最近、ダ・ヴィンチ・コードのお蔭で随分メジャーになりましたね、「初期キリスト教」。

ユダの福音書を追え
 「キリストを売った」とされるイスカリオテのユダの福音書。初期キリスト教ではいろんな宗派があって、上座部仏教に近いような「個人の開眼」を目標とする宗派も結構あったようです。そういう方が「本来の宗教の姿」に近いと思うんだよね…。祈るだけで救われる、赦される、って逃げ道じゃん、と思うわけで。哲学の延長みたいなのが本来の宗教。つまりは、自分の力で自己の内面を見ることに長けていない人たちに、その道標を教えるものだと思う。
 そういう意味で、グノーシス派と呼ばれる初期キリスト教の多数派は、真の「宗教」だった。その中にあったのが「ユダの福音書」。結局はカトリックに消されたんですが。カトリックって始皇帝より酷い焚書坑儒、弾圧を繰り返してきてるからね。カトリックは非常に権威主義的性格が本来から強くて、支配欲旺盛なコンスタンティヌスとはよく合ったのでしょう。で、他派は弾圧されたのです。高校でも習ったでしょ?アリウス派とかネストリウス派とかが異端ってされたのを。しかし、教科書とかでは「異端とした」だけで追放される理由までは書いていない。そして異端審問の発生やアルビジョワ十字軍の暴威も書いていない。高校の教科書の裏には、イスラム等の他の宗教以上にキリスト教諸派やユダヤ教に対して行ってきた残忍な弾圧があるわけで。西洋史が何となく他の地域に比べて情報の多さの割に物足りない感じがするのは、そういう部分をすっぱり切って書かれているからなんです。
 しかし、砂漠の中に保存された福音書は、今世紀までぎりぎりで守られたわけで。
 この本はそんな福音書の内容を少しずつ紹介しながら、その発見と現在のようになるまでの経緯を書いた本。ナグ・ハマディ文書以来の大発見だそうで。
 こういう、ヨーロッパやキリスト教の「裏の」歴史が次々明るみに出ることは良いこと。現在のヨーロッパ人に責任を問おうというわけではないのだし、カトリックの一大根拠地になったアメリカなんかで、宗教的アイデンティティを見つめ直す機会が生じてくれば儲け物。

 こんな興味深い事象の原点たる「ユダの福音書」をもっと知るなら、僕が今読んでいるこっち。

原点 ユダの福音書[National Geographic監修]
なるべく原典訳を読む方が、自分で本当に考えることができるから面白い。

YANNI ~Tribute (DVD)
 YANNIとの出会いは高校1年の夏。日曜日の午前中、今日午後何しようかな~、とリビングの床で大の字になってテレビをつけた時だった。斬新だけど、決して和音の構成を乱さない音、壮大な一体感。YANNI東寺ライヴの映像、しかもラスト。再放送だったのかな?錦織健が出ていたのを覚えている。曲はNIKI NANA。会場全体の一体感が、ブラウン管を通してでも伝わってきた。背中がぞくぞくした。この音楽は何だ?と思って必死でアーティストを調べた。
 曲のラインナップがどんどん変わっていく訳ではない。しっかりした安定したラインナップで、良いステージを作る。この「Tribute」では紫禁城とタージマハールでのライヴが収められているが、NIKI NANAなんかは趣向を変えたりしていて面白い。
 何分にも、特定のジャンルに収めにくい音楽。もともとはシンセサイザーで作る音楽だが、アルバムを聴いた当初からオーケストラコラボは簡単だと思っていた。でも、YANNIの発想はそれだけじゃなかったらしい。色々な民族音楽、民族楽器も呑み込む懐の深さが、YANNIの音楽にはあった。
 一番、魅力を確かめやすいのがライヴだろう。是非一度、見てみてくださいな。

プロコフィエフ 交響曲全集 [ヴァレリー・ゲルギエフ指揮 ロンドン交響楽団]
 え~っと。正直これを聴くまで、プロコフィエフの交響曲の素晴らしさを感じる度合いが少なかった気がします。
 ゲルギエフがロシアの作曲家を世の中に再認識させたいという思いは、とてつもなく大きなものなのでしょう。今まで聴いたどのプロコフィエフよりも、強く強く訴えかけてくる複雑な情緒。
 割と最近聴いた、テンシュテット指揮バイエルン放送響の第5番、第7番も衝撃的な強さがあったけど、それどころではありません。当時のロシアの政情やプロコフィエフの鬱的な性格の絡んだ複雑な音楽を鮮明に浮き彫りにしようとするゲルギエフのタクトは、ロンドン響の響きを通して克明な音像となって飛び込んでくる。その複雑さを説明する言葉を、僕はまだ持たないけれども…。
 プロコフィエフを聴くなら、一番取っつきやすいかもしれない。ただこれを聴いてしまうと他のプロコフィエフがちょっと物足りなく感じてしまうかも?
以前にも書いたことがあるのですが

