みをするんだ?)」
シンの胸にも温かなものが染みこんだ行くようだ。
雁を持つシンの手に力が入る。
そんなシンの視線を感じ、チェギョンがシンを見た。とたん、電気に触れたようにトクンと
シンの心臓が跳ねた。
慌てて視線を逸らすシン。
チェ:「…(シン君?)」
気のせいかシンの顔が赤くなっている。
そんなシンに内官が戸惑うように声をかける。
内官(声):「殿下?」
シン:「えっ?」
その声にハッと我に返るシン。
気持ちを落ち着けようと大きく息を吸う。
内官:「皇太子殿下は雁をのせて
再拝してください」
シンは、北側の堂に向ってひだまずくと雁を掲げると上げ礼をする。
儀式の再開…、シンは気を抜くなと心を引き締めた。
そんなシンの姿をチェギョンもドキドキしながら見つめていた。
改めてみると伝統衣装も背が高いシンに良く似合っている。
チェ:「…「やっぱりカッコいいわ」」
思わずため息が漏れる。
こんな人が旦那様…なんて…。
しかし、先日言われた「離婚」という言葉がふと頭を掠めた。
急に切なくなり視線を逸らした。
チェ:「…(一体、何のために結婚式を上げているんだろう?)」
そんなチェギョンの気持ちは誰も知ることはない。
チェギョンは、虚しい気持ちでシンを見つめていた。
それでも儀式は理路整然、粛々と進められていった。
チェギョンの父も母も自分たちの役割をしっかりと果たし、
チェギョンをホッとさせた。
そして、親迎の礼は無事終了した。
このようすはテレビで韓国全土に生中継された。
まるでドラマのような豪華絢爛な時代絵巻に人々は酔いしれた。
宮殿・門前
二人は国民への結婚の報告とお披露目の嘉礼のパレードに出発する。
別々の馬車に乗る二人。
チェギョンは髪飾りが重く、首がめり込んでいくような感じに耐えていた。
感謝の気持ちで微笑むチェギョン。
父も母も大役を果たしホッとしたように
微笑み返してくれた。
この後、二人は接見の間で文武百官などの人々と接見し
お祝いの言葉を受けることになっている。