シベリウス 交響曲第5番/アンダンテ・フェスティーヴォ[ネーメ・ヤルヴィ指揮イェテボリ響]etc.
 輸入盤なので、BISレコードのホームページに直接リンクを貼りました。
 シベリウスの交響曲第5番。彼の交響曲の中では有名な方です。僕は7曲の中で最も好きな交響曲。伸びやかで遠鳴りする音。霧のかかった風景を思わせるような茫洋とした、しかし明確な流れ。そしてシベリウス独特の、譜面の流れを圧縮した音楽で、繊細で細かいながらも一音一音の伸びのある響き。
 これを表現する役者にはやはり北欧音楽の名匠ネーメ・ヤルヴィとイェテボリ交響楽団でしょう。もちろん、僕の持論から行けば、最善はヘルシンキフィル等々のフィンランドオケということになるのですが、文化的に近く演奏回数・録音回数という面で考えてもこの組み合わせは最善の一つと数えていいかと。そして何と言っても泣けたのは、フィルアップに入っているAndante Festivo。弦楽オーケストラで演奏されるこの音楽は、のびやかでどこか物悲しく、優しさに溢れた響きがする。霧が立ちこめた北欧の朝の清冽な空気の中に佇んでいて、遅い日の出を観ている。だけど何故か寒さを感じない…。風というほどではないが、自分の周りに空気の流れがあって、霧が右に流れたり左に流れたりしている…。そんな感じでしょう。曲の持つ素晴らしい美しさを余すところなく表現した名演。ほんとに泣ける名演でした。

 他にももちろん、交響曲第5番の録音といえばオスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ交響楽団のもの

なんかもかなりの名演。特にこちらは1915年版が含まれていて面白い。同じ曲を改訂したからってこうも変わるか?という感じ。演奏自体はやはり北欧音楽の名手が奏でるものとして、同じくらい素晴らしいものだと思いますよ。
 超絶技巧?

モーツァルト ホルン協奏曲全集 [パウル・ヴァン・ゼルム (Hn.)/コンパッティメント・コンソート・アムステルダム]
 素晴らしきナチュラルホルン。つまり、ロータリーなし。音は口と右手で変えなさい、っていう古典楽器で、朗々とモーツァルトのコンチェルトを聴かせてくれます。恥ずかしながら、モーツァルトのホルン協奏曲のナチュラルホルン録音のものを、今まで持っていませんでした。不覚。
 柔らかくて楽しげで、モーツァルトらしさに溢れた協奏曲を、本当にその時代にいるかのような感覚・音で響かせてくれる。これはなかなか嬉しいことです。で、ちょっと集中力の方向を変えて聴いてみると、ホルン吹きならではの感動も味わえます。手と口だけであの早いパッセージ群の中で正確な音程を綴っていくことがどれほど難しいか!それをさも自然にやってのける技量、困難さや手法上音質がどうしても変わってしまうことをあまり感じさせない柔軟性、表現。溜息が出ます。
 ホルン吹きはもちろん、ホルンをあまり知らない人も、楽しめるでしょうね。楽器に予備知識を得た上で聴けば尚のこと面白いかもしれません。
久々の更新にもなってしまったので、今年買った本を、未読(ほとんど未読だけど)も含めてリストアップしようかと。
備忘録的なものなので面白くはないですが、僕の読書傾向が分かるかな。次回は音楽/DVD編。

Hopping and Related Phenomena [Fritzsche, Pollak]
Principles of Nanotechnology [Mansoori]
Nanoelectronics and Nanosystems [Goser, Glösekötter, Dienstuhl]
Future Trends in Microelectronics [Luryi, Xu, Zaslavsky]
LabVIEWグラフィカルプログラミングガイド [R.H.Bishop]
Nanoelectronics and Information Technology [Rainer Waser (Editor)]
アインシュタイン日本で相対論を語る [杉元賢治訳]
物理学は越境する [和田昭允]
楽器の音響学 [安藤由典]

最初の人間 [Albert Camus]
反抗の論理 [Albert Camus]
太陽の讃歌 [Albert Camus]
砂漠の思想 [安部公房]
終わりし道の標に [安部公房]
都市への回路 [安部公房]
飛ぶ男 [安部公房]
内なる辺境 [安部公房]
榎本武揚 [安部公房]
反劇的人間 [安部公房, ドナルド・キーン]
日本語と日本人の心 [大江健三郎, 河合隼雄, 谷川俊太郎]
定義 [谷川俊太郎]
小林秀雄対話集 [小林秀雄]
漱石・子規往復書簡集 [夏目漱石・正岡子規]
ユリシーズ (I, II, III, IV) [ジェイムズ・ジョイス]
リチャード獅子心王 [レジーヌ・ペルヌー]
ダヴィンチ・コード [ダン・ブラウン]
タリズマン (上下) [グラハム・ハンコック]
ドイツとドイツ人 [トーマス・マン]
万延元年のフットボール [大江健三郎]

ゲルギエフ~カリスマ指揮者の軌跡 [安藤紀子]
ハーモノグラフ~音がおりなす美の世界 [アンソニー・アシュトン]
ショルティ自伝 [サー・ゲオルグ・ショルティ]

こんなもんだったかなあ?多分谷川俊太郎の詩集がもう数点あるはず。あと割と軽い歴史系の文庫が数点。あとはマンガ。
 今日は先日購入したばかりのこちら。

ブルックナー 交響曲第9番 [ギュンター・ヴァント指揮シュトゥットガルト放送交響楽団]
 ヴァントでシュトゥットガルト放送交響楽団っていう組み合わせは、CDとして発売されている中では少ないもの。秋葉原TOWER RECORD@ヨドバシ秋葉原店におけるコメントは「聴衆、すごすぎて拍手できず!」。んなことあるかよ~、でもヴァントでブルックナーの交響曲っていいな、と購入。実際に聴いてみたら…すごかったです。ブル9ってこんなすごさを感じる曲だっけか?と。ちょーっと残響の多いホールでやっているような感じと、mixでそれを全然抑えていないのはあると思うけど、それを差し引いても十分にすごい。圧倒的なダイナミックレンジと鮮明な音像。うねるように迫る旋律。ブルックナーは同一パターンの繰り返しが多いので、うねりの効果は倍増される。圧巻…。聴き始めたときにやっていたLabVIEWのプログラムを作る作業はあっさり中断。何もできない時間。聴き始めて全てが手につかなくなるCDって、年間に数枚あるかどうか。
 実際、ある曲を気になり始める「入り口となる演奏」ってそういうものかな。ブルックナーの曲を知るきっかけとなったベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の交響曲第7番、マーラーを聴き始めるきっかけになったゲオルグ・ショルティ指揮シカゴ交響楽団の交響曲第3番なんかを聴いたときにも同じような印象を受けた。でも既に何度か聴いた曲で、ってのは…あるかなあ?あるとすればヴァレリー・ゲルギエフ指揮ウィーンフィルハーモニー管弦楽団のチャイコフスキー交響曲第5番とダニエレ・ガッティ指揮ロイヤルフィルハーモニー管弦楽団のマーラー交響曲第5番くらいかな…。
 ちょっと色々詰め込みすぎましたが。ブルックナーって取っつきにくいけど、これはちょっとお勧めです。
 今回はこちら

ニールセン 交響曲全集 [ネーメ・ヤルヴィ/エーテボリ交響楽団]
 ええと。北欧の音楽が非常に好きです。特にシベリウスとニールセン。伸びやかでしっとりとした明るさを持ち、芯の通った重心の低い、つまり安定感のある響きを特徴とする北欧の響き。ニールセンはデンマークなのでシベリウスよりはドイツの影響があるかと思いきや、しっかり北欧音楽でしたね。もともと、DECCAから出ている[ヘルベルト・ブロムシュテット/サンフランシスコ交響楽団]が日本で買える中ではかなり一般的。あっちも確かにいいです。でも、僕が前々回も書いた通り、本家は同じ地方・同じ文化圏の人々が演奏するものであると。それに近づけつつ独自の解釈を加えるのが別の地域の音楽家にできることであると。まあ、本家は逆に思い切ったことがしづらくなるのかもしれないですけどね。でも、音の発音とか、やっぱり言語に由来するところがあると思うのですよ。だから、エーテボリ。シベリウスはフィンランドなので、ヘルシンキ放送響とかヘルシンキ・フィルとかがいいなあ、と思うのですが、ノルウェー、スウェーデン、デンマークの曲はエーテボリが一番面白いかな。本来ならコペンハーゲン・フィルとかのがあるといいんだけどね。と思って調べてみたら、パーヴォ・ベルグルンドでデンマーク王立歌劇場管弦楽団のものがあるらしい。探して買わねば。笑。
 曲ともども、非常に伸びやかな音で、気持ちが良いです。楽しい。一番好きなのは交響曲第3番。なんとスコアまで持っていたりするので、昔大学オケの友人たちに笑われたっけ。
 第4番<不滅>以降は無調とか新しい手法を取り入れ始めて複雑な響きをもたらすようになるので、慣れない人はついていきにくいかも。でも決してトゥビンみたいな聴きづらい音楽にはなっていません。誰でも馴染むことはできます。やっぱり味わいがいいですね。ヤルヴィに関しては後々、シベリウスの交響曲第5番/アンダンテ・フェスティーヴォでも挙げると思いますが、本当に綺麗な音を作る。北欧ではヘルシンキ・フィルやラハティ響と並んで非常に実力があるオケです。伸び気味のテンポ(敢えて遅いという言い方はしません。)でも決して音像が崩れることがない。素晴らしい演奏です。機会があったら後一聴あれ。
DVD BOX 2の2回目。

ラーメンズ DVD-BOX
 今回のお題は
 一回のステージに通奏低音的なテーマを持たせるラーメンズ。それが最も顕著に表れたライヴです。クラシックホテルを舞台にした珠玉のコント集。あれほど個性豊かな小林と片桐が、個性を失わずにも多彩なキャラクターを演じ分ける。セットはいつも通りのシンプルさ。最高ですよ。シンプルさの中に場面を巧みに会話の中で表現し、言葉遊びで笑いを取る。なかなか半端者のお笑い芸人にはできませんわ。智恵と技巧のたくさん詰まったコントです。
 本日はこちら。

ドヴォルザーク 交響曲全集 [イシュトヴァン・ケルテス / ロンドン交響楽団]
画像はTOWER.JP、アルバム名はAmazonへのリンクになっています。
 最も好きな作曲家の一人です。特に第7番と第9番<新世界より>はものすごく好き。幸いにして新世界は演奏する機会があったけど、第7番はありません。楽器吹けなくなる前に一度でいいから第7番の主席ホルンを吹きたい!
 スラヴ色の強いドヴォルザークですが、ブラームスの和声、複雑な対旋律に憧れていたこともあり、第7番はその複雑さが結構出ています。しかし、最後の最後はやはりドヴォルザークらしい。ドイツ音楽の巨匠に多い哲学的・内向的な性質より素朴だし、トーマス・マンの言う「ドイツロマン主義」がロマン派の象徴であるとすれば、それに比してはっきりと「ロマン主義ではない」と言えるのではないでしょうか。もちろん、形式なんかはロマン主義の時代にあるからそれに付随する部分はあるし、旋律のロマンティシズムで言えばブラームスを上回るでしょう。しかし形式主義・構造主義的な構成からはほど遠い。全てがボヘミアが生んだ大作曲家の純粋な心情と原風景なんだと思います。
 指揮者ケルテスは、ハンガリー生まれながらドヴォルザークを振らせたらチェコ人以外では最も上手いんじゃないかな。ともすればノイマン、クーベリック、マーツァルら過去~現在のトップクラスのチェコ人指揮者と十分に並べているといっても過言ではないでしょう。僕は、音楽はその土地の言語を持った指揮者・オケが、技術を別にすれば最もその土地の作曲家の良いところを引き出せると思っているのですが、もちろんその土地出身じゃなくたって共鳴する感覚さえあればほぼ同じような演奏表現を出来るんだと思います。そういう面からもロンドン交響楽団の特徴を最大限に活かして叙情的に歌い上げるドヴォルザークを聴いて感嘆せずには居られません。
 ドヴォルザークの作品ってのは基本的にヴァイオリンの主旋律、木管のソロ旋律に対置されたホルン、ヴィオラ、チェロの「対旋律組」がかなり美しい構成になっているので、僕はそれを存分に響かせてくれる指揮者が好きです。そしてそのバランスと音のイメージに非常に合った響きを持っているオケの一つが間違いなくロンドン響でしょう。ドヴォルザークのホルンはやはりこうでなくては…。人によってはホルンを吹かせすぎるので好きじゃない人もいるみたいだけど、僕はホルン奏者でもあるせいか、こういうのが好きなんです。
 曲については細かくは書きませんが、奇数番号の交響曲がなかなか良いですよ。1、3、5、7、9。そしてフィルアップに入っている<スケルツォ・カプリツィオーソ>なんかもかなりの名曲です。是非ご一聴あれ。